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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「なぁ輝夜、あんたは彼処がどんなことだと思う?」
「そんなこと、想像するだけ無駄でしょ。永遠に行くことがないんだから」












































  

  


 白い霧が、立ち込めていた。
 手を伸ばせば、その指先が見えなくなるほどの、濃い霧である。前後左右、下手をすれば上下もわからなくなるようなその空間は、彼女が以前山登りに出掛けた時に見た、雲の中の景色に似ていた。
 座った姿勢のまま、手の平をそっと下に降ろす。途端、指先に冷たい水の感触が絡み付いて来た。
「気を付けな。場合によっちゃ、引き込まれるよ」
 即座にそんな声が後ろから響き、彼女は素早く手を引っ込めた。
 そう、ここは川の上なのである。
 ただの川ではない。三途の川である。
 どうも、彼女は亡くなってしまったらしい。少なくとも彼女が今乗っている、小さな舟を操っている死神――自らの役職をそう名乗ったのだ――は、そう言っていた。
 濡れた手を、制服のポケットから取り出したハンカチで丁寧に拭き、彼女は代わりに少しばかり嵩のある紙袋をしっかりと両手に持った。何も見えない霧の中、少しも迷った様子を見せずに、舟は一定のペースを保って進んで行く。
「しかしまぁ、なーんだってまた、こっちに来ちゃったんだろうねぇ。彼岸は彼岸でも管轄外じゃないか」
 と、死神。年格好は、彼女よりひと回りかふた回り上だろう。そして、自らを小野塚小町と名乗っていた。
「……ごめんなさい」
「あー、悪い悪い、お前さんが悪い訳じゃないのさ。強いて言うなら、星の巡りが悪かったのかもしれないけどねぇ」
 そう言いながら、小町は舟の竿をとして使っている、大きな鎌の柄をゆっくりと動かした。
「たしか、そっちの世間じゃなんだっけ、く、く〜?」
「クリスマス」
「そうそれ。そいつの真っ最中だろう?」
 やり切れないねぇ……そんな小町の呟きを、帚星の尾のように引きずりながら、舟はゆっくりと進んでいく。



『四季映姫のクリスマス』



「ほら、着いたよ」
 ようやく見えた向こう岸――と言っても、彼女は気が付いたら舟に乗っていたので、もう一方の岸を知らないのだが――に、何の衝撃も無く舟は接岸した。
「さ、お前さんはまず行かなきゃいけない処がある。こっちだよ」
 後から降りたのに、早くも彼女を追い越した小町が先導する。
 それについて歩いて行くと、霧が少し薄くなったのか、辺りは起伏の無い荒れ地だと彼女にも認識できるようになった。
 これが所謂死後の世界なら、ちょっと殺風景だな。そう思う。
「もうすぐで目的地だよ。ちょいと気味が悪いかもしれないけど、まぁ我慢して――ありゃ」
 小町が足を止め、上を見上げる。つられて彼女も上を見てみると、いつの間に近付いたのか、巨大な桜の木が在った。
「なんだってまた。……いや、まさかねぇ」
 枝の無い木を見上げて、小町がそんな声を上げる。今は冬だ。どこもおかしなところは無いように、彼女には見えた。
「まぁいいか。ほんじゃ、開廷まで此処の椅子にでも座ってな」
 相違って指さされた先には、なるほど、小さな木の椅子がある。
「開廷?」
 椅子に座りながら、彼女は声を出して小町に訊いた。
「あぁそうだよ。じきにわかるから待っていな」
「あ、はい」
 物わかりが良いねえ、最近じゃ中の連中だって捏ねるって言うのにさ。と、小町がそう言って、彼女の真横、数歩ほど距離を置いて直立不動の態勢になる。彼女はというと、舟の中からずっと両手で持っていた紙袋を少し鳴らしながら、左右を見渡して、
「法廷って、こんな開けたとこだったんだ」
「すみません、臨時なのです」
 急の後ろからそんな声が降って来て、彼女は思わず振り向いた。
 彼女と同じ齢格好の少女がひとり、佇んでいた。服は今風と言えば今風だが、頭に冠があり、手に錫を持っている。
「ええと、ここまで案内してくれたひとが死神さんなんだから、貴方は閻魔様?」
 小町が口笛を吹いた。最近、外の人間が閻魔の存在そのものを知らないことがあると、小耳に挟んでいたからである。
「察しが良いですね」
 一瞬だけ口の端に笑みを浮かべた後、閻魔は事務的に述べた。
「私の名前は四季映姫・ヤマザナドゥ。故あって管轄が違いますが、あなたに審判を下す者です」
「……すごい名前だね、ヤマザナドゥ」
「――それは名前じゃなくて、役職ですから」
 再び小町が口笛を吹く。思っていたことを素直に口に出すことが、気に入ったようであった。
「それに意外。閻魔様って、女の子なんだ」
「どういうイメージを持って居たんですか? 貴方は」
「お髭のおじさん」
 即座に彼女はそう答えた。
「その方は、本来貴方の住む世界を管轄されているのですよ」
 ただ、先程も言った通り諸事情がありまして……と、映姫。
「もちろん手は抜きません。閻魔として貴方の生涯に対し、全力を以て審理を行います」
「……お願いします」
「良い心構えです」
 そう言って頷き、映姫は桜の木を背にし、彼女の真正面に立った。
「では、これより開廷!」
 途端、小町が鎌の柄をがちりと地に打ち付けた。
「まずは貴方の生涯を、その起から見て行きましょう。こちらの書類に相違はありませんね?」
 そう言って、映姫は懐から時代がかった巻物を取り出し、彼女に手渡す。
 彼女がそれを紐解き、始めの方を見ると、彼女の生年月日とある時間に生まれたことが克明に記されていた。
「全部、載っているの?」
「はい」
 映姫がそう答えるのとほぼ同時に、彼女は一息で巻物を最後の方まで解く。そして、長いため息と共に、
「あぁ、やっぱり事故なんだ」
 幾分抑揚の無い声で、そう言った。
「……そうです。貴方は事故で亡くなりました」
 元より事務的であった口調を、さらに誇張して、映姫はそう言った。
「そうじゃないかなって、思ってたんだ。登校中に目の前が急に真っ暗になって、気が付いたら川を渡っていたし」
 そう言いながら、彼女は緩々と巻物を巻き直していく。そして紐でしっかりと綴じると席から立って映姫に手渡したのであった。
「はい。最初と最後の方だけしか見ていないけど、多分大丈夫だと思うから」
 巻物を懐に仕舞ながら、映姫が訊く。
「過去を悔やまないと?」
「うん、死んでしまったんじゃしょーがないものね」
 そう言って、彼女はすとんと席に座り直す。
「なるほど。稀に居ますが、貴方は随分と――思い切りが良い」
「ありがとう、で良いのかな?」
「ええ、褒めているんですよ」
 そう言って、映姫は彼女のすぐ前に歩み寄った。
「何か、後悔していること、思い残していることはありますか?」
「どうだろう? 今は何も浮かばないなぁ。……ただ」
「ただ?」
 映姫が聞き返す。
「ただ、急に別れることになって、悪いなって思ってる。両親とか、友達とか、……色々な人に」
「――そうですか」
「でも、伝える方法が無いものね。こっちに来るのを待つか、何時か気付いてもらうか……どっちかしかないよね」
 そしてどちらにしても、それはゆっくり待つしか無いよね。と彼女は言って、少し寂しげに笑った。
 そんな彼女を映姫は黙って見つめていたが、少しだけ小さく息を吐くと、
「貴方は、私の天敵を思い起こさせる」
 と言う。
「え? 閻魔様にも天敵が?」
 少し意外そうにそう訊く彼女に、映姫は苦笑いを浮かべながらも、説明する。
「居ますよ。即ち、死なない者と死んでも此処に来ない者です。前者は所謂不老不死、後者は亡霊怨霊の類になります。今私が思い描いた天敵は――後者ですね」
「今後逢えるのかな、その人に」
「やめた方が良い。そいつの居るところは迷うか直々に死に誘われた人間だけだ。しかも入ったら最後、そう簡単には出られやしない」
「小町! 傍聴人が審理に口を出すとは、何事ですか」
「済みません……」
 言わずにはおれなかったんで――と言って、小町は引き下がった。
「……まぁ、小町の言うことも尤もです。貴方が文人であると強く意識しているのならともかく、彼の地に行くことはお勧めできません」
 背後の桜の木を見上げて、映姫はそう言った。彼の地と言う場所が一体何処か、彼女のは良くわからなかったが、納得したように頷く。
「ところで、何で私は臨時法廷なの?」
「それは――」
 映姫が言葉に詰まる。
「それはだね、お前さんじゃなくてこっち側の都合なのさ。この季節にはね――」
「小町、その先は私が話します。……余り聴いて楽しい話題ではありませんが、良いですか?」
 彼女が頷くと、映姫はため息をついて、
「この季節、死者が多いのです。昔は厳しい寒さ。今は――まぁ、色々な理由で」
 ここまで大きな感情の変化が無かった映姫の貌に、初めてやるせない色が浮かび上がった。それだけで、彼女は大体を察する。新聞の社会面や生活面で、良く載っている記事を思い出したのだ。
「さてと、何時迄も貴方をこんな殺風景なところに居させる訳には行きませんね。判決です。貴方は――地獄へ行くことはありません。傍聴人、彼女を然るべき処に」
「はい」
 鎌の柄を地面に一度だけ突き立て、小町がそう言った。
「あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
 立ち上がりながら呟いた彼女に、映姫が訊く。
「ん、判決が下る前に渡すと賄賂になるかなって思って」
 そう言って彼女は、持っていた紙袋を開けると中身を映姫の首に巻き付けた。
 直前、小町が持っていた鎌を少し動かしたが、映姫の錫がそのままと制止の素振りを見せていたので、そっと持ち直す。
 映姫の首に巻かれた物は、手編みのマフラーであった。
「クリスマスプレゼント。もう、私には必要ないから」
「有難く、戴きます」
 静かに頭を下げて、映姫。
「これにて閉廷。小町、後を頼みます」
「承知しました四季様。さぁ、お前さんが次に行かなきゃいけないところがある。ついてきな」
 そう言ってさっさと歩き出す小町に、彼女は少し慌てて後を追おうとしたが、すぐに立ち止まると映姫の方を振り向いて、
「ありがとう。さようなら」
 と、言った。
「さようなら。貴方の行く先が暖かく、明るいものでありますように」
 錫を胸に当て、映姫がそう答える。



■ ■ ■



 彼女の護送が終わった小町が臨時法廷戻ってみると、映姫は未だ其処に居た。しかも、マフラーを着けたままである。
「無事に送ったようですね。御苦労様です」
「いやなに、こういったことだけはさぼりませんよ流石に」
 鎌の柄で肩を叩きながら、小町はそう答えた。
「それにしても、不憫な娘でしたねぇ」
「いいえ。昨今では稀な、芯が真っ直ぐな子でした」
 特に外の世界とあっては、と映姫は言う。そして、花も葉もない桜の木を見上げた。
「あの娘が来たから散ってしまったと言ったら、なんて思ったんでしょうね」
 と、同じく桜の木、罪深き念により紫の花を咲かせる桜の木を見上げて小町はそう言った。それはつまり、深い情を断ち切るほどの力を、彼女が持っていることを示している。それは昨今の人間としては、かなり珍しいことであった。
「別にどうとも思わないでしょう。正にも負にも、彼女の感情はぶれなかった。徳の高い人間でも、なかなかああは行きません」
「でもやっぱり不憫ですよ。だってあのクリスマスプレゼント、誰かひとりのために――」
「小町。彼女も言っていたでしょう。詮のないことなのです」
「そうですけどね……」
 あまり納得出来ないのか、小町は両手で力一杯、大鎌を振るってみせた。その刃はもちろん虚空を切って、小気味よい風切り音を奏でる。
「クリスマス、か――。久々にその名前を聞きました」
 彼女のくれたマフラーに手をやり、映姫は小さく呟いた。そしてすぐに、錫を持ち直す。
「行きましょう小町。私達のやるべきことは、まだたくさん残っています」
「仰せの通りで」
 そんなやり取りの後に、ふたりは臨時法廷を後にした。



 結局その日一日中、映姫はマフラーを外さなかった。
 それだけ、四季様はあの娘を気に入っていたんだなと小町は思ったが、すぐさま思い直すことにした。そんな筈は無い。四季様が誰かを贔屓する等あり得ない、と。
 しかし、小町の最初の推量は、あながち間違ってはいなかったのである。



Fin.




あとがきはこちら













































「なにか色々言われたような気がするわ」
「そりゃ仕方ないですよ。幽々子様」




































あとがき



 やっとこさの花映塚ラスボス一行でした。
 クリスマスのSSにしては、随分陰気なものになってしまいましたが、まぁそこはそこで。どうも、死神と閻魔様では自動的に話が暗くなってしまうようです。私の場合;
 次回は、紅魔館の面々だと思います。多分。

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