超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「残念、出番無しかぁ。どうにかできないかな」
「この時点でどうやって出て来てくるつもりだ、お前は」











































  

  


 岡崎渚の好きなことは、夜、布団の中で天井を見ながら夫である朋也と話すことである。
 それは彼と初めて会った時にかけられた言葉、『次に見つけた楽しいこと』のひとつであり、随分と長い時間をかけて彼と培ったものでもあった。
「雨、続くなぁ」
「はい」
 窓を叩く雨音BGMに、ふたり言葉を交わし合う。
 話題は今のように些細なものが多かったが、それでも渚は楽しかった。
「明日には、止んでいるかな」
「しばらくは続くみたいです」
「まじか」
 げんなりしたその声に、悪いと思いつつ渚は笑ってしまう。
「お仕事、大変ですか?」
 そう訊くと、朋也はうんざりした口調のまま、
「ああ、漏電した日にゃ逆に壊しちまうからな。ビニールシートやら何やらでしっかり覆って、しかもそれが風で飛ばないようにしなきゃいけないから、大変だ……」
 そう答えて、寝返りを打つ。
「でも、わたしは嬉しいです」
 掛け布団の上から、両手をお腹の上で組んで、渚。
「何でだ?」
「朋也くんが、町を護っている、そんな気がしまして」
「そうか、サンキュー……」
「わたしもそんな朋也くんを――たいです」
 返事は無い。
「朋也くん――?」
 少しだけ起き上がり朋也の顔を覗き込んで見ると、もう眠っていた。
 渚はそれがちょっとだけ残念で、少しだけ寂しかった。



『渚の一夜』



 わかっていることなのである。朋也の仕事は肉体的に精神的にも大変なもので、それは――大変でない訳ではないが――レストランのウェイトレスを務める渚とは、疲労度が格段に違うのということに。
 だから、今の朋也はすこぶる寝付きが良い。就寝時間も結構早いもので、それは高校時代古河家で一緒に暮らしていたときと雲泥の差があったのである。
 けれども……そんなことを考えていた翌日の夜、風呂から上がった渚は自分が大きな間違いを犯したことに気が付いた。
「と、朋也くん……」
 少々恥ずかしいことなので、思わず小声になる。けれども脱衣場の仕切の向こう――居間でテレビを見ていた朋也は難無くその声を聞き取り、
「どうした? 渚」
 困惑に不安の色をまぶして、そう問い返した。おそらく、体調のことを気遣ってくれているのだろう。
「ええと……」
 だから、現在自分が迎えている恥ずかしい危機を、渚はなかなか言い出せなかった。
「どうしたんだ?」
「ぱ、パジャマを取ってもらえませんか?」
「パジャマ? ――用意し忘れたのか?」
「はい……」
 今の姿を朋也に見られなくて良かったと、渚は思う。久々に、首筋まで真っ赤になってしまったからだ。
「珍しいな、お前がそういうこと忘れるなんて。待ってろ……って、あれ?」
「どうしましたか?」
「いや……全部乾いていないぞ、パジャマ」
「え……」
 一瞬思考が停止してしまう。そしてすぐさま、先程室内に干し始めたばかりなのを思い出した。
「ここ最近雨続きだもんな……Tシャツとかないのか?」
「それも……一緒に洗濯してしまいました」
 どんどん恥ずかしさが上昇して行く。もとはといえば、まとめて洗濯しようと渚が洗濯物を少し溜めてしまったのが原因なのだ。少しずつ洗っていれば、いくら雨続きでも乾いている洗濯物はあったはずである。
「んじゃ、ちょっとひとっ走り古河家まで行ってくるよ。あっちにならお前のパジャマの予備があるだろう」
「駄目です、外は雨ですし……」
「だからって下着姿で過ごすつもりか? 俺は構わんが。そもそも風邪引くだろ」
「そ、それはそうですけど……」
 事実、身体に巻いたバスタオルから立ちのぼる湯気は徐々に少なくなっている。そして朋也の提案はたしかに朋也自身構わなそうであるが、渚自身が構う。
「んじゃこうしよう」
 そう言って、朋也は何かを漁る気配をみせ――1分とかからぬうちに、あるものを仕切の上から脱衣場に放り込んだのであった。



「えへへ……」
 先程とうって変わって、渚は笑顔満面でちゃぶ台を挟んだ朋也の向かい側に座っていた。正確には喜び半分恥ずかしさ半分といった感じである。
 もちろん下着姿ではなく、パジャマの代わりに朋也のTシャツを着ている。随分と裾が余っているので、下に何も穿かなかなった。それはまぁ、朋也が強硬に主張したためでもある。
「朋也くんの匂いがします」
「汗の匂いだろ……っていうかそれ俺の台詞だからな」
「たまには、わたしも使いたいです」
「――じゃあ俺も使おうかな? です」
「朋也くんっ」
 わざとふくれてみせる渚。
 その後、しばらくの間ふたりとも笑いが止まらなかった。
「渚、来いよ。髪、梳いてやるから」
 ちゃぶ台に置かれたブラシ――渚が使おうと用意したものだ――を拾って、朋也がそう言う。
「じ、自分で出来ますっ」
「俺がしたいだけだよ。いいだろ?」
「あ……ありがとうです、朋也くん」
「痛かったら言えよ」
「はい」
 一旦腰を上げ、朋也の胸に背中を預ける形で渚が座る。その髪に、朋也はそっとブラシを入れた。
「髪、伸びてきたな」
「はい」
「髪形変えるのか?」
「えっと……考えてなかったです。朋也くんはどんな髪形が好きですか?」
 渚がそう訊くと、朋也は髪を梳く手をしばし休め、
「んー、そうだなぁ……三つ編みなんてどうだ? んで蜂蜜と練乳がかかったワッフルを毎日食べるんだ」
 長い付き合いで、朋也が冗談を言っているのがわかっていた。だから、渚は冷静に指摘する。
「ワッフルは髪形と関係ないです。それに、あまり甘い物を食べ過ぎると夏バテになります」
「それもそうだな。じゃあ……ポニーテールで」
 今度は本心であった。これも長い付き合いのなせるわざである。
「わかりました。もう少し伸びたらそうしてみます」
「ああ、楽しみにしてるよ」
 すぐ後ろから聞こえる朋也の声に、渚は目を細めた。
「……よし、終わったぞ」
「はい――」
 早速立ち上がろうとした渚だったが、すぐさまその動きを止める。
 朋也が彼女の頭の上に手を置いたためであった。
「と、朋也くん――?」
「悪いな、最近構ってやれなくて」
「……平気ですっ」
 多少無理して、そう言ってしまう。すると朋也は、
「無理するなって……」
 ブラシで梳いた髪が乱れない程度に、軽く撫でる。
「すみません……」
「いいんだよ」
 渚は身体の力を抜いて、そっと朋也に全体重を委ねた。そのままお互い何も言わず、ただ雨音だけを聴く。
「なぁ、渚……」
 幾分かして、朋也がそっと渚の首筋に顔をうずめた。
 その意図を察して、渚は真っ赤になる。
「だ、駄目です。明日も早いですし――っ」
「……そうだな、悪ぃ」
 密着していた自分の頭をどかし、再び渚の頭に手を置いて謝る朋也。
「いえ……」
 少しだけ歯切れが悪い口調で、渚はその謝罪を受け入れた。
 もちろん、語尾に躊躇の音色が混じったのには理由がある。
 渚は今嘘を言った。
 彼女だって、随分と自制を効かせたのである。



「雨、止まないです」
「あぁ、そうだな……」
 ちゃぶ台を立て掛け、ふたりで布団と敷いた後は、昨日と同じ会話になっていた。
「良くもまぁ、飽きずに降るよな」
「仕方ないです。もう梅雨入りですし」
「まぁ、降らなくなって節水やら断水やらに見舞われないだけよしとするか……」
「はいっ」
「……渚、何か気合入っていないか? お前」
「そ、そんなことないです……」
 ぎゅっと布団の中でTシャツの裾を握り締め、渚。実は先程からのことをずっと意識していて、少しばかり身体が火照っているなど――決して言えなかった。
「……まぁいいけどさ。お前も忙しいんじゃないのか、ウェイトレス。それとも、雨の日は客が少ないのか?」
 こちらも布団の中でごろりと転がりつつ自分の腕を枕にして朋也が訊く。
「いえ、近くで工事が始まったみたいで、お昼のお客さんはいつもより多いです。それに、雨が吹き込んだりすると床の拭き取りとかで忙しいですし」
「ふぅん……お前も結構大変だな。頑張れよ……」
「はいっ」
「やっぱり気合入っていないか? お前」
「そ、そんなことないです……」
 何か自分がヘンになった気がして、渚は軽い自己嫌悪に陥りそうになった。正直に言おうか、それとも誤魔化そうかどうか迷い、渚は前者を選択する。
「朋也くん、本当は、その……」
 昨日と同じく、返事は無かった。
「朋也くん? 寝ちゃいましたか、朋也く――」
 念のため、渚が声をかけた時である。
 突如伸びてきた朋也の腕が、彼女の身体を掻き抱いた。
「――んっ!」
 そのまま、強くもなく、かといって弱くもない強さで、抱き締められる。
「と、朋也――」
 くん駄目です。と真っ赤になりつつ続けようとして、渚は言葉を飲み込んだ。腕に込められていた力が、急に抜けたためである。
「朋也……くん?」
 どうにかして顔を上げると、僅か数センチの所に朋也の顔があった。その顔を覗き込んで、渚は小さく息を飲む。
 朋也はぐっすりと眠っていたからである。
 そしてその貌は、渚がはじめて見る、安心しきった朋也の寝顔だった。
「朋也くん……」
 思わず、微笑みがこぼれてしまう。
 普段の疲れを癒そうとする寝顔ではなく、既に何かに癒されたような安らかな寝顔。
 それは渚が願い、昨日伝えることが出来なかった朋也を護ることに他ならない。
 渚も、そっと朋也を抱き締めた。不思議と身体からの高ぶりはなりを潜め、極穏やかな安心感が胸の奥から全身へと行き渡っていく。
「おやすみなさい、朋也くん」
 不思議と、寂しくなかった。残念でもない。
 渚はそのまま朋也と抱き合う姿勢で、眠りについた。



Fin.




あとがきはこちら













































「ぐお、寝違えた……」
「わ、わたしもです……」
「なにやってるかなあ……」




































あとがき



 ○十七歳編でも無く、学園編でもない、初の同棲編でした。
 あまあまなものを目指したらなんだか凄いものになってしまいました。なんというか、今なら昼メロに勝てるぜ、みたいなw。

 次回は○十七歳編に戻って、早苗さんの話にしようかなと。

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