「今日はもう上がっていいぞ、国崎君」
 霧島診療所の所長である霧島聖が、臨時アルバイト(扱い)の国崎往人にそう声をかけたのは、十二月二五日の昼のことであった。
「早いな。良いのか?」
 人の居ない待合室をモップがけしていた国崎往人がそう訊く。
「良いも何も、今日はクリスマスだろう。君にだって色々用事があるんじゃないか?」
「そうか、もうそんな季節か……」
 国崎往人は僅かに目を細め、
「なぁ聖、前から誰かに訊こうと思って居たんだが」
 と、訊いてきた。
「何だ?」
 恋の悩みなら乗ってやろう。但し、相手が妹の佳乃だったらメスを眉間に突き立てよう。そう思いながら、聖が答える。
「クリスマスって、何だ?」
「――なに?」



『国崎往人とクリスマス』



「……端的に言いますと」
 と、遠野美凪は言う。
「事は13世紀、当時のカトリック教会が――」
「あー遠野、ストップストップストップ」
 神尾家の居間。ちゃぶ台を囲んで居るのは、国崎往人と数名の少女である。
「歴史はいい。後、もうちょっとわかりやすく頼む」
「……しょんぼり」
 わざわざ両脚を横に崩して、後ろに向きながら美凪は落ち込んで居たが、すぐさま元の姿勢に戻ると、
「中東でやってはいけないお祭りのひとつです。その理由は――」
「わかった、わかったからそれ以上言うな、頼む。……で、他に説明できる奴は?」
「はーい!」
 ものすごく元気に、霧島佳乃が手を上げる。
「簡単に言うとね、恋人たちが一年で一番いちゃつく日だよぉ」
「そ、そうなのか?」
「その結果、真っ赤なお鼻のトナカイさんが赤ちゃんを――あれ? コウノトリだっけ?」
「おいおい」
「だから、その日は男の人と一緒に居ちゃ駄目だって、お姉ちゃんが言ってたよぉ」
「あーわかったわかった」
 軽く手を振り、国崎往人は向かいに座る少女に目を向ける。
「観鈴はどうだ?」
 そう国崎往人に言われた少女、神尾観鈴は最初軽く驚いて居たが、美凪、佳乃の視線が加わると少し考えて、
「えーと、みんなでケーキを食べたりするの。あとその日だけは大人にならなくてもお酒を飲んで大丈夫」
 大丈夫ではない。ある意味、観鈴が一番間違って居た。
 が、国崎往人には、それがわからない。わからないのである。
「吃驚だねぇ。クリスマスがどういうものか知らなかったんだ」
 ちゃぶ台に両肘を突いて、佳乃がそう言う。
「……まぁ、ずっと旅してきたわけだからな。町の様子はよく見ていたが、正月以外はあまり意味がわからなかった」
「それで、参考になったんでしょうか」
 美凪がそう訊く。
「……ああ」
 と、国崎往人は頷き、
「全員、何処か間違ってるか偏っているのがわかった」
 と言ったのだった。
「まぁ要するに、皆でお祝いしようって事だよ」
 と、みちるが笑っていう。
「それで十分じゃない。違う?」



 そんなわけで、神尾家でクリスマスパーティが開かれることになった。
 佳乃も美凪もイブの時に祝っていたから問題無かったのである。
 直ちに役割分担が自称クリスマス星人一号により発布され、その後少々揉めたものの、結局こういう役割分担になった。
 佳乃がツリーの調達と飾り付け、美凪とみちるが調理、そして国崎往人と観鈴が飾りや食材の買い出しである。
「往人さんは何が欲しい?」
 買い物籠を両手に提げて、観鈴が訊いた。首に巻いた首長竜のワッペンが縫いつけられている白のマフラーが可愛らしい。
「金。もしくは丼大盛りのラーメン」
「往人さん……」
「冗談だ」
 困った貌をする観鈴に、国崎往人はすぐさまそう言った。クリスマスには良い子にしているとプレゼントを貰える。そう言う知識を得た上での、軽いジョークのつもりだったのである。
「観鈴は?」
「んー、わたしはいまさっき貰えたかな」
 そう言って笑う観鈴に、国崎往人は首をひねって、
「何をだ?」
 と訊く。
「みんなで一緒にケーキ食べたりできること。今まで無かったから。こういうこと」
「……そうか。なるほどな」
 じゃあ――と国崎往人は言う。
「俺も、お前とこうやって過ごせることが、プレゼントなのかもな」



 そして、その夜。
 何も知らずに帰ってきた神尾晴子は居間の飾り付けに驚愕し、美凪が全力をもって作ったローストチキンやケーキに驚愕し、最後に観鈴が選んだ酒のボトルを見て咆吼した。
「ど、ど、どっ! ドン・ペリニョン!! 観鈴どないたんやこれっ!」
「酒屋さんで売っていたの」
「んなわけあるかい!」
「何を驚いているんだ。晴子」
 酒選びは完全に観鈴に任せていた国崎往人が訊く。
「一本五万は軽く越えるでっ! これ!」
 国崎往人は、飲んでいた茶を盛大に吹き出した。
「なんじゃそりゃあ!」
「大丈夫。そんな高いお酒じゃ無いから」
 と、観鈴が言う。
「ほらお母さん、ラベルを良く見てみて」
「何々――」
 まじまじとラベルを見つめる晴子。
「と、と、とっ! トンベリニョン!?」
「選んだ理由は、ラベルが恐竜だったから、かな? にはは」
「普通の恐竜は、包丁とカンテラ持ってコートを着たりしないけどな」
「でも、かわいいし」
「……さよか」
 がっくりと肩を落としつつも、栓を抜いて手近にあったコップにワンフィンガー注いだ晴子は、それを一気に傾けると片目を瞑り、
「――ん、まぁ美味いからええとしよか。んじゃはじめるでー! 今宵はクリスマスやっ!」
 いつの間にやら晴子が主導権を握っている。
「これじゃいつもと代わらないぞ……」
 茶を飲むのをやめ、暖かい湯気を出すローストチキンに手をわきわきさせながら伸ばしつつ、国崎往人はそう言った。



「いちばーん! 神尾晴子っ! ケルベロスのものまね行くでーっ『ケロちゃんターイム!』」
「うわっ、そっくり!」
「『こにゃにゃちはー!』」

「二番、霧島佳乃っ 星野明日香の物真似いっきまーす!」
「渋っ!」
「では私はシスプリでですね……」
「美凪、それネタ系列でやるとみちるが際限ない……」

「三番、国崎往人。矢吹ジョーのものまねだっ! 『馬鹿野郎っ! やってらんねえよ!』」
「うわっ、こっちもそっくりだよぉ!」
「……劇場ば」
「美凪、その先言うの止そうよ」

 そんなものすごい馬鹿騒ぎの騒音も、かれこれ一時間前の話になる。
 明かりの消えた神尾家の居間では、佳乃、美凪、みちる、そして晴子が寝ている。
 奥の台所では観鈴が後片付けをしているのだろう。洗い場から水の流れる音が断続的に聞こえていた。
 国崎往人はというと、壁に背を預け、足を伸ばして座っていた。時折、みちるや晴子がかけてやった毛布を蹴飛ばすので、それを戻してやる。
 そこへ、洗い物を終えた観鈴が戻って来た。
「往人さん。起きてる?」
 丁度目を瞑っていたので、眠っているように見えたのだろう。だから国崎往人は返事の代わりに、空いたシャンパンの瓶を左手で持って観鈴につき付けた。
「サイコガーン」
「わ。まだ酔ってる?」
「いや、さすがにそれほどじゃない」
「ちょっと、外行かないかな?」
「ああ、良いぞ」
 お互い支度し、玄関の戸をそっと閉める。
 実は部屋の隅でヒゲダンスを踊っているポテトが居たのだが、ふたりとも最後まで気付かなかった。
「……ぴこ〜……」
 寝返りを打った佳乃の両手が伸び、寂しそうに鳴いたポテト引きずり込むように抱き締める。



 風は穏やかであったが、波はやや高かった。
「寒いね」
「ああ、そうだな」
 堤防の下を、観鈴と国崎往人が歩く。風がものすごく冷たかったので、ふたりともマフラーをしっかりと首に巻いていた。
「なんか、信じられなくて。往人さんやみんなとクリスマスが祝えて、そして年が越せる。まるで奇跡みたい」
「当たり前のことだろ」
「うん、そうなのかもしれないけどね」
 先行している観鈴が、何かに気付いたように、ぱっと上を向いた。瞬間、吹いてきた強い風にやや平衡が崩れ、国崎往人は慌てて彼女を支える。
「どうした一体」
「雪、降ってきた」
 なるほど、観鈴のマフラーに、白い雪の結晶があった。
 ややっあってそれは、国崎往人のコートにも落ちてくる。
「道理で寒いわけだ。」
 独り旅の性か、余り嬉しく無さそうに、国崎往人。
「往人さんは、雪嫌い?」
 それを見抜いたように観鈴が訊く。
「好きじゃないな。冷たいだけだ」
「そうかな。でも、不思議だよ。往人さん」
 堤防に飛び乗って、観鈴が言う。
「何が」
「ほら、雪」
 そう言って観鈴は、両手を広げた。
「こうやっていると、雪が空から降ってくるんじゃなくて、わたしが空に昇って行くみたい」
「そう……だな」
 ふたり揃って、空を見上げる。
「メリークリスマス」
 と、堤防の上から観鈴が言う。
「あぁ、メリークリスマス」
 国崎往人が答える。
 そんなふたりに、まるで天からのプレゼントといわんばかりに、きめ細やかな雪が一斉に優しく降りてきたのであった。



Fin.







あとがき



  というわけで、今年のクリスマスSSはなんと(自分で言うのも何だな……)AIRでした。
 言うまでもなく、色々反則を連発していますが、まぁそれはそれで。
 来年は、リトルバスターズになっているのかな……。

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