超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「似たようなことを何度かしたような気がするな……なんでだ?」











































  

  


「本当に、色々なおまじないがあるんですね……」
 ある日の放課後、カフェ『ゆきね』のカウンター席でわたし、岡崎汐はそう言った。
「ええ、だから今でも重宝しているんです」
 と、カフェの店長であり、今わたしが手にしているおまじないの本の持ち主である宮沢有紀寧さんがそう答える。
「店長は自分に使っているんですか? この本」
 わたしがそう訊くと、
「いえ、使うのはちょっと……」
 と店長は困ったように笑い、
「でも日常のちょっとした気分転換に1ページだけ読んでみるとか、楽しいですよ」
 そう言って、わたしが頼んだカフェ・アメリカーノを静かに置いてくれた。
「それでこれ、効くんですか?」
 香りの良いアメリカーノを一口飲みながら、そう訊いてみるわたし。すると店長は、
「効きますよ。岡崎さんが前に試してみた『将来がうまく行くおまじない』、効果ありませんでしたか?」
 いや、あれは遅効性というか、効果が今出ているのかよくわからないしというか――、
「どうなんでしょうねぇ……」
 結局、語尾が何とも曖昧な表現になってしまう。
 そんなわたしを、店長はしばらく眺めて、
「では、即効性のものを試してみましょうか」
 そんなことを言った。
「即効性、ですか?」
「ええ、そうです。例えばこれ、意中の人と体育倉庫でふたりきりになれます」
「な、なれますって……」
 それはもうおまじないとは言わないような気がする。
「どうします? 岡崎さん」
「うーん……」
 少しの間、悩んでみる。と言っても、これ程興味をそそるもの、断る理由がない。
「やってみます」
 わたしは、はっきりとそう宣言した。
「そうですか、では早速……」
 そう言って、おまじないの本を読み始める店長。と思ったらすぐに顔を上げて、
「ところで、岡崎さんには意中の人がいらっしゃるんですか?」
 初めて見る少し悪戯っぽい貌で、そう聞いてくる。
「へ? え? ええと――」
 その時わたしの脳裏には、あるひとりの人物しか浮かび上がらなかった。



『ヴィンテージなおまじない』



「……で、俺か」
「うん……」
 真っ暗な体育倉庫でふたり、わたしとおとーさんは背中合わせに座っていた。
 この嘘みたいな結果には、それなりの過程がある。
 そもそも、放課後に興味本位で体育倉庫の前に行ってみたのが不味かった。そこにおとーさんがいる確率はゼロだろうとたかを括っていたからなのだが、果たして其処にはきっかりはっきり居たのである。
 ついさっきまで立ち話をしていましたといった風体のおとーさんは、唖然としているわたしを見つけると、何か話そうと口を開き――、
 直後頭の上に野球部の盛大なフライが飛んできて、わたし達父娘はほぼ同時に、ほぼ同じ動きで回避行動を取った。
 要はふたりして受け身の要領で転がったのだが、その転がった先が体育倉庫の中だったのだ。おまけに飛び込んだ直後、どういった原理か不明だが、その扉が閉まったのである。
 まったく、効果抜群にもほどがある話だった。
「で、なんだって? おまじないでこうなったと?」
 少々頭が痛そうな声で、おとーさん。窓まで備品を積み上げているせいか、体育倉庫は扉が閉まるとほぼ真っ暗で、見えるものといったらお互いの腕時計に塗られた畜光塗料の文字盤ぐらいしかない。
「昔のお前はどうした。5歳の頃から経済学者かと思うくらい現実的だったじゃないか」
「今はそれなりに夢見てると思う、多分……」
「まぁ、それくらいがちょうど良いな。で、なんだって?」
「だから、十円玉を縦に二枚並べて、『スピードノキアヌリーヴスノゴトク』を三回」
「縦に二枚か……ギザ十でやればどうにかできるか」
「うん――それに気付いたのは三十分位経った後だったんだけどね」
「まぁそういうこともあるだろう」
「その間に出来ちゃった」
「……そうか。器用なのか不器用なのかわからんな、お前」
 背中から伝わる温もりのほかに、ため息の反動による背筋の動きが伝わってきた。おそらく、経緯と方法の両方に呆れたのだろう。
「それで、おとーさんの方は何で学校に?」
「いや、前にちょっとした縁で体育館の舞台装置直したろ? あれが正式な仕事として扱われてな、事後って形で受注票が来たんだよ。だから正式な手続きを踏むことになってな」
「それが何で職員室じゃなくて、体育倉庫に?」
「あぁ、そっちの仕事が終わって帰ろうとしたら、その舞台装置を直した時に会ったお前の後輩が声をかけてくれてな」
「なるほどね……」
 それで彼所で立ち話をして、別れたところでわたしがひょっこりやって来たということらしい。
「もしかして、恋に目覚めた?」
「なんでやねん」
 一部の隙も無しに的確に突っ込むおとーさん。
「そりゃまぁ名前には驚いたが、今は……そうだな、お前の妹みたいなもんだ」
「ふ〜ん……お母さん、怒るわよ? 『朋也くん、わたしふたりも生んだ覚えないです』っって」
「そんなことで渚は怒らないよ。っていうか、どうしてお前はそう渚の口調が上手いんだ?」
「そりゃ、お母さん研究のスペシャリストだもん、わたし」
「そうか、なるほどな」
 頷くおとーさん。
「で、どうする?」
「うーん、どうしようかな」
 とりあえず……と続けながら、立ち上がる。真っ暗なお陰で平衡感覚がうまく利かず、足許が危なっかしい。
「どうした?」
「まずは虱潰しに調べてみようかなって」
「流石は、俺の娘だ」
 苦笑しつつ、おとーさんも立ち上がって行く気配が伝わってくる。
 そのままふたりでお互いぶつからないよう声をかけつつ、勘の向くままにあちこちの壁を調べてみた。
 けれど、戦果ゼロ。
「窓も、扉も駄目か」
 そう言いつつ、扉を叩くおとーさん。
「ん?」
 けれど、突然叩くのをやめる。
「どうしたの?」
「いや――汐、今から戸を叩くからな。音をよく聞いてみてくれ」
 そう言って、一定のリズムで扉を叩くおとーさん。わたしは静かに耳を傾け――すぐさま気が付いた。
 叩く音と一緒に、金属が擦れ合う音が響いている。すなわち……。
「がたがきてるのね」
「あぁ、古いからだろう。……まぁ俺が入った時からあったからなぁ」
 それなら――、
「外れそう?」
「ああまぁ、行けないことはないと思うが……ってまさか」
「そのまさかよ。やってみる!」
「待て――」
 おとーさんの制止を意図的に無視して、わたしは肩口から思いっきりぶつかってみる。
 すると扉は大きく揺れ――、
「汐、危ないっ」
 上から落ちてきた機材より一歩早く、おとーさんが抱きかかえてくれた。
 そのままふたり、床の上に転がる。
「大丈夫か?」
「う、うん」
 わたしが一番下で、その上におとーさん。それだけなら良かったのだが、さらにその上には天井から落ちてきたたくさんの機材があった。
「痛くない?」
「ああ、なんともないぞ」
 良かった――と安堵する反面、自分を愚かしく感じる。
「だが、気を付けろ。上に機材があるのに気付かなかったら、今頃おまえが下敷きだぞ……それとな、肩はもっと大事に使え。俺みたいに壊しちゃ洒落にならん」
 言われてはっとした。おとーさんはわたしが生まれるずっと前に、とある事情で肩が壊れていることに。その時から医療技術は随分上がったというけれど、今も腕を上にあげることは出来ておらず、極稀にそうしようとして、苦笑を浮かべるおとーさんを、わたしは何度か見たことがあったのだ。
「ごめん、ごめんね……」
 久々に泣きそうになって、わたしはおとーさんの胸に顔を埋めた。
「気にするな」
 そう言いながら、わたしの頭に手を載せてくれる。
「それで……動けそう?」
「いや、上にいろいろ乗っているから厳しいな。自由に動かせるのは両手ぐらいだ。お前は? っていうか重くないか?」
 そう、わたしはというと胸から下がおとーさんとその上に乗っている機材のせいで、首以外、上半身の身動きが全く取れなかった。
「ううん、大丈夫……」
 おとーさんと密着しているとは言え、馬乗りの状態で倒れているようなものだから、それほど苦しくはない。
「しかしなんだ、呪いか? これは」
「そうみたい……」
 ん、まてよ?
 わたしは今になって思い出した。
 ……そうだ、このおまじない、緊急用に解呪出来る方法があったはず。
 ええと、確か……。



■ ■ ■



「まず、お尻を出してですね、ノロイナンテヘノヘノカッパって三回言ってください。そうすれば、解けるそうです」



■ ■ ■



「出来る訳無いそんなことっ!」
「ど、どうした?」
「――ううん、なんでもないの……」
 まず、見えないとはいえおとーさんの前でそんなことは出来ない。
 次に、わたしは今手が動かせないのでおとーさんに脱がしてもらう必要がある。
 そっちはさらに出来ないことだった。
「まずいぞ。日が暮れる……」
 と、おとーさん。
「え、もう?」
「ああ」
 そう言って腕時計の文字盤を見せてくれる。その畜光塗料は、早くも儚げな明るさになっていた。
 このままだと、この学校に人が居なくなる。そうなれば……外部からの救援は翌朝まで望めなくなってしまう。
「ううー……」
「どうした? 汐」
 やむを得ない。わたしは覚悟を決めた。
「おとーさん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「俺に出来ることならするが」
「じゃあその……スカート、脱がさせてくれる?」
「ななな、なぬ!?」
 思いっきりひっくり返る、おとーさんの声。
「誤解しないでね!? おまじないの解呪方法だから」
 そしてわたしの声もひっくり返っていた。
「ま、マジなのか?」
「うん、マジ。冗談だと思う?」
 まさか実の娘が父親にスカートを脱がせて欲しいと冗談を言うわけがない。おとーさんもそこはわかってくれたようだ。喉を鳴らした後、静かに頷いた気配が伝わってくる。
「あ、ああ。わかった……それじゃ、行くぞ?」
「……うん」
「変な所を触ったら、御免な」
「……う、うん」
 声から推測しているのだろう、ぽんぽんと確かめるようにわたしのお腹に触れるおとーさん。そのままゆっくりと手が下がり、スカートに触れたが、その途端はたと手が止まった。
「ど、どうやって降ろすんだ、これ」
「降ろすも何も、普通に――」
「自慢じゃないが渚のも降ろしたこと無いんだぞ、俺はっ」
「そ、そうなの?」
 何気に爆弾発言のような気がするおとーさんの一言だった。
「それじゃあ、スカートのサイドにホックとファスナーがあるでしょ? まずホックを外して、それからファスナーを降ろして」
「ああ、これか。わかった……」
 ホックが外れた。次いで。じじじじじ、とファスナーがゆっくりと降りて行くのがわかる。
「うん、そうしたらスカート全体を下げていくの」
「こ、こうか?」
 本来は緩んだウェスト部分に手を突っ込んで降ろした方が楽なのだが、素肌に触れないように気を使ってくれたのだろう、両端をちょこんと摘まむ形でゆっくりと降ろされていく。
「なんか、背徳感で胸が一杯なんだが――」
「ご、ごめんね……」
 今の状況が真っ暗で本当に良かった。もし明るかったら、お互い顔をまともに見ていられない。
「これくらいで良いか?」
 スカートは今、膝の下あたりにあった。
「うん、OK」
 わたしは目を閉じて、

 ノロイナンテヘノヘノカッパ
 ノロイナンテヘノヘノカッパ
 ノロイナンテヘノヘノカッパっ!

 素早く心の中で三回唱えた。さぁ開け!
 そう念じた途端、わたし達の上に載っていた機材の山が、突如崩れた。
「お?」
「やった!」
 おとーさんが身を動かすのとほぼ同時にわたしは跳び起きて、扉の前に一気に進む。何の脈略も無しに機材が崩れたんだから、こっちも開くはず――、
「……あれ?」
「開かない――みたいだな」
「ちょっと、やだ、どうしよう……」
「な、なぁ汐――」
「なに?」
「ケツを出せってことはさ、その……ぱ、パンツも脱ぐんじゃないのか?」
「え、ええ、えええ!?」
 それはいくら何でも御免こうむる。
 ん? そう言えば、何か妙に足がすーすーするような……あーっ!
「う、あ、ちょっと……」
「ど、どうした一体」
「スカート脱げちゃった……」
 明らかにずっこけた音が、暗闇の中轟いた。我ながら情けない話だが、飛び起きたときに膝からずり落ちてしまったようなのだ。
「おいおいおいおい」
「おとーさん、動かないでねっ。多分すぐ近くにあるはずだから」
「わかった。探すのは手伝う」
 ぎゅっと、足首を掴まれた。わたしは小さく、悲鳴を上げてしまう。
「わ、悪い――」
「……気にしないで」
「でも、意外と可愛らしい声だったな」
 前言撤回。けれど抗議の声を上げている暇は無い。わたしはおまじないの解呪そっちのけでスカートを探す。この状態でおとーさんと接触しようものなら、お互い向こう一週間は口も利けないくらい大変なことになるのは目に見えていたからだ。
「あったぞ!」
 おとーさんの声と一緒に何かが突き出される。
 わたしはそれをスカートだと確認すると、ホックの方向を確認して素早く穿こうとする。演劇部員の性、暗闇の中でも着替えは――
「何方かいらっしゃいますか?」
 急に差し込んで来た夕陽に目を細める。
 開けてくれたのは、わたしともおとーさんとも面識のある、一年生の女子で演劇部員だった。
 って、あれ?
「あ」
「あ」
「あ」
 その場で三人、固まってしまう。
 そう、わたしはまだスカートを穿こうとしている最中だったのだ。そしてそれは、脱ごうとしている様子に見えなくもない。その隣には、座り込んでいるおとーさん。そして、そんなわたし達を鳩が豆鉄砲を喰らったような目で見る、演劇部員。
 ……その子の後ろに、男子生徒がいなくてよかったと、何処かピントのずれた思考が頭をよぎった。
「お、お楽しみの処申し訳ありません! 岡崎さん、部長!」
「いやいやいや!」
「ちょっと待って!」
 今まで人生をかけて、説得に心血を注ぐわたし達。
「異性不純行為は校則で禁止されおりますが、おふたりならある意味健全な行為やもしれずっ!」
「いやいやいや!」
「それはないっ! それはないからっ!」
「……では、一体何をしていらしたのですか?」
 意外と冷静な彼女の指摘。
「えっとだな……」
「それはね……」
 何と言えば良いんだろう。
 わたし達父娘は、顔を見合わせたのだった。



■ ■ ■



「流石に、古くなって来たのかも知れませんね……」
 と、『ゆきね』の店長はそう言った。奥の方ではいつもの屈強な人達がいつものとおりボックス席にぎゅう詰めとなっており、「クドはわしの嫁じゃあ!」「いやワシのじゃあ!」「それじゃワシの嫁は小毬じゃあ!」と、ヒートアップしていた(ここで店長の名前が出てくると、彼らは100%乱闘する。店内では乱闘禁止なので、あえて出していないのだろう)。
「何がですか?」
「おまじないそのものです」
 なるほど、わたしはひとり頷いた。
 おとーさんは、まだ仕事があるとかで、あの坂の前で別れている。今は、わたしだけがカウンター席に座っていた。
「だから、効果が解けるのに時間がかかったんですよ」
「なるほど……」
「それにしても大変そうでしたね」
「――大変『そう』どころじゃなかったです」
 わたし達を助けてくれた彼女が、素直に信じてくれたおかげで事態の拡大再生産は防げた。けれども、おまじないが変な効果を及ぼしたと説明するのが、こんなに大変なことだとは思わなかった。
「にしても、あそこまで効果覿面だとは思いませんでした」
「どうでした? 想い人とどきどき出来ましたか?」
 ――あ、しまった。
 わたしは今日最後のポカミスに頭を抱えたくなった。店長にはまだ相手がおとーさんだと一度も言っていない。
 でもまぁ……そも……。
「どきどきは、出来たような気がします」
 色々な意味で。っていうか、解呪方法を試したからどきどきすることになったとも言えるけど。
「それはよかったですね。でも、危機的状況から生まれた関係は冷めやすいそうです。気を付けてくださいね」
「は、はぁ……」
 完全に相手のことを伝える機を逸してしまった。わたしは頭の後ろを掻いて、誤魔化し笑いを浮かべる
 店長は小さく頷くと、いつも通りの様子でコーヒーカップを磨き始めた。
 わたしの誤魔化しに気付いたのか気付かなかったのか、それはわからない。
 でももしかしたら、店長はおまじないが無くても上手く行くと言っているように、わたしには思えた。
 とすれば、最後に誤解しそうなのは……。
「――妬かないでね、お母さん」
 わたしは、天井を見上げてそう呟いた。



Fin.




あとがきはこちら













































「妬かないですっ! どうして朋也くんもしおちゃんも――」
「ま、妬く訳無いとわかっているからな」
「――それはそれで意地悪です……」




































あとがき



 ○十七歳外伝、おまじない編でした。
 ……正直、やりすぎました。朋也以上に背徳感でいっぱいいっぱいです;
 もし扉を開けたのが杏だったら朋也はフルボッコにされていたでしょう。ついでに私も振るぼっこにされそうですw。
 ちなみに何で今になっておまじないなのかというと、久しぶりにおまじないイベントをまとめて見て、これが○ならどうなるかなと思ったためだったりします。結果はなんというか――予想以上にすごいことになったなぁと。
 さて次回ですが、久々に○十七歳編から離れてみようかなと思います。

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