超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「今日は、特等席で鑑賞です」
「梁か。何気に便利だよなぁ」











































  

  





『あの坂を、見上げる』



「折角の半ドンだぞ。本当に乗って行かなくていいのか?」
 バンの運転席から、芳野さんがそう訊いてくる。
「いや、近くなんで歩いて帰りますよ」
 自分の分の荷物をもって、俺は丁寧にその申し出を断った。
「そうか――まぁ、そういう気分の時もあるだろうな。お疲れさん」
「お先です」
 俺が頭を下げると、返事の代わりにクラクションを軽く鳴らして、芳野さんは帰って行った。
 そう、得意先の作業が思っていた以上に進んで、今日の仕事は午前中に終わってしまった。行きは芳野さんと一緒にバンに乗って来た俺だが、帰りを歩きにしたのは、訳がある。それは、現場が学校の側だったからだ。
 そう。俺と渚がかつて通い、今は娘の汐が通う学校だったからだ。



 あの坂を、見上げる。



 四月ももう終わりに近いお陰で、桜の花は悉く散っている。
 もう俺が、この坂を上ることは無い。
 いや、正確には汐の演劇や行事などで来ることはあっても、俺自らが此処に用事があって上ることは無いということだ。それに、汐がこの学校を卒業すれば、完全に此処と俺との関係は切れる。
 そう思っていた。
 それでも、此処に訪れたのはやはり懐かしかったからだろう。此処には、色々な思い出が今も染み付いて居る。
「さて、午後は何するかな――」
 そんなことを思わず口に出しながら、俺が坂から背を向けようとした時だった。
「済みませんっ!」
 随分遠くから、そんな声が聞こえた。
 振り返って見ると、校門から女子生徒と思しき人影が懸命に駆けて来ている。
 辺りには俺以外、人通りは無い。
 まず間違いなく俺に声をかけたのだろうが、外れていたら恥ずかしいなと思いつつ待っていると、女子生徒は俺の前で立ち止まって、大きく息を吐いた。
 メガネをかけた、背の低い女子生徒だった。髪は――渚と同じくらいの長さだ。
「失礼ですが、機械を直す方とお見受けしますっ」
 全力で走って来たのだろう。激しい息切れとともに女子生徒はそう言う。
「ああ、そうだけど……」
「お願いします。助けていただけませんか!? 急に動かなくなった機械がありまして……」
「ああ、そういうことなら」
 是非も無かった。
「ナギ、見つかったか!?」
 俺が頷くとほぼ同時に、彼女の後を追うように、ひとりの男子生徒が駆け付ける。
「見つけましたっ。同行してくださるようです」
 無意識だろう。俺の作業着の袖をしっかりと掴んで、ナギと呼ばれた女子生徒ははっきりと頷いた。
「? 知り合いか、ナギ」
「いえ、今会ったばかりです。そう言えば、あの、御名前は?」
「おか――いやいや」
 やばい。うっかり汐の父親だとばれると後が怖い。
「おか?」
「いや、ノジー・マッケンジーだ。ノジーと呼んでくれ」
 前に、オッサンと一緒に演劇部の練習風景を覗きに行ったことがある。あの時は怒髪天を突いた汐がモップを振り回して追い払いに来たため、俺達は戦略的転進をもってどうにか対抗した。いや、要は諦めて帰っただけなんだが。
 以降、学校への個人的な侵入は汐より固く禁じられている。女子生徒――ナギが請うたためと言われればすぐにも納得してくれるだろうが、万一疑われてしまったら、彼女が気の毒だと思って、俺は名前を偽ることにした。
 ……にしても、我ながら嘘ばればれな偽名だった。
「ノジーさんですね。よろしくお願い致します」
「いやちょっと待てナギ。どう考えても怪しい名前だからな、それ」
 昔の俺のように、突っ込みをいれる男子生徒。後一歩遅ければ俺が入れていただろう。
「失礼ですけど、本名ですか?」
 訝しげに訊く男子生徒。
「ハーフなんだ。アメリカ人と」
 適当に、答える俺。
「アメリカ人?」
「ああ。日本生まれの日本育ちだから英語苦手だけどな」
「はぁ」
 うさん臭そうに頭を掻いている。――まぁ、当然だろう。俺だって学生時代、そんなことを言う電気工が居たらまず疑う。
 と、ナギが男子生徒の袖を引っ張った。
「あの、疑うのはノジーさんに対して失礼だと思うのですが……」
「――そうだな。理由が無いか……済みませんでした」
 昔の俺よりずっと素直に、そいつは頭を下げた。
「その、よろしくお願いします。ナギ、一応俺は町の電気屋当たって来る。その間にその人を連れて現場へ急げ!」
「はいっ」
 敬礼せんばかりに背筋をぴんと延ばして、ナギはひとつだけ頷いた。そして、すぐさま俺の袖を引っ張る。
「こちらです、ノジーさんっ!」
 こうして、図らずもあの坂を上ることになったことに、俺はこっそりと嘆息した。
 どうやら俺はまだ、此処で必要とされているらしい。



「え、『演劇部、新入生歓迎公演』……」
 偽名を使って正解だったらしい。体育館の入り口に墨跡鮮やかに置かれたその立て札は、ある意味最悪の取り合わせだった。
「もしかしてお前、演劇部の関係者か?」
「はい。演劇部員です」
 直球ど真ん中ストレートに、ナギ。
「でもまだ、入部して一カ月も経っていませんが……」
 なるほど、道理で見ない顔だと思った。だとすれば、先程の男子生徒もそうなのだろう。
 ナギは俺の袖を引いてさらに進む。この建物は、俺の在学時からあるものだから、何処に行こうとしているのか、すぐにわかった。
「済みません、裏からで」
「いや、いい。俺、目立つしな」
 主に汐に。
 滅多に使われない裏口からの扉を、ナギはスカートのポケットに入れていたカギで開いて中に入る。
「お……」
 入ってみて驚いた。
「この体育館、変わって無いと思っていたんだが、そうでもなかったんだな……」
「え?」
 ナギが不思議そうに振り向いて、訊く。
「いや、此処の生徒だったんだ」
 昔、春原とふざけて潜った時は、何も無い空間だった。それが今じゃ、見たことも無い装置が所狭しと設置されている。そのことを、俺は彼女に説明した。
「そうだったのですか……」
 それで多少安心したのか、いくらか貌を和らげて、ナギ。
「それにしても、すごい数の機械だな」
「このうちの一台――舞台装置を直してもらいたいのです」
 と、ナギ。
「こちらです……」
 そう言って静かに進んで行く。と――、
「『絶対魅了だ!』」
 真上から汐の声が響いた。
「……もしかして、既に公演中か」
「……はい、残念ながら」
 お互い声をこらして、俺達。そして、さらに進んだ後一台の機械の前で立ち止まる。
 それは、とても太い円柱状の機械だった。
「この舞台装置なんですけど、公演が始まった途端電源が付かなくなってしまって……」
「そ、そうか……」
 やばい、何の機械なのかわからない。
「スイッチのランプが点かないんです。本体には電気が入っているみたいなのですが」
「とりあえず、配線を――」
 電源ボタンのある制御盤とおぼしき装置の、蓋を開けて見る。
「……なんだ。ヒューズが飛んだだけだ」
 ほっと息を吐きつつ、俺。
「ヒューズ?」
「過電圧になった時の安全装置みたいなものだな」
 そう言いながら、俺は持っていた自分の荷物――工具箱を開ける。
「ん、それなりに珍しい型だな。少なくとも標準的な物じゃない――あと、どれくらいで直せば良い?」
「はい、えっとですね……」
 腕時計を見るナギ。そしてすぐさま顔を上げた。
「あ、あと一分です――」
「何!?」
 目茶苦茶時間が無かった。
「の、ノジーさん、ど、どう致しましょう!?」
「落ち着け」
 そう声をかけている間にも、工具箱のヒューズを片っ端から調べる俺。これでもない、あれでもない――あった!
 ある型のヒューズを摘まみ取り、同時に基盤に収まっていた線の切れたヒューズを取り出す。本来は電源を完全に落とした方が望ましいのだが、今はそんなことを言っていられない。
 ぱちんと小気味よい音を立てて、新しいヒューズは基盤に収まった。
「OKだ。電源を入れろ」
「は、はいっ!」
 ナギがスイッチを入れた。続いて、スカートのポケットから小さな携帯電話取り出す。
「もしもし、私です。回してくださいっ」
 そう言った途端、エレベーターが動き出したような音が辺りに響いた。
 なるほど、この機械は回転装置であったらしい。
「ええはい、了解です……」
 そんな言葉と共に、携帯電話を仕舞うナギ。
「……間に合ったか?」
「はい。間に合いました……良かったぁ――本当に良かったです」
 心底ほっとしたらしい。目に浮かんだ涙をメガネを外して拭い、ナギはそう言った。
「良かったな」
「はい……」
 頷いて、座り込む。
 そのまま、ナギが動きそうになかったので、俺も隣に座った。
「そういや、お前は裏方担当なのか?」
「あ、はい。今回は」
「……今回は?」
 首を傾げる俺に対し、ナギはちょっと言いにくそうに、
「あの、最初は部長から役者を強く奨められたんです。でも私、そこまで度胸ないもので、今回は裏方を――」
「度胸は関係ないだろ。要はやりたいか、やりたくないかだ」
 ついつい口を挟んでしまう。しかし、ナギは深く頷いて、
「はい。自分でもそう思います」
 はっきりと、そう言った。
「……好きか?」
「え?」
「演劇、好きか?」
「……良くわからないです。でも、今は好きなんじゃないかと、思っています」
「――俺の知っているやつもな、演劇が好きだった。でも、度胸なんてからっきしでな。それでも、主演女優を務めたんだ」
「そう……なのですか」
 目を細めて、ナギ。もう会うことが出来ない渚と、自分と重ねているようだった。
「ああ。たったひとりで此処の舞台に上がってな、立派に勤め上げたんだ。だからお前にも……出来ると思う」
「でも私、演劇は今年から始めたので――」
「もうひとり知っているんだがな、こっちは中学まで演劇のえの字も知らなかったのに、高校に入った途端演劇部に入った」
 渚の影を追ったのか、それとも遺したものを探しに行ったのか、いや、ただ単に入りたかっただけなのか、それは今でもわからないし、教えてもらっていない。でも、熱意だけははっきりと伝わっている。
「それが今じゃ、演劇部のトップ……じゃない、重役に収まっているそうだ」
 後半はわざとぼかして、俺。
「だからな、経験とか度胸の問題じゃない。どんなことでも、好きかそうじゃないか、やりたいかやりたくないかの差なんだよ」
 まったく、舞台の床下で会話する話じゃなかった。だが、ナギは大人しく聞いている。
「部長みたいに話すのですね」
「え?」
「あ、申し訳ありません。つい……」
「いや、いいよ」
 身内だし。
「私は、部長の勧めでこの演劇部に入ったのです」
「……へぇ」
「中学まで、どんなに周りの人が勧めても帰宅部だった私が、です。それまで、ひとりでは何も出来なかった私が、勧められたとは言え自分の意志で入部出来たなんて――実は今でも信じられません。でも」
 喋りながら下がっていた視線が、俺の方に向く。
「私は、部長と一緒に居たいのです。例え一年だけであろうとも、一緒に居れば……何もかも、好きになれそうな気がするのです」
「そうか――」
 遠慮会釈なしに、俺はナギの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「なれるよ。お前なら」
 こんなこと、渚と汐にしかしたことが無かったのに、不思議な気分だった。
「あ、ありがとうございます……」
 恥ずかしそうに俯いて、ナギ。遅れて、どっと拍手の音が聞こえる。
「公演、終わったようだな」
「そうですね」
「そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
「はい……あ」
「どうした?」
 既に立ち上がった俺が振り向くと、ナギは恥しそうに、
「安心したら、腰が抜けてしまいました……」
「おぶってやろうか?」
「いえ、もう少しだけ待っていただけますか。――その、ノジーさん」
 不安げに、ナギは訊く。
「本当に、こんな私でも頑張って行けるのでしょうか」
 俺は、笑って答えた。
「ああ。大丈夫だって」



「いやいやいや。俺はもう此処で」
 部室棟となっている旧校舎――俺が居た当時は学び舎となっていた新校舎――の、演劇部と立派な札が貼られたドアの前で、俺は抵抗を続けていた。
「そういう訳にも参りません。此処までお手伝いしていただいたんですから、是非こちらに」
 と、腰の治ったナギがぐいぐいと袖を引っ張る。
 言いたいことはわかる。だがそれは、俺にとってデンジャラスな選択肢になるのだ。だがその理由を話せば、余計俺はそっちに引きずられて行くことになるだろう。
 だから俺は、ちょっと顔を見せるだけですぐさま退散できるよう、適当な挨拶を考えつつ演劇部の部室に足を向けたのだった。
 良く考えれば、汐が不在ならある程度は助かる。
『で、その電気工の人は?』
 扉から漏れる、汐の声。
 ……どうも、既に万事休すのようであった。
「た、只今戻りました」
 思いっきり緊張した声で、ナギが部室に入る。
「ナギ――」
 坂の下で会った、男子生徒の声が響いた。
「悪ぃ。岡崎部長、気付いてた」
「ええ!?」
 仰天するナギ。
「ど、どうして……」
「どうしてもこうしてもないでしょ。ふたりとも観客席にも舞台裏にも居ないんだもの」
 と、チャイナドレスと鎧を足し2で割ったような格好の汐が少し困った声でそう言う。その、胸を強調するデザインがちょっと気になったが、今はそれどころで無いので黙って置く。
「それで、助けて貰った電気工の人って?」
「はい。こちらに――え、あれ? ノジーさん? ノジーさん!?」
「ノジー?」
「ノジー・マッケンジー。アメリカ人とのハーフらしいっす。目茶苦茶怪しいけど」
 と、男子生徒。その間にも、ナギは辺りをきょろきょろと探している。
 ――やむを得まい。
「お邪魔します」
 俺は片手を上げて、隠れていた扉の影から半身を出すと演劇部の部室に入った。
 何気にこれが初めてだったが、幾人かの顔見知りは、『おっ』と声を上げる。
「あら、おとーさん」
 ちょっと意外そうに、汐。
「え? え? ええ!?」
 まるで覆面レスラーの正体を初めて知った様な貌で、ナギ。
「よう、我が娘」
 何でもないように、手を振る俺。
「ええ!? え? え?」
 天変地異が起きたかのような貌で、俺達父娘を交互に見るナギ。
「あの、もしかして、その……」
 言葉に詰まるナギに、俺は片手を上げて言ってやった。
「初めまして、汐の父です。汐がいつもお世話になっております」
 ナギは、卒倒した。
 すかさず汐が動き、彼女を抱き留める。そして、皆が息を止める中素早く活を入れ、目覚めさせていた。
「す、済みません……」
「いいのよ。今のはおとーさんが悪い」
 ああ、俺が悪い。
「結局、全てお見通しだったんですね……」
「天網恢々粗にして漏らさず、よ」
 と、片目を瞑って汐。
「駄目じゃない。ちゃんとわたしか副部長、それに顧問の先生に報告して指示を仰がなきゃ」
「はい……」
 俯くナギに、汐は抱き留めた格好から上手に椅子へ座らせると、
「――ま、そこはそれ、これはこれだけどね。ありがとう」
「え?」
「結果的には、公演を中断する事なく進められたでしょ? そのお礼」
「も、もっ、もったいないお言葉ですっ!」
 汐の笑顔に、ナギは思い切り感動していた。
 ……ふむ、出会った時から思っていたことだが、
「古風な子だな」
「古風な子なのよ」
「あ、ありがとうござい……ます?」
 俺達父娘の評に、困ったような声で、ナギ。
「あ、おとーさん。ヒューズだけど後で用務員室から持ってくるわね」
「いや、いいよ。一本だけだし」
「だーめ。我が校の備品なんだから、ちゃんと管理しなきゃ」
「んじゃ、後でな」
「あの、そういうことでしたら、私が貰って参ります」
 と、ナギが挙手する。
「ん。折角だから、お願いね」
「はいっ」
 そう言って、元気に部室から出掛けようとするナギを、俺は片手で引き留めた。
「ちょっと待ってくれナギ。おまえの名前、ちゃんと教えてくれないか?」
「え? 私のですか?」
「あら、ナギってあだ名だけしか訊いていなかったの?」
 と、椅子に座り机に頬杖を付いて汐。
「ああ。だからちょっと気になった」
 そうよね、気になるわよね。と汐がまぜっ返す。
「つ、つまらないですよ? 私の名前を聞いたって」
「自分の名前をつまらないなんていうもんじゃないだろ」
「自分の名前をつまらないなんていうもんじゃないわよ」
 期せずして、俺達父娘の声が重なった。
「す、すみません」
 ものすごく萎縮してしまう、ナギ。
「で、名前は?」
「はい。えっと――」
 んっふっふっふっふ……と、何故か汐が悪戯っぽい声を上げる。
「えっと、私の名前は……」
 ――な、なにぃ!?

 その、それほど珍しくはないけれど余りにも懐かしい名前に、俺は驚愕の声を上げたのだった。
 隠していたな、我が娘め。



Fin.




あとがきはこちら













































「外に渚というと……大島渚監督とか、渚カヲルとかか?」
「朋也くん、どちらの方も男性です……」




































あとがき



 ○十七歳外伝、あの坂で再び編でした。
 大昔の話ですが、ちょっとした偶然で故郷の母校に足を踏み入れた際、とあるトラブルを解消したことがあります。本当にたまたま、そこにいただけだったんですが、こういうこともあるんだなと思っていました。今回の話で、朋也もそう思っているかもしれません。
 朋也で思い出しましたが、彼が今回使った偽名は、劇場版公開決定及びテレビアニメ化決定記念ということで。具体的に言うと、中の人のことだったりしますw。
 さて、次回は外れた予告を修正して汐の夢の話で。

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