「ぶえくしょい!」
 いくら換気が必要でも、少し窓が開け過ぎであることに気付いた折原浩平が、自室の窓を閉めたのは十一月の中旬、夜の帳が落ちた直後であった。
「……おお、さむ」
 自宅には、浩平以外誰もいない。叔母の由起子が夜勤で今夜は戻らないためだ。それを良いことに、浩平は今自室に炬燵を設えている。かなり狭苦しかったが、暖まるのには差し支えないだろう、というのが彼の考えであった。
 それにしても、急に寒くなったな。そんなことを考えていると、唐突に玄関のベルが鳴る。
「……誰だ? こんな夜に」
 渋々階段を降りながら、そう独りごちる。居留守を使いたかったのは山々であったが、自室の明かりが点いている以上そういう訳にもいかない。
「そういや、今日は夕刊の配達来なかったな」
 と、さらに口の中で呟いて浩平は玄関口に立つと、
「どちら様ですか? 新聞にしちゃあちと遅すぎですが」
「私です」
「……へ?」
 声は、うっかり者の新聞配達員ではなく――里村茜のものだった。



『正しい冬の、迎え方』



「長森さんから聞きました。こういう日、浩平はお茶漬けで済ませてしまうそうですから」
 少々重そうなスーパーの袋を床に置き、丁寧に靴を脱ぎながら茜はそう言う。
「まぁ確かにその予定だったが。もしくは、キムチと烏賊の塩辛のチャーハンかな」
「ものすごく、辛そうです」
「その組み合わせで使う調味料なら、多分ナンプラーだからな。ある意味お前の好きな蜂蜜練乳ワッフルの対極に位置すると思うぞ」
 ひと足先にリビングに入り、リビングの電気ストーブをつけながら、浩平。
「塩分過剰摂取です」
 と、こちらは糖分過剰接種気味の茜であったが、
「だから夕飯、私が作ります」
 リビングに入るなりスーパーの袋を掲げて、そう宣言する。
「そりゃ嬉しいが――いいのか?」
「好きでやっていますから」
「食べるのは一緒にか?」
 自分と茜を交互に指さしながら訊く浩平に、
「一緒にです」
 と、茜は簡潔に答える。
「そうか。じゃ、頼む」
「はい」
 小さく頷き、茜は準備に取り掛かった。
「あのな」
 そこに浩平が声をかける。
「何ですか?」
「嬉しいぞ、すごく」
「――はい」
 微かに目許を和らげて、茜は頷いた。
 浩平が素っ気なく見えていて、内心は喜んで居ることが嬉しかったのである。



 三角巾とエプロンを借り、炊飯器に少しばかり残っていた冷飯をラップで包んで冷凍庫に入れた茜は、手早く米を研ぐと、すぐさま炊飯を始めた。
 そこへ、二階の明かりや炬燵の電気を落として来た浩平が降りてくる。
「何か手伝うこと無いか?」
「それでは……これの埃を落としてください」
 そう言って手渡されたのは、巨大な昆布の乾物であった。
「松前漬けか」
「お正月にはまだ早いです」
「そういや、そうだわな」
 そんな訳で浩平が昆布と格闘している間、茜はまな板と包丁で白菜、大根、豆腐、鳥肉を適度な大きさに切っていった。
「鍋だな」
「鍋です。材料の種類が少なめですが」
「シンプルイズベスト。つぼはちゃんと押さえてあるんだ。問題ない」
 それに……と浩平は口には出さずに付け加えた。高校生の年がら年中寒い懐で、これは充分すぎる。
「埃落としたぞ」
 そう言って浩平が昆布を渡すと、茜は台所にあった一番大きな鍋にそれを敷き、水をたっぷり入れると、火にかけ始めた。
「後は何かないのか?」
「じゃあ、配膳お願いします」
「その後は?」
「待っていてください」
「あいよ」
 そう言って浩平は手早く配膳を済ませると、テーブルの一席から材料を煮始める茜を眺め始めた。
「んー……」
「どうしました?」
 浩平の声と共に、視線が何処か懐かしいものを見るような雰囲気になっていたのを感じて、茜は顔を上げ訊く。
「んにゃ、目の前で料理が出来るのを見るのって何年ぶりかなと、な」
「そうですか……」
 その言葉の意味を長森瑞佳から聞いて居る茜であるが、それ以上のことは言わなかった。まだ浩平からは聞いて居なかったし、それを直接訊く覚悟もまだだからである。
「浩平、コンロの用意お願いします。……あったらですけど」
「心配するな、辛うじてあるぞ」
 テーブルから離れ、冷蔵庫の横にある戸棚から、カセット式のコンロ――かなりの年代物――を取り出して、浩平。
「良し、ばっちこーい」
「はい……」
 流しのタオルを両手に巻いてミトン代わりにし、茜は浩平が火を点けたカセットコンロの上に、自分が作った鍋を移動させた。
「エプロン脱いで座っててくれ。飯をよそうのとポン酢を持ってくるのは、俺がやる」
「お願いします」
 そう言って、頷く茜。火を覗き込む形で居たので、顔が少し火照って居る。
「お待ちどう。久々に熱い夕飯だな……」
「電子レンジ、使わないんですか?」
「あれだと熱々に過熱すると味変わるからな。それだったらぬるめの方が良い」
「……なるほど」
「んでは、いただきます」
「いただきます」
 湯気の向こうにお互いを確認して、浩平と茜の声が唱和した。
「美味いな、白菜」
 昆布出汁とほどよく絡み合って、良い具合に仕上がって居る。
「この前から随分と寒いですから」
 と、こちらは芯まで熱くなった豆腐にそっと息を吹きかけながら、茜。
「もう冬だな」
「そうですね」
「熱燗で一杯行きたいところだ」
「それは駄目です」
「別に良いだろ。確か前に、お前――」
 鍋をふたりで囲んで、いろいろな話に花が咲く。
「……御馳走様」
「御粗末様でした」
「さてと、何かお礼しないとな」
「浩平が喜んでくれるだけで充分です」
「そういう訳にもいかん。あー、確かアレがあったはず……ちょっと待っててくれ」
「?」
 小首を傾げる茜を置いて、浩平は台所に向かうと、小さな鍋を取り出して、何かを作り始めた。
 やがて……。
「ほい、食後のデザート」
「……嬉しいです」
 食卓に上ったふたつの椀の中身は、お汁粉だった。
「小豆缶の中身を、水で延ばして砂糖を加えて温めただけだけどな」
「シンプルイズベスト。それで十分です」
 そう言って茜はお汁粉の椀を少し傾け――、
「でも、もうちょっと甘さが欲しいです」
「……勘弁してください」
 実はたまたまあったザラメを大匙十杯は入れているのである。故に浩平にとっては既に甘すぎる状態なのだ。
「でも……」
 椀を両手で持って、茜は言った。
「美味しいです」
「そか」
 久々に見る茜の笑顔に、浩平は満足してお汁粉をすすり――、やっぱ甘ぇと呟く。そんな彼に茜は思わず軽く吹き出し、やはり此処に来て良かったと思ったのであった。



Fin.







あとがき



 ちょっと間が空いたONESSでした。
 前が確か夏の終わりで――今はもう冬の始まりです。本当に間が空いてしまいました。
 さて、冬の食べ物と来たら、それはもう鍋とお汁粉は外せませんw。
 今回欲張ってふたつとも出してみたのですが……これを書いている現在、お腹が空いて来ましたw。やっぱり冬には、熱いものが良く合います。

 さて次回は――ちょっと未定で;

Back

Top