超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「ひいぃッ!」
「声が小さーい。もういっちょー!」
「ひいぃッ! って何やらすんだよ杏!」










































  

  


 学生時代色んなことがあって、大抵の事には驚かなくなったあたし、藤林杏にもあのとき以上に慌てたことがある。
 桜の花びらが舞う四月、園庭に並んだ可愛らしい新園児達の中に、見慣れた面影を見つけてドキリとし、次いで名簿にあった名前にギクリとした。そして最後にその名前と面影が一致した時、普段は滅多に信じない運命の存在を感じてしまったりもしたものだ。

 岡崎、汐。

 その小さな女の子は、あの学生時代の記憶を呼び起こすのに十分過ぎる存在だった。



『その、あたしの教え子は』



「図らずも、あの約束を守ることになる訳ね……」
 職員室で名簿を捲りつつ、あたしはそう呟いていた。あたしの担当するクラスに、しっかりと汐ちゃんの名前が入って居たためだ。
 クラスを持ったのは、これが初めてじゃない。
 けれども、いつもの年度始め以上に、あたしは緊張していた。
 ちなみに、あの約束というのはとある時に陽平と交わした、汐ちゃんを見守るというもので、あの時は、たまたま遭えた時に――と考えていたのだが、それがこれからほぼ日常になるとは思っても見なかった。
 始めて顔を合わせた時のことは、今でも憶えている。
「みんな、よろしくね」
 教室に入ったあたしの最初の挨拶に、一斉に大声で返事をする園児たち。そして、その中でひとり、周囲の声の大きさに驚いている子が居た。
 汐ちゃんだった。
 ある程度の事情を知っていたから、あたしの汐ちゃんのイメージは大分彼女の母親の面影を引っ張っていたのだけれど、その時に限って言えば、それはあながち間違いでは無さそうだった。
 汐ちゃんは、誰かと常に一緒にいる事が少ない、おとなしい子。それがあたしが最初に下した判断だった。
 それが覆るのは、数日後のことだ。



「岡崎、汐ちゃんだったわね……」
 お昼の後、職員室でクラスの子達のデータをまとめて居た時、あたしは先輩の先生にそう話しかけられていた。恐らく、年齢的にはあたしの親と同じくらいだろうと思われるその先生は、あたしが今の職に就いてから何かと世話になっている人で、良き相談相手でもあった。
「家庭の事情が複雑と聞いていたけど、どうかしら?」
「そうですね……」
 その先生の質問に、あたしは慎重に言葉を選んでから返答する。
「あの子の両親とは面識があったので少し戸惑いましたけど、今は大丈夫です。汐ちゃん本人は――集団で遊ぶのにまだ慣れていないみたいですね。でもこちら側との意志疎通には問題無いですし、他の子とトラブルになるようなこともないみたいです。あと――」
「随分気に入っているのね」
 笑顔でそう言われて、あたしは少し喋り過ぎたことに気付いた。
「す、すみません……」
「いいのよ。貴方がどんなに気に入っても、特定の子を贔屓するなんてことはこれまでも無かったし、公私混同するようなことはしないと信じているわ」
「は、はい……ありがとうございます」
 思わず赤面してしまう。そんなあたしを、先生は娘を見るような(事実そんな年齢関係だけど)目で軽く笑って、
「まぁ、良く見ているみたいだから大丈夫ね」
 そう言って、園児達が遊んでいる園庭を見やり――ふと眉を顰めた。
「あら」
「どうしました?」
「その汐ちゃんが……諍いかしら?」
「え!?」
 慌てて視線を追うと、園庭の端にあるボール遊びに適した場所で、男子数人と、女子数人が言い争っている。その女子の先頭に居るのは確かに、汐ちゃんだ。
 言い争っていると言ったけど、正確には男子が一方的に喋っていて、汐ちゃんは時折言葉を返す程度のようだった。
「止めて来ます」
「まだよ。あの子達が自主的に解決出来れば、それに越したことは無いわ」
「は、はい」
 頷いたは良いものの、内心気が気でない。頭の中のどこか冷静な部分が、なんだかんだ言って贔屓しているじゃないと冷酷に言っていたが、それでも気になるのには変わりなかった。
 と、ついに男子の手が出てしまった。流石にこれは看過出来ないので、あたしは先生が頷いたのを確認すると同時に、声をかけつつ園庭に飛び出る。
 まずは顔を叩いた男子を軽く叱り(女の子の顔を叩くのは、言うまでもなく好ましいことではなかった)周りの子に事情を訊く。
 てんでばらばらに飛び出た言葉をまとめると、どうも女子がボール遊びをしていたところを男子が追い出そうとしたらしい。
「たすけてくれたの。きゅうに」
 ボールを持っていたひとりの女子がそう言う。
 そう、そこへ花壇の花を観ていた汐ちゃんが割り込んで来たというのだ。
「汐ちゃん?」
 叩かれて頬が赤い汐ちゃんに訊く。
「あそびば、とられそうだったから」
 驚いたことに、汐ちゃんは泣いていなかった。むしろ、叩かれたのを見ていたほかの女子が泣き出していて、あたしはそちらをあやすのに集中しなければいけないほどだったのだ。
 皆で話し合って、ちゃんと譲り合うように。そんな折衷案をあたしは説いて、その場を丸く収めた。
 そして当の本人はというと、園舎に入ろうとしていた。
 その少しぶっきらぼうなところは、朋也を思い起こさせるものだった。



「パパの、おともだち?」
「うん、そうよ」
 汐ちゃんにそう告白したのは、それから少し経った頃だった。意外なところで飛び出た言葉に驚いたのだろう。汐ちゃんは目を丸くしたまま、
「パパって、どんな人?」
 と、訊いてきた。
「ど、どんな人って……」
 途端、歯切れが悪くなってしまうあたし。正直、迷う。あたしが教えて良いものかどうかという思いと、そんなことを訊かなくてはならない、汐ちゃんへの思い。
 その一方で、朋也を責められないあたしも居る。学生時代の最後の半年、朋也が気に病んで居たことは、ずっと汐ちゃんのママのことだったのを、知っていたのだから。
「ごめんね汐ちゃん、朋也――汐ちゃんのパパのことはあまり話せないけど、悪いやつじゃないの。ただ……ママが居なくなって――気持ちの整理が付いていなくて」
 その結果、汐ちゃんとほとんど顔を合わせていない。そんな状態で、あたしが軽々しく朋也のことを話すわけにはいかなかった。
 汐ちゃんは、それがわかったのか……しばらく何も言わなかった。ただ、少し気まずそうに、
「せんせいは、パパのことすき?」
 気を遣われているな。そう思いながらあたしは答える。
「好きよ。すごく良いやつだもの」
「良かった……」
 この園に来て、初めて汐ちゃんが笑顔を見せた。その小さく咲く花に、あたしもつい嬉しくなって、
「そうねぇ……いっそ朋也のお嫁さんに、なっちゃおうかなー?」
「だめぇっ!」
 その大きな声に目を丸くしてしまう。
「ママは、ママだけだから」
 両手を腰に当てて、汐ちゃんはそう言う。
 うん、まぁ、朋也にモーションかける時は気を付けよう……。



 事件はそれから数日としないうちに起きた。
 その日の朝、クラスに入ると、全体が妙にざわついているのに気付いた。みればクラスの後でこの前の園庭のときのように男子と女子が数人ずつ、対立している。
 そしてこの前と同じように、汐ちゃんもそこにいた。
 ただし立ち位置が逆で、あの時汐ちゃんが助けた子達が、逆に汐ちゃんを護るように前に立っていた。
 当の汐ちゃんはというと、護られるということが無かったためだろうか、当惑している。
「どうしたの?」
 あたしは手近にいた女子に尋ねる。
「『おかざきのママ、いないんだぜ』っておとこのこたちが」
「――!」
 はじめは女の子同士の会話だった。それが家族の話になって汐ちゃんがそのことを口にしたとき、運悪く男子に聞かれてしまったらしい。
「ママのこと、しらないんだぜ」
 女子達と対立している男子のひとりがそう言った。やはりあのとき汐ちゃんと口論していた子のひとりだ。
「そんなことないもんっ!」
 汐ちゃんを護っている女子のひとりが一か八かでそう言う。
「じゃあいってみろよ、おかざきっ。それになんでおまえのママ、いないんだよっ」
 他の男子がそう囃し立てた。汐ちゃんは先ほどから何も言っていない。言えるわけがない。
 止めるべきだった。きつく叱ってでも、この話題を封印すべきだった。
「あたしが、知っているわ……」
 だけど飛び出てきたのはそんな言葉で、皆の視線があたしに向いた。
「せんせい……」
 汐ちゃんが、小さく呟く。
『藤林さん……』
 まるでその声に被さるように、あの懐かしい声が聞こえた――ような気がした。
「汐ちゃんのママはね、もう亡くなっているの」
 静かにそう言うあたし声に、皆が静まりかえる。
「あたしのね、友達でもあったの」
 違う。せいぜいが顔見知りレベルだ。それでもあたしはそう言った。
「だから亡くなったときは――死んじゃったときはすごく悲しかったの。わかるかしら? みんなのお友達がある日居なくなったら……それはとてもとても悲しいことなのよ」
 すごく悲しいというのも違う。古河部長のお葬式に出た際、椋も、陽平も泣いたというのにあたしは涙ひとつでなかった。悲しかったわけじゃない。けっしてそうじゃないけどでも、その時あたしの胸に去来していたのは……今、胸に迫るものと同じだった。
「もっと一緒にいられたはずなの。もっと一緒に楽しく笑えたはずなの。なのに――」
 もっと助けになれれば良かった。もっと話をすれば良かった。
 それらは全て、もう叶わない。でも、
 でも、あたしの側には、汐ちゃんが居る。
 今度こそ、力になりたかった。
「だからね、ママが居ないなんて、言っちゃ駄目。言われた人も悲しいけど、いつか言った人も悲しくなるのよ――いい? 絶対、もう、言っちゃ、駄目なんだからっ……」
 涙が零れ落ちる。
 気が付くと、あたしは泣いていた。
 気を利かせたのか、はたまた動転してしまったのか、ひとりの園児がクラスを飛び出して他の先生を呼び……その先生が駆けつける頃には、あたしは心の平静を保っていた。
 そしてクラスの平穏も、いつの間にか保たれていた。



「ありがとう、せんせい」
 お迎えの時間になって、クラスの子が次々に帰っていく中、あたしは汐ちゃんにズボンを引っ張られ、そう言われていた。
「え? な、なんで?」
 明らかに余計なことを言ったのだ。迎えに来る早苗さんに全力で謝るつもりだったあたしは、完全に予想外だったその言葉に、心底動揺してしまう。そんなあたしを見上げて、汐ちゃんは、
「もうみんなきっと、わかってくれたとおもうから。それに……」
 先に見せたものよりずっと良い笑顔で、
「かわりに、ないてくれたから」
 そう言ってくれた。
「――ありがと、汐ちゃん。先生、汐ちゃん大好きよ」
 手を伸ばし、頭を撫でてあげる。すると汐ちゃんはあたしの足に抱きついて、
「せんせいも、だいすきっ」
 結局、汐ちゃんの言う通りになった。あたしが泣いたことによって、他の子達はそれがタブーだと思ってしまったらしく、以降卒園するまで話題に上らなくなってしまったからだ。あの子達にとって、大の大人が泣くというのはそれほどショッキングなことだったのだろう。
 そしてそれは、あたしがもう子供でないことを自覚した瞬間でもあった。



■ ■ ■



「こんにちはー」
 その声に、園庭の花壇をいじっていたあたしは顔を上げた。
 いい加減しつこくなっていた暑さが抜けて、少し経ったころ。天気はすこぶる良い。
「はーい」
 そう応えて応対に出ると、長い髪を風に揺れさせて、大きくなった汐ちゃんが待っていた。
 確か今年で十七歳になる汐ちゃんは、とても快活な女の子になっていた。なんでも学校では、あの智代と大差ない活躍をしているらしい。
「あら、汐ちゃんじゃない。どうしたのよ?」
 軍手を取ってエプロンのポケットに突っ込みながらそう訊くと、汐ちゃんはちょっと照れ気味に、
「ちょっと作り過ぎちゃって。御裾分けにきました」
 そう言って差し出されたタッパーには、おいしそうなクッキーが詰められて居る。
「どれどれ……うわ、良い焼き色ねえ」
 思わずそう言うと、汐ちゃんから大輪の向日葵のような笑みが零れた。
 ――みんな、黙って立ってれば古河部長で、喋れば朋也と言うけれど、あたしは違うと確信している。
 岡崎汐、あたし自慢の生徒。

 その子は、それ以外の何でもないのだ。



Fin.




あとがきはこちら













































「ところで藤林先生、縁談は?」
「残念だけど、そーいうのはないのっ」




































あとがき



 ○十七歳外伝。杏と○でした。
 久々にCLANNAD本編をやってだだ泣きしながら、杏のことを考えていたら出来た話ですが、なんというか、もうちょっと彼女達のエピソードが見たかった私が居ます^^。
 そしてそれ以上に、杏と渚のエピソードも見てみたかったなーと思うわけでして……ことみシナリオでも十分なんですけど、あえて渚のシナリオで見たいなと思ってしまったのでした。
 さて、次回は……未定ですー;

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