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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「ねぇ妖夢、この子に『みょん!』って鳴く機能付けない?」
「幽々子様、私はろぼっとじゃないです」












































  

  


「こんにちは」
 ある晴れた日の午後、マーガトロイド邸に響く魂魄妖夢の声に、家の主であるアリス・マーガトロイドは軽く首を傾げた。
 妖夢のほかに、微弱ながらもうひとつの気配があったためである。
「開いてるわよ。今キッチンに居るわ」
 正体不明の気配とは言え、妖夢と一緒に居るのだ。害を与える者ではないと判断し、アリスは少し大きめの声でそう返答した。丁度焼き菓子の仕上げに入っていたので、火元から離れたくなかったというのもある。
「わかりました。そっちに行きます」
 案の定、足音はふたつであった。但し、ただの足音ではなく片方が随分と体重が軽い。しかも、この軽さには……覚えがある。
 と、足音は戸口まで近づいて、
「お邪魔します」
 妖夢が顔を出した。続いて――、
「……あら」



『霊霊刀、妖魔刀 〜続・春霞の人形』



「先日は幽々子様の依頼を受けて戴き、ありがとうございました」
 と、マーガトロイド邸のダイニングで白玉楼の庭師が頭を下げる。併せて、隣に居るものがこっくりと頭を垂れた。
 人形である。
 アリスが妖夢の主、西行寺幽々子から依頼を受けて造った、おおよそ六十年ほど前の妖夢を象った人形であった。
「可愛いじゃない、その子」
「あ、はい。どうも……ありがとうございます」
 些か困惑気味に妖夢が答える。何せ、昔の自分そっくりの人形が可愛いと言われたので、照れて居るのだろう。おまけに、造った本人からの賛辞である。
「本当に入れちゃったのね。ええと、半身だっけ?」
「ええ、そうです。どうも幽々子様、最初からその気満々だったみたいで」
 普段浮かべる精悍な表情は何処へやら、何処かげんなりとしたその貌は、アリスに昔の妖夢を思い起こさせた。
「どうしたのよ」
「幽々子様、半身入りの人形がものすごく気に入ったみたいで、始終可愛がるんですよ。ずっと頭を撫で回すんです。そして、時々間違えて私の頭を撫で回すんです。十中八九確信犯だと思うんですが……」
「それはまた、災難ね」
 苦笑しつつ、アリスはそう言った。
「いやまったく」
 そう言って、妖夢も苦笑する。
「それでその子、自由意思で動ける訳?」
 と、ハーブティーの入ったカップを傾けながらアリスは訊いた。
「はい。私の意志で操ることもできますけど、基本的には自律してます。ただまぁ、私の動きに追随するのか好きみたいですけど」
 まるでその言葉を証明するかのように、妖夢人形がこくんと頷いた。
 その様子を、アリスは微笑ましげに、
「妹か、子供みたいね」
「こっ、子供はまだ早いです!」
 今度こそ久しぶりに狼狽える妖夢に、アリスは思わず笑ってしまう。
「それで、今日はどうしたの?」
「あ、はい。ええとですね……」
 妖夢は呼吸を整えると、
「この子に、刀を打って欲しいんです」
 と、背筋を伸ばして言った。
「二本も腰に下げているんだから、一本分ければ良いじゃない」
「二刀流って、単に一刀の二倍って訳じゃないんですよ」
 と、妖夢。
「極めればそれ以上に立ち回れます」
「なるほどねぇ……」
「後、幽々子様からの伝言です」
「何?」
「『刀がなきゃ妖夢じゃないわ』……とのことです」
「……悔しくない?」
「しばらく手斧か金棒を二本、腰に提げようと思いました」
 と、妖夢。
「うちに鉈が何本かあったような気がするけど」
「それ、武器じゃないじゃないですか」
 こちらは日本茶――博麗神社から、茶葉を数年ぶりに分けてもらったもの――の湯飲みを両手で持ちながら、妖夢はそう言う。
「それもそうね。で、報酬は? 追加扱いで無しかしら」
「いえ、前から時間が経っていますしお支払いします。ええと」
 妖夢が目配せすると、妖夢人形はこっくりと頷いて、席を立った。
「外に置いてきたんです。すぐ持ってきますから」
「それはいいけど、まるで同業者みたいよ? 妖夢」
「そりゃうれしい話ですけど、私が扱えるのはあの子ひとりだけですから。百体ニ百体同時は無理に決まってます」
「練習すれば、出来るようになるかもよ?」
「私には、剣がありますから」
 そう言っているうちに、妖夢人形が細長い包みを持ってきた。
「これは?」
「私が剪定した西行妖の枝です。もちろん幽々子様の許可を取ってあります。ここから鞘や拵えを造って戴いて、残りは御自由に――としたいのですが」
「十分だわ」
 包みを改めながら、アリスはそう言った。十分すぎるくらいの妖気を発散させていたからである。
「ただ、刀身の方が――門外漢なもので」
「わかったわ。何とかする」
「急な依頼で、済みません」
 人形と一緒に、妖夢が頭を下げた。
「よろしくお願いします」



■ ■ ■



「それで僕のところに来たって訳か」
 と、香霖堂店主、森近霖之助は呟いた。
「そう。刀を拵える為に、金属が欲しいのよ」
「金属、ね……どんなのが欲しいんだい?」
「ヒヒイロガネ」
「そんなものはないっ」
 一回噛んでいた。恐らく、あるにはあるが売れないのだろう。
「じゃあオリハルコン」
「それもない!」
「ミスリル」
「無茶言うな」
「霊銀」
「それはミスリルと一緒だろう……」
「あ、そうだ。確か金属性のスライムの内、一種が――」
「それはこの世界そのものに居ない。君の実家なら話は別だが」
「じゃあ、何があるのよ」
「銀、銅、真鍮、それに玉鋼だ。いや、待てよ……」
 そう言って、霖之助は一度店の奥に入っていった。ややあって、重たそうに黒ずんだ何かの塊を置く。
「上古代の鉄。これならどうだい?」
「……鉄?」
 あからさまに不審な声を上げるアリスに、霖之助は人差し指を振りながら、
「真鋼に勝るとも劣らない、極めて純度の高い鉄さ」
「でもこれ、鍛えるとしたらよっぽど高温の火でないといけないんじゃない?」
「まぁそうだろうね。だから使うなら銀辺りをお勧めするが」
 何だったら此処にある金属を少しずつ持って行って君が合金を造ってしまえば良い。できるだろう? と、霖之助。
「じゃあ、その鉄を刀ふた振り分」
「人の話を聞いていたのか君は」
「もちろんよ」
「じゃあ――」
 と、言いかける霖之助を、アリスは手で制して、
「要は超高温の火が手に入れば良いのよ」
「そうだが……」
「心当たりがあるの」
 そう言って、アリスは代金を支払った。



「は? 刀を鍛えるのに私の炎が欲しい?」
 竹林の入り口に、卓と椅子をふたつ持ち出して将棋を指していた藤原妹紅は、素っ頓狂な声を上げた。
「そう。自分でもやろうと思えば作れるんだけど、かなり時間がかかってしまうのよ」
「ふぅん……いいけど、ちゃんと制御出来るんだろうね?」
 駒の入った木の椀の隣においてある小さな湯飲みから柳陰――飲料用の味醂――を一口飲み、不適に笑って妹紅が言うと、アリスは何時に無く真面目な貌で、
「だからこそ、頼んでいるのよ」
 と、言った。
「良し! 失敗したら私らと違って後が無いんだからね、気を付けてやりなよ」



 純白の炎が辺りを照らす。直後、七つの魔方陣が浮かび上がり、炎を綺麗に包み込んだ。



「なんとまぁ……」
 竹林を後にするアリスの後ろ姿を眺めながら、柳陰をもう一口飲み妹紅は呟いた。
「水筒に火を入れて持ち帰る魔法使いなんて、初めて見たわ」
「それより妹紅、貴方の番よ」
 こちらは竹の花の蒸溜酒をちびちびやっていた、将棋の相手である蓬莱山輝夜が声をかける。
「そう急かしなさんな。時間はたっぷりあるでしょ」
 と、輝夜に言い返しながら、妹紅はひとりごちた。
「でも私の炎で鍛えた刀、何で冷却するんだろうね」



「蝦蟇仙人の油を大瓶ひとつ分? あるわよ」
 と、八雲紫は眠たそうにそう言った。
「確かに不死鳥の炎で鍛えた刀を冷却するのにうってつけだけど、通常は万能薬よ、あれ」
「わかっているわ。お代が高いって事くらい」
 と、アリス。
「でも別に、私は代わりの物が欲しい訳じゃないのよ?」
 ようやく本調子になってきたのか、紫はそんなことを言う。
「それもわかっているわ。だからこそ、私の上海人形と蓬莱人形を連れてきたのよ」
 と、アリスは不敵に笑う。
「な・る・ほ・ど」
 と、こちらも凶悪なまでに不敵な笑みを浮かべて、紫。
「それじゃ、遠慮無しにいかせてもらうわ。暇つぶし」
「暇つぶしですめば良いけどね」
 と、魔導書を留めているベルトを解きながら、アリス。
「ちょっと効き過ぎた刺激になるかもしれないわよ?」



 九本の巨大な光の剣が、一斉に振り下ろされる。
 迎え撃つのは、同じくらい大きな十二本の光の槍であった。



「……驚いたわ。随分と強くなっているじゃない」
 ぼろぼろになった日傘をスキマに仕舞いながら、紫はそう言った。
「そうかしらね」
 縁が擦り切れた魔導書を再度ベルトで留めながら、アリス。
「護るものが出来たからかしら?」
「よくわからないわ」
 何処か悪戯っぽく、それでいて優しげな声でそう訊く紫に、アリスはスカートに付いた土埃を払い落とす。
「またまた惚けちゃって。それは私の専売特許よ」
「それはいいから、約束の物を」
「はいはい」
 そう言って、紫はスキマから約束の物を取り出した。半径十メートルが半球状に抉られた地面の、丁度底で。



 深夜のマーガトロイド邸、工房。普段は人形を作るために使うので、整理整頓されているものの各種工具の類いが所狭しと置かれているのだが、今回に限っては鉄床、金槌、そして油を張った金属性の水盤と二三の小道具しかない。
「……こんなものかしらね」
 未完成の人形達も別室に移し、刀の材料を並べながら、アリスはひとり頷く。
 明かりはすべて消してある。暗視の魔法が効いているから問題ないし、どうせすぐ明るくなるのだ。
 急拵えの――それでいて重厚な作りの――炉に、アリスは慎重に慎重を重ねて不死鳥の炎を解放した。途端、辺りを白熱した光が照らし出す。光だけではない、むせ返るような熱もどっと押し寄せたのだが、アリスは何も感じないかのように作業を続けた。
 続いて、その炉に上古代の鉄をそっと差し入れる。
 熱せられる金属の色を見ながら、アリスは金槌を手に持って深呼吸をし、
「――よし!」
 気合を入れた。
 こうなればアリスの思考は、ものを作る事だけに集中出来る。
 だからこそアリスは、窓の外に張り付いている烏天狗の存在に最後まで気付かなかった。



■ ■ ■



『人形遣いの咆哮――深夜の五寸釘祭り

 ○月○日、突如魔法の森に金属同士の打撃音が響き渡った。
 発生源は、アリス・マーガトロイドさん(魔法使い)の私邸であり、時折発せられた声は、主である彼女本人に他ならない。
 おそらく、新型の藁人形の試験であろう。かなり前のことになるが、博麗神社の裏の木に藁人形を打ち付けていたからである。
 部屋の中を覗こうにも眩い光に満ちあふれて仕舞っているため、記者にとっては何が何だかわからなかったが、新型の特徴として記者が推測するに、少なくとも火の粉を撒く程度の能力が考えられる。
 それにしても、五寸釘を打ち付けて火の粉を吐いて仕舞っては、打ち付ける者が熱いに違いないのに(実際記者は十分熱かった)、何故そのような機能を付けたのだろうか? この頃は、魔法の森の魔女、博麗の巫女を生徒として迎えるなど、変わった行動の目立つマーガトロイドさんに寄せられる人妖の興味は、今後も変わらないように思える』



――『文々。新聞』より抜粋



■ ■ ■




 妖夢の目の前に、二振りの刀があった。
「驚きました。こんなに早く出来るなんて」
「突貫でやったからね」
 と、少し眠たそうなアリスが答える。
「でも、手は抜いていないわよ」
「それは――抜かなくてもわかります」
 と、鞘に手を触れながら妖夢は言う。
「すごいですね。これ程の業物、そうは見ません。何処かで刀鍛冶の修行を?」
 まさか。と、アリスは手を振って言った。
「見たことあると思うけど、人形達の武器を作っているの、私よ? だから、人のサイズは等身大サイズとして作ればいいのよ。ただそれだけ」
 普通は逆である。
 普通は逆であるが、だからこそ此処まで精巧な物が出来るのかもしれないと、妖夢はひとり納得していた。
「えっと、この刀達には銘はあるんですか?」
「あ、あるわよ」
 何故か、今になって恥ずかしくなったといった様子で咳払いをしながら、アリスは答える。
「そっちの短くて赤い鞘のが霊刀『霊夢』長くて鞘が黒いのが……妖刀『魔理沙』ね」
「それはまた……随分と直截的ですね」
「開き直ってみたのよ」
 両手を腰に当てて、アリスは堂々と言った。本当に開き直ったようである。
「佳い名前だと思いますよ。――それでは、抜いてみますね」
 妖夢が、鞘を持って妖夢人形と向かい合う。それと合わせて、妖夢人形がそれぞれの柄を片手で握り、
 まるで楽器のような軽やかな音を立てて引き抜いた。
「すごい」
 今度はアリスが驚嘆する。
「其処まで滑らかに、それでいて素早く動くなんて――」
「だから半身なんですって。その人形も私も、根幹はひとつなんです」
「羨ましいわ。式神はともかく、私の人形や使い魔じゃ、同じ事をするのにものすごく手間がかかるもの」
 もしこの場に紫が居たのであれば、式神だって組むのに苦労するのよと言われたに違いない。
「それにしても良い刀です。適度に縮めて霊霊刀、妖魔刀と呼ぶことにしますね」
「れいれいとうに、ようまとうね……不思議な語呂だわ」
「そうですね」
 からからと笑う妖夢。
「幽々子様も、これなら満足されるでしょう。――おや」
 妖夢が窓の外を見る。同時に、妖夢人形も窓の外を見た。やや遅れて、アリスにも賑やかな声と一緒に、何かが一直線に飛んできて居る気配を感じ取る。
「お弟子さん達ですか?」
「そうよ、正確には生徒だけど。まったくもう、気配を消せとは言わないけど……」
「隠しもしない――いや、隠しようも無いのかな? 随分と若々しい気ですね」
「ちょっとは抑えるように言って居るんだけどね……」
 ゆっくりと、アリスが席を立つ。
「もうすぐ紹介する事になるけど、この前の子の友達で、私の新しい生徒が居るわ。あ、もちろんお茶の時間一緒に居るわよね?」
「ええ、喜んで」
 妖夢人形に『霊夢』、『魔理沙』を納めさせながら、妖夢は笑って頷く。
「あ、ひとつだけ注意。その二本の刀の銘、言っちゃ駄目よ?」
「なんでです?」
 妖夢人形が首を傾げ、一方は傾げなかった妖夢が訊く。するとアリスは先程と全く同じ仕草で咳払いをすると、
「なんだか恥ずかしいじゃないの」
 視線を左右に振って、そう言う。
「大丈夫です」
 そんなアリスに妖夢は一刀の許、
「霊霊刀、妖魔刀ならまずわかりませんよ」
 と、涼し気に言ったのだった。



Fin.




あとがきはこちら













































「ええと、こちらが妖魔刀――」
「お婆ちゃんだ」
「……こっちが霊霊刀――」
「御祖母様ですね」
「え、えーと」
「……(思い切り見抜かれているじゃないっ)」




































あとがき



 アリスと妖夢、その2でした。少し前に妖夢人形の話を書いた時、しまった刀のこと考えて無かったと後悔して居たのですが、だったら新しく話を書こうと開き直って、今回のようになりましたw。
 その際、刀の銘を延々と考え続け、考え続けて居るうちにそうだ、どうせなんだからこの名前をと付けたのが、夢想封印、マスタースパークをそれぞれぶっ放せそうな刀立達になって仕舞ったりして居ます。恐らく、アリスも延々と銘を考え続けて、こうしてしまったんじゃないかなーとw。
 さて次回は、紅魔館の面々か、三途の川の御二方で。

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