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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「ん? なんか屋根がぎしぎしいっているような――あ〜れ〜!」












































  

  


 その週の始めから、幻想郷は記録的な豪雪に襲われた。
 博麗神社では巫女が地道に雪かきで対処し、魔法の森では一方では障壁魔法、もう一方では衝撃波による除雪で対抗。
 紅魔館ではメイド総出で雪おろし大会を開いて大いに盛り上がり、香霖堂では主が建物の耐久試験をひとり始め、そして蚊帳の外の白玉楼では、主が呑気に茶を飲みつつ茶菓子を庭師に所望している中、
 藤原妹紅の家が潰れた。



『蓬莱人のお泊まり会』



「……それで、うちに来た訳ね」
 永遠亭の玄関で彼女を一目見るなり、蓬莱山輝夜はそう呟いた。
「……まぁね」
 心底悔しそうに、身体に塗れた雪を払い落としながら、妹紅が答える。
「別に屋根がなくても困らないでしょう? 貴方と私なら」
 廊下へと妹紅を促しながら、輝夜がそう言う。
「そう思っていた時期が、私にもあったわよ。でもね、身体が凍ると身動き取れなくなるのよね」
「あはは、それもそうね」
 私もそれ経験あるわ。関節がが固まるのよねー、と輝夜は笑い、妹紅はこの生まれついてのお姫様が、一体何をしたらそんな目に遭ったのか訊こうとして――寸前で止めた。どうせろくな答えが返ってこないと、長年の勘が告げていたからである。
「でも頼るなら、私以外に頼れば良かったじゃない。ええと、例のハクタクとか」
「慧音? 無理よ。里の方で除雪作業に忙しいから。ほら、稗田家とか男手足りないところ多いでしょ」
「ああ、なるほどね」
 と、輝夜が頷く。少し前なら出任せな返事に聞こえたのかもしれないが、昨今は里の人間とそれなりに交流して居るためか、その言葉に嘘の響きは微塵も感じられ無かった。
「まぁこの大雪。此処が幻想郷で最も安全なところと言われても、否定する気はないわ」
「一体どういう原理なのよ。この建物だけ、雪が『普通に』積もっているじゃない」
 そうなのである。外は腰どころか臍を越えそうなくらい積もっているというのに、永遠亭の回りでは、人差し指の長さ程しか積もっていなかったのだ。
「永琳曰く、水分子だけ通さない電磁障壁を張っているそうよ。本当は完全に遮断出来るんだけど、それじゃ風情がないから少しだけ通しているんですって。詳しくは良くわからないけど」
「あっそう……」
 げんなりとした表情を浮かべて、妹紅は肩を落とした。まったく、良くわからないどころか、何を言っているのかすらわからない。
「さ、とりあえずこの部屋を使って頂戴。中に着替えとか色々用意してあるわ」
「御丁寧に、どうも」
「大きな貸しよね、これ」
「……御丁寧に、どうもっ」
 この時の輝夜と妹紅の貌は、それぞれの御想像にお任せする。



 厭味だ、これは。
 妹紅は速効でそう判断した。部屋の中は典型的な和室。それは良い。しかし、その様式は里のものとは掛け離れた禁中のものに限りなく近く、おまけに香まで焚きしめられている。極め付けに用意された服は明らかに和服で、着流しや浴衣など動き易くそれでいて日々の生活に即したものではない、裾が長い殿中や宮中での事のみ考えられた優美な衣であった。
「こんなのに袖を通すの、何百年振りかしらね……」
 脱いだ服を丁寧に畳んでから、羽根のように軽いそれを、そっと羽織る。
 と、
「サイズ合っているかしら。私の数字がベースだからあちこち合ってないかもしれないけど」
 まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、輝夜が顔を出した。
「……随分と懐かしいもの、用意してくれるじゃないの」
「でしょ。再現するの、苦労したんだから」
 妹紅による刺のある言葉にも、輝夜は意に介さないようであった。
「まぁ、たまには昔を思い出すのも良いんじゃないかなと思ってね」
「そりゃどうも」
「懐かしいでしょ」
「それなりにね。でも私にとっては山野を歩いた方が長かったからこれを着ても違和感だらけだわ。まぁ、殿中の御姫様だったあんたには関係ないか」
 そう妹紅が言うと、輝夜は目を丸くして、
「何言っているのよ。私は地上では平民の出よ」
 ずっと貴族なのは貴方じゃないの、と続ける。
「……へ?」
「へ? じゃないわよ。お屋敷に住めるようになったのは、求婚者が押し寄せるくらいに成長してからよ。それまでは竹林の側で庵暮らしよ。筵織りとか得意だったんだから」
「あんたが、筵織り!?」
「だけじゃないわ。茸に山菜採り、薪拾いに風呂焚きに……何でもやったわよ」
 薪割りだけは出来なかったけど、体力保たなくて。そう言って輝夜は笑う。
「へ、へぇ……意外だわ」
 蓬莱の薬を飲んだ後、輝夜が言ったことは妹紅だって一通りやっている。やっているが、まさか目の前にいる御姫様然とした輝夜が、それらを同じように体験していたとは、夢にも思わなかったのだ。
「……蜀漢の皇帝みたいね。筵織りから殿中人か」
「そうね、優秀な軍師も居ることだし」
 永琳が地上の天下取りを考えたら、天下三分の計が吹き飛ぶくらいとんでもないことになるでしょうねと、輝夜。
「さて、私も久々に袖を通そうかしら」
「はい?」
「いいでしょ。私だって偶には」
「そりゃまあ、好きにすればいいけどね……」



 夕飯は、妹紅が借りている部屋で輝夜とふたりで取ることになった。付き人とその弟子は何かの研究とやらで部屋に籠もりきりであり、屋敷を守る兎達は兎達で、普段から別室らしい。
 薄ぼんやりとした明かりの中、静かに箸を上げ下げする輝夜は、いつもの服ではなく、妹紅と同じく衣を纏っていた。その姿はまさしく殿上人そのものであるように、妹紅には見える。
「さっき平民の出だって言っていたけどさ。やっぱりあんたの方がしっくり合ってるわ、それ」
「あら、ありがとう」
 一度箸を置いて、軽く一礼する輝夜。その仕草がまた、それらしい。
「それにしても、川魚は採りにくくなったし、塩漬けもそれほどありふれている訳じゃ無いけど……」
 と、里芋と一緒に煮られていたものに箸を付けながら、妹紅は呟く。
「それを通り越して棒鱈なんて、良く手に入ったわね」
 そのままであれば文字通り樫の棒のように堅いそれは、丁寧に炊かれているためか、箸でほろほろと面白いようにほぐれる。
「永琳がね、香霖堂さんのところに足繁く通うようになってから色々困らなくなったのよ」
「衣食住、全部に拘った訳ね、今日は」
 身欠き鰊と並ぶ、かつて都で消費された魚の定番を楽しみながら、妹紅はそういう。長時間煮込んで居るはずだが、味付けが絶妙なのか、それほど塩辛くない。
「そうよ。やるからにはとことんやらなきゃつまらないじゃない」
 漬物に手を付けながら、輝夜がそう返す。
「……まぁ、あんたが何を企んでいるかよくわからない以上は文句付けないつもりだけどね」
 そう言いながら、開け放たれた襖から外を見やる妹紅。竹林と塀という二種類の囲いの内側では、雪が深々と降り続けている。恐らくこれも従者による仕掛けのせいか、寒風は全く吹き込んでこない。
「それにしても、この部屋私ひとりじゃ広すぎない?」
「そんなこと無いわよ。今はそう感じないでしょ?」
「そりゃ、あんたが居るからね」
「だから問題ないのよ。夜は私と一緒に寝るんだから」
「なぬ!?」
 思わず椀を取り落としそうになる妹紅。そんな彼女に、輝夜は初めて少し不機嫌そうに、
「何驚いているのよ。この屋敷の主は私よ? 私が勝手に決めて問題がある訳ないじゃない」
「そりゃ、そうだけど……」
 そう呟きながら、妹紅ははたと気付いた。今日は矢鱈と『そりゃ』と言っている。
「その前に御風呂ね。一緒に入りましょ、この前みたいに」
「あれはもう思い出したく無いわよ……」
 以前、とある山の中腹で輝夜の奇襲を受けた覚えがある。その際妹紅は起死回生を掛けて輝夜を巻き込み自爆したのであるが、結果として助けが来るまでふたりで泉の中に長時間浸かる羽目になった。お互いの衣服が自爆によって吹き飛んでしまったためである。
「そういえば、あの後どうしたの? 服」
「ああ、香霖堂で仕立ててもらったわよ」
 自分で織り上げるの、結構大変だからね、と妹紅は言い、
「じゃあ、今度からうちで仕立てる?」
 という輝夜の誘いに、
「やめとく。縦糸に一本仕込みそうでしょ」
 しっかりはっきりと断った。
「あら、わかる?」
「わからいでかっ」



 布団の掛け布団の上に、外掛け――衣の一番外側――をかけ天井を見上げる。
 相変わらず襖は開け放たれており、静かに降り続ける雪景色を眺めることが出来た。
「こうして寝るの、何百年ぶりかしらね」
 輝夜と枕を並べた布団の中で、妹紅がそう呟く。
「私もよ」
「そうなの?」
「だって、面倒くさいじゃない」
「その面倒くさいことを、なんだって今になってやることにしたのよ」
「それはね――」
 溜まりに溜まった妹紅の疑問を、ゆっくりと氷解させるような口調で輝夜は答える。
「人と再び交わりだしたからよ。月からの使者はもう絶対此処には来ない――あの巫女と結界の妖怪からそう聞いて、腐りも減りもしないけど只有るだけの月の遺物をどうせなら衆目に晒そうと思った『月都万象展』……それ以来、色々と知り合いが増えていく一方でね」
 貴方もこの前会った烏天狗とか、もう選り取り見取りよ。と、輝夜。それに対して妹紅は、両手の平を枕と頭の間に入れると、
「私は御免だわ、そういうの」
「あら、どうして?」
「人と関わることそのものは対して恐くない。でもそれはいずれか噂になって、記録になり、最終的には伝承になる。普通の人間ならせいぜい記録だけど私達は違う。伝承になったって生き続けるんだから、堪ったもんじゃないわ」
「どうして? 面白い話が遺りそうじゃない」
「あのね……あんただって人のこと言えないでしょ?」
「あら、私が何かしたって言うの?」
「『竹取物語』」
「ああ、あれね……」
「黒船が来る前にあの絵草紙見て爆笑しちゃったわよ」
「ま、有名税よ。有名税」
 そう言って輝夜は寝返りを打ち、妹紅の方に向いた。
「ねえ、なんでそんな伝承を残したのだと思う?」
「え? あんた都で有名だったじゃない。だからでしょ」
「違うわ。その気になれば帝に頼んで揉み消すことも出来た。それは貴方も知っているはずよ」
「じゃあ……」
「あの時は月からの使者が永琳だとは思っていなかったから、もう戻れるとは思わなかった。だけど万一戻って来た時、誰かに覚えていてほしかった。それだけなの」
「あんた――」
「……なんてね」
 くつくつと笑い、輝夜は再び天井に向けて身体を動かす。
「人と再び交わるようになって気付いたのよ。貴方も、少しはそう言うことしてみた方が良いんじゃないかなって。だからまず、その時を思い出して欲しかった。それだけ」
「――なんてねは?」
「さあ、どちらかしらね」
 そう言って貰うのを待っていたとばかりな輝夜の口調に気付き、妹紅は彼女とは反対側に寝返りを打った。
「輝夜」
「なに?」
「気を遣わせるんじゃ無いわよ、馬鹿」
 再び起こったくつくつ笑いを背中に受けつつ、妹紅は雪が溶けるまでは厄介になろうと決めていた。今の言葉に乗っけてしまった柔らかさは、隠せなかったためである。
 そんな彼女の想いを余所に、雪は深々と降り続けていた。


Fin.




あとがきはこちら













































「いいんですか師匠。姫様と放っておいて」
「大丈夫よ。姫がそう言ったんだから」




































あとがき



 妹紅と輝夜でした。
 今年の冬、雪は一度ぱらついただけでお隣の東京では降るどころかそれより先に春一番が吹いてしまいました。そんなわけできっとその雪は幻想郷へ大量に雪崩れ込んだに違いないと勝手に妄想していく内……こういう話が出来上がったわけですw(えー)。
 さて、妹紅と輝夜とくれば、アリスと魔理沙、幽々子様と妖夢並みに好きな組み合わせとなってきております。時折アリスの話にふたりが絡んできましたが、今後は今回のようにちゃんと話になるかと……思います^^。
 
 さて次回は――伸ばしに伸ばしている紅魔館かな?

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