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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
ちょっと序盤に重たいことかいてあるかもしれません。

それでも読む方は方はここをクリックするか、
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「おーい霊夢」
「何よ魔理沙」
「なんか面白いことになりかけてるぞ」
「……本当ね」












































  

  


 博麗霊夢が身罷ったのは、とある穏やかな春の日であった。
 死因は老衰で、彼女の正確な年齢など誰も知らなかったが、文句無しの大往生であったことは確かである。
 最期を看取ったのは、彼女に呼ばれて博麗神社に来ていたアリス・マーガトロイドで、奇しくもその少し前に霧雨魔理沙の最期をも看取っていた彼女は霊夢最期の言葉、『ありがとう』聞くことにもなってしまったのであった。
 この日、幻想郷は喪に服した。
 アリスと同じ場にいた鬼、スキマ妖怪、紅き吸血鬼の姉妹など、当初は何も言わず淡々と彼女の死を受け止めたようであったが、その後三日三晩、巨大な何かの咆哮が辺りを木霊し、有りと有らゆる結界が大いに乱れ、最後に紅い館から霧と深紅の稲妻がのべつ幕無しに飛び交ったが、それでもその穏やかな春の日だけは何事も起こらなかったのだ。
 幻想郷は、概ね沈黙をもって彼女の死を悼んだのである。



 ……但し、その場ですぐさま激昂した者がひとりだけ居た。
 涙ひとつ流さず、代わりに怒りで目を吊り上げ、
 ――御祖母様は、お前達に寿命を削られた。
 それが、霊夢の孫であり、跡を継いで博麗の巫女となった、彼女の叫びであった。
 即座に反論しようとしたアリスを止めたのは、スキマ妖怪である。
 よせばいいのに、彼女はにんまりと笑うと、
「ええそうよ。ばれちゃったみたいね」
 嘘である。
 嘘であるが、その場に居た妖怪は全員、境内から叩き出された。
 嘘であったが、それが彼女の心の支えになるのなら――そう言った配慮に気付いたのは、ずっと後のことである。
 何はともあれ、そんな感じでアリスと博麗神社との縁は少しずつ薄れていったのであった。




『紅白、白黒、ふたつの華』



 それから少し時が過ぎた、昼前の陽光に包まれた晩秋のマーガトロイド邸にて、
「また喧嘩?」
「うん……痛」
 小さな魔女の鼻の頭に出来た擦り傷に、アリスは絆創膏をそっと貼付けた。
 小さな魔女は、アリスの弟子である。
 そして霧雨の姓を名乗れる、魔理沙の孫でもあった。
 アリスは、魔理沙とのとある約束で、彼女に魔法を教えているのである。
「最近多いわね」
 困ったように腕を組んでアリス。小さな魔女は困ったように俯いて、
「……うん」
 と、頷く。
「それで、今度の理由は何?」
「名前に、同じ字が入っているのが気に入らないって」
「下らない理由ねえ」
 口ではそう言っているが、本心はそうでもないアリスである。かつては自分だって、随分と下らない理由で彼女の祖母や、彼女の喧嘩友達の祖母とどんぱちしたものだ。
「ねぇ……アリス」
「先生でしょ」
「先生。その……」
「なに?」
「――ううん、なんでもない」
 そう言って、小さな魔女は大人しく席から立った。
「午後の薬草採集、行ってくる」
「気を付けてね」
「うんっ」
 最近やっと祖母の口癖を真似しなくなった小さな魔女は、アリスが作った祖母とお揃いの帽子を被り、少し大きめな箒――こちらは所謂祖母の形見になる――を持つと、元気良くマーガトロイド邸を飛び出して行った。
 その様子をアリスは窓から眺め、
「……困った子ね」
 と、ため息を吐いた。
 小さな魔女に、ではない。彼女の喧嘩相手である今の巫女のことである。



 秀才。
 今の博麗の巫女に対する、アリスの簡潔な評価である。
 おおよそ先代の巫女と今の巫女では、性格も外観もその黒い髪以外に似ているところは無かった。彼女は真面目で、勤勉で、少し意固地である。いや、意固地だったのは前の巫女と一緒か。
 そんな小さな巫女と小さな魔女とは所謂幼馴染みなのだが、いつからか巫女の方が魔女に喧嘩を売るようになった。
 理由は定かではない。大方どうでもいいことなのだろう。
 魔女は争うことを嫌がったのだが、巫女が一歩も引かず(むしろ踏み込んでくるので)、結局喧嘩になってしまうのである。
 それが最近エスカレートしている。それが、アリスのため息の主な理由であった。
 理由がわからない。
 どういう訳か知らないが、今の巫女は妖怪とも人間とも、意識的に距離を置こうとしている。
 妖怪の方はわかる。あの霊夢が幻想郷を去った日、彼女の思い込みを紫が増長させてしまった件だ。
 まさか、今にもなってそれを信じていることは無いだろう。彼女は博麗の巫女である。古くから伝わる――そして最もくだらない――俗説を信じ続けるほど愚かではない筈だ。
 それに、彼女は気付いているのだろうか。
 まだ未熟な博麗の巫女を害しようとしたものが、人妖問わずにあるものはスキマに呑まれ、またあるものは巨大な腕に掴まれ、天上へ投げ飛ばされていることを。
 いや、気付いている筈だ。
 小さな巫女は、博麗の巫女である。
 それにアリスは目撃したことがあるのだ。時折、事が済んだ現場にて、祓い串を握り締めている小さな巫女の姿を。

 だがしかし、人間とも距離を置く理由が皆目検討もつかないのである。

 何が今の巫女を、ひとりにしているのか。
 ひとり。
 此処でアリスの思考が、何かに引っ掛かった。
 ひとりで居ることに、何か問題がある? いや……
 三国を傾けた妖怪すら式にするスキマ妖怪、八雲紫が居る。妖怪という括りをひとつ上回った存在であり、幻想郷唯一の鬼である伊吹萃香が居る。
 だから、私が動く必要は無い筈。そう思った瞬間――、
 ふと、戸棚の中の霊夢人形と目が合った。
 かつて本人の為に作ったもので、彼女が晩年になって、うちの孫じゃ手入れ出来ないから、と帰ってきた人形である。
「介入すべきかしら?」
 アリスは何気無しに語りかけたが、霊夢を象ったその人形はお気に入りの上海人形や蓬莱人形のように操るための部品を取り付けていない。
 なのに、霊夢に人形が頷いて居るようにアリスには見えた。
「――そう」
 それで、アリスの肚は決まった。



「本来、弟子の喧嘩に師匠は出てこないものなんだけどね」
「じゃあ、出てこないでください」
 博麗の巫女の返事は、ごく素っ気ないものであった。
 若干癖毛気味であった祖母と違い、黒くて真っすぐな長い髪を腰の近くまで伸ばして居るのだが、今は掃除中のためか、うなじの辺りで軽く紐でまとめてある。
 博麗神社の庭。アリスの記憶では、この季節毎日降り注ぐ落ち葉は霊夢が芋を焼かない限り集まることは無かったが、今は一葉も落ちて居ない。
「そういう訳にも行かないの。あのね、うちの子と仲良くなれとは言わないけど、喧嘩しろとも言わないわ。あ、うちの子って言っても私の子供って訳じゃないのよ。教え子ね、教え子」
 思いっきり睨まれた。
「私は御祖母様の言い付けを守って居るだけです」
「曲解してない?」
「してません!」
 まだ幼さが残って居るというのに、博麗の巫女の大喝は、全盛期の霊夢や魔理沙と引けは取らないものであった。
「……御祖母様の遺してくれたものを守るのが私の役目です。それ以外には何もありません」
「そう。ならいいのよ」
 感情をコントロールしようと集中している巫女を見て、アリスはそれだけじゃ駄目だと言う言葉を引っ込めた。自分で答えを見つける重要性を、そして人に言われたからといって理解出来るとは限らないことを、良く知っていたからである。
「でもひとつだけ。強すぎる力のぶつかり合いは、どちらかがちょっとバランスを崩しただけで大事故の要因になりうるの。それだけ覚えていて頂戴」
「言われるまでもないことです」
 そっぽを向いて、巫女はそう言った。
 以降、何も言わず庭掃除を再開したため、アリスはそれを了と取って、博麗神社を後にしたのである。



「で、なんでまたたった一日で喧嘩になるのよ……」
「うーん……」
 夕陽で頬を紅く染めた小さな魔女は、答えなかった。
 何の差だろうかと思う。
 どちらも過激と言えば過激だったが、普段から苛烈だったのは魔理沙の方で、異変が起こらない限り大人しかったのは霊夢の方である。
 が、たった二代世代が渡っただけで、苛烈なのは今の巫女になり、魔女の方は完全に控え目になってしまった。……もっとも、魔女の方は此処数十年幻想郷に異変が起こっていないので、確実なことが言えないが。
「もういいわ。どーんとやっちゃいなさい」
「うーん」
「何よ、遠慮することはないのよ。売られた喧嘩は買うっていうのが言ってみれば幻想郷の常識みたいなものなんだから」
 少なくとも、アリスが今まで見て来た弾幕のぶつけ合いで、逃げなかったものは居なかった。それはアリスとて同じである。
 ……恥ずかしながら、最初から避けたことはあるけれど。
「でも、むずかしくて」
「何が?」
「かげん」
「難しいって、貴方まさか……」
 不思議そうに顔を上げる魔女に、アリスは片手を振って、
「ううん、何でもない」
 ある可能性を払拭しながら、そう言う。
「……でも、このままじゃだめだよね」
「私はそう思うけど」
「じゃあ、話してくる」
「最初は穏便にね」
「うん」
 昨日と全く同じ仕草で、小さな魔女はマーガトロイド邸を後にした。その様子を、昨日と同じ仕草で見送り、アリスは考える。
 今までの行動と、昨日のアリスの忠告から態度を変えなかったことを踏まえて、小さな魔女と小さな巫女の交渉は確実に決裂する。その際、幻想郷の古き良き伝統、弾幕ごっこに発展すれば、それはそれで良いのだ。大いにやり合って決着をはっきり付けた方がよい。
 だがもし、小さな魔女がそれを忌避したら。そしてそれに構わず巫女が手を出し続けたら。
 ……私が出るしかないのかしら。
 出来れば、直接は手を出したくないアリスである。でも――。

 派手な音がした。

 次いで地面が少し揺れ、棚に飾ってある人形達の八割が少しずれた座る位置を、自力で次々に直していく。
「――近いわね」
 残りの二割を自分の手で直しながら、戸棚からリボンで留めた魔導書を一冊取り出して、アリスは早口で呟いた。この様子では、博麗の巫女の方から、魔法の森に出向いたか。
 そんなことを考えながら外に出た直後、アリスは迫る夕闇を貫く懐かしい光の柱を見た。
「これは……!」
 遅れて、下腹部に響く重低音と衝撃が辺りを包む。
 マスタースパーク。かつて、魔理沙の十八番であったスペル。
 魔理沙の十八番ではあるが、それは彼女を彼女足らしめる道具、ミニ八卦炉が無ければ発動しない。そしてそれは、まだ小さな魔女の手に渡ってはいない。時が来たら、一人前になったら渡して欲しいと、魔理沙に頼まれたからである。
 それを、あの小さな魔女は見事にやってのけていた。
 魔理沙だって八卦炉が無くとも本人曰く気合で撃ったものだが、それとは訳が違う。まだ、あの小さな魔女は八卦炉の存在そのものを知らないのだ。それを使って一度でも撃ったのならともかく、アリスからの伝聞だけで撃ち放ったのである。
 背中がぞくぞくする。
 小さな魔女は、力の加減が難しいと言った。
 それはすなわち、自らの魔力が制御しきれないほど強大であることを示す。
 そしてそれを、マスタースパークという形で表現することができた。
 アリス達、生粋の魔法使いとほぼ同等の魔力とそれを使いこなせるセンス。その両方をあの小さな魔女は持っている。そして、それをさらに磨くことがアリスには出来るのだ。魔法使いとしてこれ程面白いものは無い。
「魔理沙……貴方の孫、貴方が目指した天才かもしれないわよ」



■ ■ ■



 巻き添えを防ぐため、箒を先に帰らせた小さな魔女が弾幕を避けていく。
「やめなよ、お婆ちゃん達だって――こんなこと望んでないっ」
 その言葉が、同じく小さな巫女の逆鱗に触れた。
「私は御祖母様じゃないっ!」



■ ■ ■



 虹色の玉が次々と放出されていく。
「陰陽玉!」
 そうだった。小さな巫女の方は既にミニ八卦炉と並ぶアミュレットを先代から受け継いでいるのである。
「フェアじゃ無いじゃない! まったくもう……」
 アリスは現場へと向かう。



■ ■ ■



 鬱蒼と繁る魔法の森の、ほんの一角が即席の広場になっていた。
 魔法の森の小さな魔女が、自らのスペルで焼き払った後である。
 なるほど、博麗の巫女伝統の追尾する弾幕をかわすには、視界は広い方が良い。だが、そちらがスペルカードを行使した以上、こちらも全力で相対することになる。
 それで正しい。正しいはずなのに。
 博麗神社の小さな巫女は、いつものようにお祓い串をへし折りそうになるのを自制した。
 明らかにやり過ぎている。
 小さな魔女が作った空間の地面は、綺麗に焼き焦げていた。これは、小さな巫女の手によるものである。そしてその中心には、小さな魔女その人が服の裾や帽子の端などを焦がしたまま寝っ転がっていた。
 その側に小さな巫女はひとり立ち竦んでいるだけであった。
 何もする必要はない。自分は弾幕のぶつけ合いに勝っただけである。あの巨大な光の束以外、一発たりとも撃ってこなかったとはいえ、自分は勝ったのだ。勝ったのだが……。
 小さな巫女は、倒れ臥して居る――いや、自分が倒した相手を気遣うように振り向いたが、やがて何かを振り切るように完全に背を向け、そして目の前に居たアリスと真正面から顔を合わせることになった。
「な――」
「何をやっているのよ、貴方」



■ ■ ■



 アリスは巫女を見てはいない。ただ、倒れている魔女を見つめている。
「何をやっているのよ、貴方」
 頭に、血が上っているのをアリスは自覚していた。
「まさかこんなに痛めつけておいて、弾幕ごっこだなんていうんじゃないでしょうね」
 その言葉で、小さな巫女が返答に詰まったことにアリスは歓喜を憶える。同時に、それは自らの闘争本能に火が点いているからだと、頭の片隅の冷静な部分が指摘していた。
 アリスは一歩進んだ。同時に小さな巫女が一歩下がる。
「近づかないで! よ、妖怪のひとりやふたり――」
「妖怪、ね。なんでもかんでもひと括りにしているみたいだけど、貴方、私が誰だかわかっているの?」
 アリスは、もう一歩前に進んだ。
 普段見せる人間くさい魔法使いではない。もっと他の何か、強大なもの気配を背負って、アリスはゆっくりと歩み寄る。
「うっ……」
 さら下がろうとする巫女の背後に、四本のナイフが突き立った。
 いや、正確にはミニチュアの長剣であった。
「い、いつの間に」
「最初からよ。上空に待機させていたの、気付かなかったようね。上を見てご覧なさい」
 弾かれたように巫女は夜空になりかけている空を見上げた。夕闇の中、何かが飛び交っている。その証拠に、微かに光る硝子玉のような目がふたつ、よっつ、むっつ――十六、十八、二十!
「次は下よ」
 慌てて巫女が目を戻すと、辺り一面が花畑となっていた。
 ――そんな。こんな花は咲いていなかったのに!
 そんな疑問が浮かんだ次の瞬間、花弁が巫女の方を向き、『睨んだ』。
 ――人形!
 そう、人形である。茎や根を変形させ、次々とひょろ長い人形達が生まれてくる。
「オリジナルなんだけどね。どうかしら、擬態する人形」
 小さな魔女の元に辿り着いたアリスがそう言う。
「一応此処、私の家に近いでしょ。だからこういう仕掛けも揃えてあるの」
 上空と地上、共通するのは光る硝子玉のような小さな目。それらが全て、小さな巫女を観ていた。
「さて、もう一度訊くわ」
 巫女の真正面、魔道書を紐解いてアリスは言う。
「貴方、私が誰だかわかっているの?」
 悲鳴を押し殺して、巫女は両手に持った符を放った。
 一方、久々にどんぱちしようとアリスは思っていた。



 閃光と爆音が辺りを満たした後には、ひとりへたり込む巫女の姿があった。
 そして彼女の周囲を1メートルも離れないうちから、地面が広範囲に渡って、穿ち、砕かれ、焼き払われていた。
 言うまでもなく、アリスの新符である。
「『ドールズランナバウト』なんてどうかしら。かつて西洋の島国で最強を謳われた円卓の騎士達にあやかって居るんだけど」
 破壊の対象外は後ふたつあって、ひとつは倒れたままの小さな魔女が居るところ。そしてもうひとつが、巫女から十歩も離れていたいところに立つアリスの居る場所であった。
「ただ、弾幕の軌道が永遠亭の薬師とそっくりなのよね。あっちは外側に放射するみたいだけど」
 アリスの方は内側である。故に相手がスペルカードを行使するか人形達の円が完成する前に退避しない限り、逃げ道はない。
「て、手加減したって言うんですか!?」
「当たり前じゃない」
 アリスはにべも無く言う。
「全力を出してご覧なさい、博麗の巫女が貴方の代で途絶えちゃうじゃないの。そうしたらマヨイガや伊吹山の鬼、そして幻想郷が敵になるのよ。冗談じゃない」
「な、なんで妖怪や鬼が……」
「冗談で言っているのよね? それとも普段護られているのを意識的に無視している?」
 小さな巫女は、答えない。
「まぁそっちはどうでもいいわ。でも、これだけは肝に銘じておきなさい。貴方が傷つけている相手は、数少ない人間なのよ。貴方と同じ、人間なの。妖怪じゃない」
「わかっていますそんなことっ」
 巫女の声には、歯の根が合っていない。それでも奥歯を噛み締めて居るのが、アリスには良くわかった。
「わかっていない。決してわかっていない。私達と同じように彼女を扱う貴方が、わかっているとは思えない」
 巫女に背を向けて、アリスは言う。
「だから、次は容赦なんてしないわ。覚悟することね」
 帰って来たのは、堰を切ったような泣き声であった。
「え……?」
 ひたすら声を上げて泣く巫女に、アリスは逆に飲まれて身動き出来なかった。
「な、なに、何で急に……どうしたの? 人形達の攻撃、当たっていたの?」
 大きく首を振って、大声で泣き続ける巫女。
「じゃあ一体、なんなのよ」
 巫女は答えない、ただわんわんと泣き続けるだけである。
「寂しかったんだよ。アリ――先生」
 そして、代わりに答えたのは、小さな魔女であった。起き上がり、身体に付いた埃を落として居る
「え?」
「寂しかったんだよ。霊――は」
 巫女の名を呼んで、小さな魔女は言う。
「アリス――先生だって知っているはず。私とお婆ちゃんが違うように、先代の巫女とはちがうってことに」
「そう……だけど」
 アリスが曖昧に言い淀んでしまうのには訳がある。心の何処かで小さな巫女と霊夢を混同視していた自分に気が付いたからだ。
「ごめんね。いっしょに居たいんだよね」
 なおも泣きながら、巫女は大きく縦に首を振った。
「いっしょに勉強、しよ」
 魔女がそっと両腕を差し出すと、
「ま――まっ、魔理――」
 最後の方は聞き取りづらかったが、確かに小さき魔女の名を呼んで、巫女はその胸にかじりつくようにしてなおも泣いたのだった。
 その時点で、アリスやっと気が付いた。
 博麗の巫女を護るもの達は、決して彼女に介入はしないのである。
 紫や萃香は、見守ることはあっても一緒には暮らさない。否、暮らせない。そんなことをすれば、小さな巫女は人間の本分をあっさりと無くしてしまうのだから。
 だから彼女は、いつもひとりぼっち。
 そこにもし、たくさんの人、たくさんの妖怪と暮らす幼馴染みが居たら?
 私じゃなくても、それは羨ましいに違いない。
 そんな心を押さえ付けていたら……それはとても苦しいものに違いない。
 ――霊夢は、平気だったのかしら?
 思わず浮かんだ疑問である。だが、その答えはもうわからない。
 博麗の小さな巫女は今もなお魔法の森の小さな魔女の胸で泣き続けている。
 ただしその泣き声には、随分と安らぎを得られたような雰囲気を掻き抱いていた。



■ ■ ■



「それで、巫女の教育資料を探しに来たって言う訳?」
 心底呆れたといった風体で、紅魔館は地下のヴワル魔法図書館が主、パチュリー・ノーレッジはそう言った。
「最初は香霖堂さんを頼ったのよ。だけど、『そんな本あるかー』って」
 土産の焼き菓子――小さな魔女と小さな巫女、それに自分自身の三人で一緒に作ったクッキーである――を差し出しつつ、アリスがそう答える。
「氏も取り乱すほど呆れた注文を出すからよ」
 と、包みを受け取りつつパチュリー。
「しかも自分が勉強してから教えるなんて、二度手間もいいところだわ」
「わかっているわよ。でも、あの子に魔法を教える訳にも行かないじゃない」
 パチュリーが使っている読書用の机に肘を乗せて、アリスがそうぼやく。
「でも意外な結末ね。そんなに早く仲良しになるとは思わなかったわ」
 本を一回机に置き、そう言うパチュリー。
「今だって小突き合いぐらいはあるわよ」
 と、アリスが言う。
「春の猫か山の天気みたいね。状況がころころ変わる」
「でもまぁ、概ね上手く行っているわ。それに私達も気を付けなきゃ」
「……何に?」
 包みを開けながら怪訝そうにパチュリーが訊くので、アリスは人差し指を立てると、
「人の思いを感じることよ。なんて言うか私達、長生きし過ぎると人間のメンタリティを忘れそうになっちゃうのよね」
「喜怒哀楽の切り替わりが早すぎるだけよ、人間は」
 読書に戻るパチュリー。時たま手が動いて、早くも開けられた焼き菓子の包みの中身を持っていっている。
「そうじゃないわ。昔は私達もそうだったのよ。ただ、長く生きて来て心にどんどん余裕が出て来ただけ」
「……なるほど。そう言われてみると否定出来ないわ」
 本から顔をだして、パチュリーは続ける。
「レミィも、前の咲夜が居なくなってからはしばらく荒れて居たけど、今じゃ前より泰然自若としてるものね」
「前の咲夜、ね……」
 アリスも大体の事情は知って居たので、それ以上の言及は避けた。
「いいわ。此処から南に四列、東に五列進んだところに神道関係の本が纏めて収めてあるから。右隣には東洋魔術、左隣りには極東占星術と野尻抱影の著書。そこから好きなものを持って行きなさい」
「ありがとう。助かるわ」
「但し、貸し出し条件がひとつ」
「なに?」
 アリスが振り向くと、パチュリーは立てた本から手だけ伸ばして、
「今度紅白と白黒の孫、そのふたりを必ず連れてくること。いいわね?」
「お安い御用よ」
 スキップするような軽やかさで本棚に向かうアリスにパチュリーは、
「まぁ頑張りなさい、『先生』」
 とだけ言って、今度こそ完全に読書へと没頭し始めたのであった。



Fin.




あとがきはこちら













































「……ま、こんなもんか」
「そうね」
「もしかして、こーなると予想してなかったか? お前」
「さぁ、どうだと思う?」




































あとがき



 アリスと霊夢じゃない博麗の巫女と魔理沙じゃない魔法の森の魔女でした。(うわ、ネタバレだらけだ)
 大分前にアリスと魔理沙の○○を書いてから、魔理沙のごにょごにょ……は出てきたけど、霊夢のひそひそ……は? という感想を戴いたのでんではちょっくら――で生まれたのが、今回の話です。
 これがまた難産でして、うんうん唸りながら書いた挙げ句、なんだかちょっとカルシウムの足りてなさそうな巫女が登場することになったのですが、如何でしょうか。
 あ、そうでした。ごにょごにょとひそひそはそれぞれ名前をぼかしてありますが(本当か?)、一応ヒントをある程度ばらまいてあります。こうかな? とご想像していただけると嬉しい限り^^。

 さぁて次回は……アリスと妖夢をもう一度、かな?

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