『一枚の写真から』(2000.12.31)



「あうぅーっ」
 どんがらどんがら。
「うぐぅー!」
 ずんがらずんがら。
「お前ら!散らかさないで、片づけろ!」
「そう言ったってーっ」
「無理だよ〜」
 情けない声が返ってくる。
 今日は大掃除。水瀬家一同で取り組んでいるのだが、若干二名が役に立たない上、足を引っ張っていた。
「まったく――」
「祐一っ、避けて!」
「何?」
 普通に役に立っている人間のうちの一人、二階で掃除していた名雪の声で階段を見上げると、目の前に段ボール箱があった。二階から、階下に落ちてきたのである。
「ぐあぁ」
 直撃。
「大丈夫?祐一」
「前言撤回……」
 軽い段ボールで助かった。おそらく中身が軽いのであろう。ただしその軽さ故、派手にバウンドして廊下に散らばっていた。
「ごめんね。手が滑っちゃって……」
「これが皿とかがつまった段ボールでもそう言ったか……?」
「……多分」
「お前のその素直なところが羨ましい事があるが、こういうときはめっさ腹立つなぁ」
 鼻をさすりながら怒気を込めて祐一。びしりと指をさして宣言する。
「片づけてくれ。それと俺が運んでいた分もな。俺は次の作業にはいるから」
「うー」
 なんかまずいときに「名雪ちん、ぴんち」って相沢君に言ってご覧なさい。面白い顔するから、って香里が言っていたから使ってみようかなと名雪が思ったとき、キッチンから声がした。
「名雪、ちょっといい?」
「あ、今行くね。祐一、後お願いっ」
「待て、コラ」
 秋子に呼ばれたのをいいことに、祐一の制止を無視してとてとてと退散する名雪。
「ったく……」
 名雪をむりやり連れ戻してもいいが、秋子に迷惑をかけるのも気が引けて、祐一は片づけることにした。先ほど直撃した段ボールは軽かった割には色々なものが入っている。リボン、小さな手鏡(よく割れなかったものだ)、鉛筆等々……。と、裏返しになった写真が一枚落ちていた。
「ん?」
 拾い上げてみると、モノクロの写真の中で、見慣れた少女が微笑んでいる。
「名雪か……モノクロとはまた……?」
 が、どこか違う気がする。写真の中の少女は確かに名雪そっくりなのだが、どこか線が細く、少しばかり儚げな印象を与えた。というか、見たこともない学校のセーラー服を着ている時点で名雪ではないはずだ。
「名雪のやつ、コスプレでも始めたのか?」
「違うよっ」
 いつの間に戻ってきたのか、名雪が後ろにいた。
「なんだ、コスプレって知ってるのか?」
「この前、香里にメイドさんの服着せられたから」
「ああ、あーあー。あれは似合っていたな」
 ちょっとしたリクリエーションで、香里が試しに着せたものである。男子のウケが非常に良かった(実は祐一もウケた)。
「似合っていたかはともかく……あの時以外に変わった服は着ていないよ」
「他の学校の制服もか?」
 ウチの女子の制服は結構変わっている気がするが……と思いながら祐一は聞く。
「うん、もちろんだよ」
「じゃ、これなんだ?」
「?……わたし?」
「違うんだろ」
「こんな写真撮った覚えないよ。でも……」
「あら、それ私ですよ」
「え、ええ!?」
 いつの間にか秋子が居て、二重に驚く祐一。名雪が戻ってきた事を考えると、一段落ついたのだろうか。
「わーわーわー」
 こちらもいつの間にかあゆと真琴がじっくりと眺めている。部屋の片づけは放棄したのであろう。
「ボク達と同じ頃?」
「そうね。そんな感じかしら」
「なるほど、秋子さんか……」
 二人から写真を奪い、写真を光に透かすように上に持っていく(ただし両足を噛み付かれた)。
「このころはストレートだったんですね」
「ええ、そうです」
 懐かしそうに、写真を見る秋子。
「真琴、ストレートの秋子さんみてみたいな」
「あ、ボクもボクも!」
「このまま解いたらウエーブになっちゃうわよ」
「お風呂上がりなら大丈夫!」
 胸を張る真琴。
「お風呂上がり……」
「祐一」
 耳をぎゅっとつまむ名雪。もちろん祐一のである。
「なんですか?名雪さん」
 名雪の背後に立ち上る何かに、背筋に冷たいものが走った祐一。
「今想像していたの、言ってみて」
「えー……今年の紅白にも、坂本真綾はでないなー、とか」
「その間が怪しいよっ!」
「そうだっ、祐一君、怪しい!」
「怪しすぎっ」
 あゆが反対側の耳、真琴が少し思案した後鼻をつまむ。
「ええい、やめんかお前ら!」
 一気に振り払う。
「……えーまあとにかく、俺も見てみたいですね。なあ、名雪?」
「うー、そうだけど……」
「じゃあ、久しぶりに真っ直ぐにしてみますね」
 ぽんと手を合わせる秋子。これで決まりであった。

 無事、大掃除が終わって(あの後祐一がうぐぅあうーと泣く二人を最終的には手伝いながらもスパルタ指導を駆使した結果である)、夕飯も終え、祐一達四人はリビングでソファに座りながら待っていた。もちろん風呂上がりの秋子を、である。
 名雪は少し、祐一はそれなりに期待といった雰囲気なのだが、あゆと真琴は違った。先ほど二階でバタバタとした後、どでかいビニール袋を持って、にまにまと笑いながら待っている。もちろん訊いてみたのだが、答えない。
 やがて、風呂に続く脱衣所のドアが開く音が聞こえてきた。
「突撃ぃー!」
「うぐぅー!」
 途端はじかれたように真琴とあゆが廊下に消える。
「あら、どうしたのふたりとも」
「いいからこれ着てみてッ」
「真琴たち、待ってるからっ」
 そんな会話の後、再びどたどたと戻ってくる二人。後から入ってきた真琴が、リビングのドアをがちゃんと閉める。
「なんの服渡してきたんだ?秋子さんに」
「ひみつ!」
 にんまり笑って二人で答える。
「まあいいが……」
 腕を組んで平静を装う祐一だが、頭の中は「コスプレなのか、コスプレなのかっ」と期待度がぐんと上がっていた。
「祐一……」
 そんな祐一を察したのか、名雪がうーと唸る。と、リビングのドアがゆっくりと開いた。
「あ――」
「おおっ」
「わあっ!」
「思った通り!」
「さすがにちょっと恥ずかしいわね……」
 リビングに現れた秋子は、なんと名雪の制服を着ていた。完璧に着こなしている。そしてその髪はさすがに完全とは言えなかったが、ストレートであった。名雪より心持ち少し長い。
「やっぱり、名雪さんのお姉さんみたい」
 と、あゆ。
「そう?」
 と秋子。まんざらでもないらしい。
「ううむ。場合によっては双子と言っても通用しそうだ……それにしても、大人の魅力を制服で包むというのは……」
 ごす。
 ついに名雪の黄金の脚による踵が、祐一の足の甲に炸裂した。皆の手前悶絶できず、脂汗をだらだらと流す祐一。
「どうしました?祐一さん」
「い、いや、なんでもないですぅ……」
 できれば、骨までイっていないか、直ちに確かめたい。
「やっぱり写真の頃と変わってないねっ」
 先ほどの写真を秋子に見せながら、あゆがそう言った。
「そうね……。でも結構変わったとも言えるかもしれない……」
「え?」
 一瞬何か考え込んだ秋子に、真琴が敏感に反応する。
「変わったって、なにがです?」
 一同を代表して祐一が訊いた。
「あ、もし差し支えなかったらですけど」
 慌てて付け加えたのは、秋子の夫、名雪の父親に気遣ってのことである。水瀬家で暮らすようになってもうすぐ一年だが、その事に関する話は未だに聞いたことがない。よって、何かのタブーということで、居候三人は訊いていないのである。
「いえ、特に問題はありませんよ。ただ……あの頃は、色々あったんですよ」
「聞きたいー」
「聞きたいー」
「子供か」
 呆れる祐一。
「わたしも聞きたい……祐一は?」
「あー、俺も聞きたい」
「子供かっ」
 真琴に言い返された。
「それじゃ、少しだけお話しします」
 こほんと小さい咳払いを一つした後、秋子は話し始めた。

■ ■ ■


 あの頃は……まだあの人に会う前のことです。でも私は――あら、いけない。

■ ■ ■


「ど、どうかしましたか?」
 急に話をやめた秋子に少し驚いて祐一が訊く。
「年越しそば、忘れていました。今すぐ用意しますね」
 そう言って、名雪の制服のまま秋子はぱたぱたと台所に消えた。
「『でも私は――』なんだろう?」
「あう〜、気になる……」
「制服……」
 あゆ、真琴、名雪がそれぞれの感想を漏らす中、祐一は一つのことを思いだした。
「しまった……おいみんな。初日の出、舞や、栞達と見に行く予定だったの忘れてないか?」
「あ」
「あ」
「あ」
 全員が沈黙する。待ち合わせまで、あまり時間がない。どうもしばらくは秋子の話は聞けそうになかった。

「そのうち、お話ししますね」

……続く?




あとがき

 というわけで、私が送る20世紀最後のSSはKanonでした。
 なんかすごいところで引いていますが、とりあえずこのSSは独立しています。まあ、評判がよければ、ヤング秋子さんの話を書いてみようかな、と言った感じでしょうか。

 名雪のコスプレ(?)したストレート秋子さんは各自で想像してください。
……むむっ!っていうか誰か描いて(オイオイ)。

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