超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「ことみが居りゃ楽勝だが……春原だったら絶望的だな」
「どういう意味だよそれっ!」










































  

  





『岡崎家の試験勉強 〜傾向とその対策〜』



 秋も深まった夕暮れに、俺、岡崎朋也が仕事場から帰ると、部屋が学生で溢れかえっていた。
「あ、おとーさんお帰りなさい」
 何事かと辺りを見回していると、ちゃぶ台の一角を占領していた俺の自慢の娘、汐がノートから顔を上げてそう声をかけてくれる。すると部屋のあちこちで思い思いの態勢で勉強していた生徒達が次々と汐に続いて、
「お邪魔してます」
「お帰りなさい」
「お帰りなさいませ、御義父様」
「ああ、ただいま。――って最後の御義父様はやめてくれ……」
 げんなりしながら、靴を脱ぐ。
 居間は何というか、学生がみっしりとつまっていた。その様相は――そう、春原の部屋を思い出させる。
「なんだ? この集まりは」
「演劇部のみんなで勉強会。中間試験の」
 と、ノートに視線を戻し簡潔に汐。
「部室はどうした」
「試験期間中は使用禁止」
 もう顔は上げず、ノートに何か書きながらそう言われる。
「どうにかしろ。部長だろ?」
「もう生徒会と一戦やらかしたんです」
 忙しそうな汐を見かねたのか、他の生徒が代わりに答えた。
「負けたのか」
「いえ、使用禁止期間を縮められたので引き分けですかね」
「……引き分け、ね」
 思わずため息をつく。あの生徒会を動かしたって? それは、俺と渚のふたり掛かりでも出来なかったことだ。
「あのなぁ、汐」
「……駄目?」
 珍しく不安そうに、汐が俺を見上げた。俺はそこで十秒ほど思考を堂々巡りさせ、
「わかった。好きにしてくれ……」
 折れることにする。いつもの親馬鹿ではない。不安げな目をする汐なんて最近見ていなかったし、そういう時のあいつは実際とても心配している訳で――前言撤回。いつもの親馬鹿だ。
 だが、汐は俺のそんな葛藤に気付いた様子は無く、実に屈託の無い笑顔で、
「ありがと、おとーさん」
「ありがとうございます」
「済みません」
「御厄介になります。御義父様」
「だから御義父様はやめてくれっ」
 そもそも女子だろ、お前。



 こうして、部屋が過積載なまま勉強会は続行された。
 俺は汐達の邪魔にならないよう、部屋の隅で茶を飲んでいるしかない。……新聞を広げるには今の部屋じゃ狭かったし、テレビをつけて勉強の邪魔はさせたくなかったからだ。
 部屋全体は先程まで小声が飛び交っていたが、今は緊張感を孕んだ静寂に包まれている。どうやら、勉強会そのものは至極真面目なものらしい。
「あの、すみません」
 そんな中、ひとりの男子生徒が俺に問いかけた。
「なんだ、俺は勉強見れないぞ……」
 自慢ではないが、汐が高校に上がってから勉強の面倒は一切見ていない。理由はまぁ……現役時、ろくに勉強して無かったからだ。
「いやでも、岡崎部長が――」
 そう言って、汐に視線を向ける男子生徒。俺も向けてみると、当の本人は猛烈な勢いで辞書を捲っている。
「わかった。見せてみろ」
 汐がそう言ったのなら、何か意味が有るのだろう。俺の返事に男子生徒はありがとうございますと頭を下げた後、俺の目の前にノートを広げて見せた。
「此処なんですけど」
「ちょっと待て。これ、回路図じゃないか……」
「ええ、そうですけど」
 正直、驚いた。最近は高校でも進路によって教育内容がかなり分化しているとは聞いていたが、この回路図が完全に理解出来るのであれば、うちの事務所では即戦力になりうる。
「俺、工学系に進もうと思うんです」
「そうか――頑張れよ。あと、この回答じゃ不正解だ。正確には……こうだな」
「あ、ありがとうございます」
「理由はわかるか?」
「はい。答えから大体は。――失礼ですけど、岡崎さんも理数系だったんですか?」
「いや、俺は文系。こういうのは今の仕事に就いた時に習った」
 へぇ――と、あちこちから感嘆の声が上がった。どうも聞き耳を立てられていたようだが、正直ちょっと照れる。
「卒業した後でもどうにかなるもんなんですね」
「そりゃまぁな。でも……」
「でも?」
「最初から、目指しておくことに越したことは無いな」
 らしくないな。そう思いつつ、俺は言いきった。
「じゃあ、道が決まっていない場合は?」
 と、汐が訊く。
「とりあえず、勉強しておけばいいだろ。損だけは、しないはずだ」
「そういうもんですか」
 他の生徒が相槌を打った。
「別に勉強漬けになれって、言っている訳じゃ無いぞ」
 念のため、俺は注釈を付ける。
「後でやりたいことを探したい時、選択肢が多い方が良いだろ。そういう単純な話だ」
 そう。後になってわかる、とても単純な話だ。
 高校を卒業した時、俺には選択肢がほとんど無かった。だからあの時もっと……とは、よく思うことでもある。
 但し、俺は今の道を決して後悔してはいない。矛盾するかもしれないが、それが俺の偽らざる気持ちだった。
「なるほど、ね」
 そんな汐の声と共に、各自で納得したようのが二割、よくわからなさそうなのが八割の返事が上がり、部屋の中は再び緊張感のある静寂に包まれる。汐も口調からしてよくわかっていない方なのだろう。だが、それもまぁ仕方ないことだと思う。
 何時かは自分で気付く。遅かれ早かれ。
「そうだ。夕飯は、どうする?」
「持って来てます!」
 そんな声と共に、次々とコンビニ弁当やおにぎりやパンが掲げられた。
「駄目だ、栄養が偏る。ちょっと待ってろ。野菜中心で総菜作るから」
 内心、昔の自分を思い出して苦笑しつつ立ち上がると、
「あ、わたしも手伝う」
 即座に汐も立ち上がった。
「だーめーだ。お前は試験勉強中だろ」
「そうだけど……」
「たまにはおとーさんに任せろ」
 格好付けてそう言うと、汐は少し口を尖らせたが、
「……うん、よろしく」
 と言って、おとなしく座ってくれた。
「よし」
 俺は頷き、冷蔵庫の中身をチェックする。此処に居る演劇部員はひーふーみーやー……OK、どうにかなるだろう。明日、買い出しが必須になるが。
「ちゃぶ台の上を片付けておいてくれ。大皿で二枚か三枚、一気に出すぞ」



「ごちそう様でした」
「お世話になりました」
「失礼します。お休みなさい」
「ごきげんよう、御義父様」
「だから御義父様はやめい」
 アパートの入り口で口々に礼を言って、部員達が帰って行く。
 あれから俺の作った野菜炒めとかを瞬時に平らげた部員たちは、法令による夜間出歩き禁止時間三十分前まで、みっちり勉強し続けたのだった。
「ちゃんと良い点数とれよーっ!」
 少し遠ざかった背中に向けて俺がそう呼びかけると、彼等は一斉に手を振って応えてくれた。
 あれなら大丈夫だな。そう思う。
「お前のとこの部員、元気良いな。しかも真面目だ」
「ありがとっ」
 胸を張って、嬉しそうに汐が片目を瞑る。
「しかし勉強会か。なんつーかまぁ、良いものだったんだな」
「そう?」
「ああ、そう思うよ。俺もやっておけばよかった……」
 先程の例を持ち出すまでも無く、それはもう詮方の無いこと。それはわかる。だけど、そう思うことそのものが、俺にはなにか大事なことのように思えて仕方なかった。
「じゃあ、後で勉強見てくれる?」
 ……そうか、その手があるか。
「あぁ。良いな、それ」
「本当? 約束だよ、おとーさん」
 そう言って、汐が小指を突き出す。俺は、そこに自分の小指を絡ませながら、空高く昇る綺麗な満月が中天にかかるまで、小さくなって行く演劇部一行の背中を見送り続けたのだった。



Fin.




あとがきはこちら













































「勉強会ですかっ。風子には無理ですっ」
「諦めるの早いな、お前」




































あとがき



 ○十七歳外伝、試験勉強編でした。
 おそらくどの世代にも共通してくる昔語りというか後悔の言葉は『あのときもっと勉強しておけば良かった』だと思います。
 学生だった時、周りの大人たちから散々そう言われて、それなら今やれば良いのに……と思っていた私も、今となっては『あのときもっと勉強しておけば良かった』と思わざるを得ません。
 そういうもんなんですけど、なんというか、まぁw。
 人間はなかなか進歩しづらい生き物なのかも知れませんね。

 さて次回ですが……○と杏か、○と渚の残したあるものについて、で。

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