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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「あたいたち、何時になったら出番貰えるんですかねぇ」
「耐え忍ぶのです。小町。良いですか、忍耐という字は……」














































  

  


 階の下に辿り着き、溜め息を吐く。
 幻想郷は今、春の盛りである。この辺りもそうらしく、目の前にある石造りの階段の両脇には、薄桃色の桜の花が咲き誇って居た。
 階段の先は、霞がかっていて見えない。
 かつての友人曰く、あまりに多くて数えるのを途中でやめたという程の長さを誇る段数であるが、それにしても不自然な濃さの霞である。
 だが、此処では不自然が自然なのかもしれない。幻想郷を基準に出来ないからだ。

 冥界。白玉楼へと至る、大階段。

 もう一度だけ溜め息を吐いて、彼女――アリス・マーガトロイドは持っていた大きなトランクと共に、階段を上り始めた。



『春霞の人形』



 階段を上りきり、白玉楼の門を抜け、玄関に至る。戸を叩いてしばしの間待っていると、
「いらっしゃい。待っていたわ」
 そんな声と同時に玄関が一瞬にして開け放たれ、アリスは小さく息を飲んだ。急に開いた戸に驚いたのではない。声の主の驚いたのである。
 玄関をくぐり一礼すると、奥には声の主であり、此処の主でもある西行寺幽々子が、正座をして待って居た。すらりと伸びた真っ直ぐな背は実に健康的であったが、それを褒めたところで、彼女は世辞以上のものとは受け取らないであろう。何故なら彼女は、何百年も『死に永らえて居る』亡霊である。
「……庭師はどうしたの?」
 挨拶もそこそこに、アリスは疑問を口にした。普段取り次ぎに現れる白玉楼の庭師――実際のところは立派な従者である――、魂魄妖夢の姿が見えない。
「今、私の名代として三途の川へ行っているところよ」
 音も無く立ち上がりながら、微笑みを浮かべて幽々子。
「三途の川?」
「ええ、そうよ」
 どうしてそんなところに、とアリス。すると幽々子は微笑みを崩さずに、
「階段を上って行くところで気付かなかったかしら?」
 と、諭すように訊く。
「荷物が重くて、それどころじゃなかったわ」
「あら、それじゃしょうがないわね」
 そう言って幽々子はころころ笑い、こちらへどうぞ、とアリスを案内する。
 相も変わらず、此処は明るいわね。幽々子の導きに従いながら、アリスはそう思った。窓が極端に少ないため何処に居ても暗く感じる紅魔館、深き深き竹林に囲まれやはり何処に居ても薄暗く感じる永遠亭と違い、白玉楼は日夜の明暗がはっきりとして居る。今だって、濃い霞が漂って居るのに、まるで真夏の入道雲を間近で見ているかのように、周囲が明るい。
 ……死後まで薄暗かったりしていたら、嫌だものね。
 アリスはそうも思う。
「どうしたの?」
 同時に小さく息を付いたのを聞き取ったのか、先導して居る幽々子が訊いた。
「なんでもないわ」
「そう? ならいいのだけれど……ほら、これならわかるでしょう?」
「うわ……」
 その光景を見て、アリスはなんとも言えない声を上げた。普段通る屋内の廊下ではない。一辺二百由旬の広さを誇る白玉楼の庭に面した、外側の廊下である。妖夢の不在理由を説明するために幽々子が気を利かせて案内したのであろうが、その庭には今、無数の幽霊が漂っていた。
「……そうか、もうそんな季節なのね」
「ええ、そうよ」
 思い当たってくれて嬉しいわ。と、幽々子は頷きながら言った。

 おおよそ六十年毎に起こる外の異変。それが発生すると霊が増える。
 おそらく里辺りでは、依代を失った霊により、季節を問わず多種多様の花が咲き誇って居るに違いない。
 アリスはその原因にいくつか心当たりがあったが、余り考えないようにして居た。どちらにしても多くの人命が失われていることに変わりは無いためである。

「最近勉強と授業に夢中だったから、ちっとも気付かなかったわ」
 と、溜め息を付きつつアリス。
「妖夢から聞いたわ。忙しいんですって?」
「うんまぁ、好きでやっているから良いのよ。ところでこれ、全部誘ったの?」
 アリスがそう訊くと、幽々子は大袈裟に袖を振って、
「まさか。引き寄せてもいないし、そもそも私が死に誘わなくても此処に来る霊は多いのよ。特に最近はそうよ。私が誘ったのなんてずっとずうっと昔のことよ、もう」
「そう――」
 アリスの目には、幽霊達は無数の人魂に見える。それはあるものは大きく、あるものは小さく、あるものは真球に近くて、あるものは細長い。こうなってしまうと、生前どんな姿だったのか、アリスの眼でもわからない。
「それでも此処に迷い込んじゃうのか。よく溢れないわね、幽霊で」
「だから妖夢が三途の川へ直談判しに行ったのよ。前よりひどくないけど、それでも三途の川岸から溢れて居ることには変わりは無いわ。前と違って私の名代だから、あちらの人達も邪険にはしないでしょうし、たとえ話が拗れたとしても、今の妖夢ならふたりがかりでも骨が折れるはずよ」
「まぁ、そうでしょうね……」
 その光景を想像して、アリスは些かげんなり気味に頷いた。もしも幽々子の言う通り話が拗れた場合、あの付近に咲き誇る彼岸花達は、大層難儀な目に逢うだろう。
 六十年ほど前の、あの時のように。
「あとね、ここの庭は見た目以上に広いのよ。だから幽霊で溢れる――そういったことにはまだなっていないわ」
 と、幽々子は続ける。
「それにね――」
「それに?」
 アリスが聞き返すと、幽々子は今までとは違う微笑みを浮かべて、
「ふと気が付くとね、居なくなっているのよ」
「居なくなる? 何処へ?」
「何処かしらね」
 幽霊達が漂う広い庭を見渡しながら、何処か遠い目で、幽々子はそう言った。
「多分、此処より先があるのでしょうね。でも、私と妖夢にはわからないわ」
 何せ、妖夢は半分人だし、私は成仏してないもの。と、幽々子は言う。
「三途の川の、その先か……」
 荷物を置き、両手を腰に当ててアリスは呟く。
「実は私も妖夢も、その川にすら行っていないのよね」
 なにせ妖夢は生まれつきだし、私は反則に反則を重ねて此処に居るのだもの。と、いつもの口調に戻って幽々子。
「それにしても……楽しそうね」
 漂う幽霊達を見つめながら、アリスはそう呟いた。別にアリスの眼でなくとも彼ら――彼女らかもしれないが――は、鬱々としているようにはとても見えない。ただ漂って居るだけでも、雰囲気でわかるのだ。中には態度で示したいのか、跳ねているように飛んでいるものも居る。
「それはそうよ。此処に迷い込んでくる時点で賑やか要員決定だもの」
 と、幽々子。
「その眼で庭の子達はどういう風に見えて居るのかしら?」
「おおよそ陽気になってる。解放感に浸って居るようにも見えるわ」
「そう、その通りなのよ」
 少し困ったように幽々子は両手の袖を手の平毎打ち合わせた。
「まるで、生前の抑圧から解放されたみたいなの。本当にもう、外はどうなってしまったのかしら」
「それは――わからないわね」
 アリスにとって、幻想郷の外は文字通り何もわからない。
 でも。
「あのふたりも――陽気だったのかしら」
 アリスは、呟かずには居られなかった。
「どうかしらね……」
 聞き返しもせず、誤魔化す素振りも無く、幽々子が答えた。
 自然、ふたりとも真顔になって居る。



■ ■ ■



 博麗霊夢と霧雨魔理沙らが、幽霊の大量発生に対し原因調査に乗り出したのが、おおよそ六十年前のことである。
 今こうして、その大量発生が再び発生して居る訳だが、当の本人達は、既にこの世に居ない。



■ ■ ■



「ねぇ、ひとつ訊いていい?」
 少しの時を置いて、アリスはそう訊いた。
「何かしら?」
 小首を傾げる幽々子に、アリスはずっと前から封印していた質問を口にする。
「此処に、霊夢と魔理沙は来た?」
「来たわよ。何時だったか、私と妖夢で西行妖を……」
「そうじゃなくて」
 少しばかり頬を強張らせて、アリスはもう一度訊く。
「ふたりが亡くなった後、此処に来たかってことよ」
「――来て居ないわ。そういう意味では」
 懐から出した扇子を広げながら、幽々子はそう答えた。
「……そう」
 あのふたりと別れて、もう随分と経つ。前々から聞きたかったことなのだが、ずっと言いそびれていて、そして今あっさりと得られたその返事に、アリスは頷くことしか出来なかった。
「嬉しいのかしら、残念なのかしら?」
 扇子を静かに畳みながら訊く幽々子に、
「両方、よ」
 と、アリスは答える。
「もし居るのなら、逢って話をしたかったし。話をしたらしたで、さっさと行くべき所に行きなさいって叱り飛ばしていたと思う」
「そう……私なら春は桜餅、夏はくずきり、秋は月見団子、冬は粟善哉を一緒に食べて、のんびりするけど」
「羨ましい話だわ」
「あら、ありがとう」
 ころころと笑う幽々子を他所に、アリスは白玉楼の庭の、その最果てを見極めようとした。もちろんそれは完全な徒労であり、詮方無いことに違いは無いのであるが、それでもアリスはあのふたりの霊が、何処かで遊んでは居ないかと探してしまうのである。
「安心して良いわ。妖夢が見逃さないもの」
 そんなアリスの心を知ってか知らずか、幽々子はそんなことを言う。
「……そうね。この前当の本人にそう言われたわ。そう言えばあの子、随分と強くなったわね」
 そうアリスが話を振ると、幽々子は再び扇子を広げて口元を隠し、
「ええそうよ。まるで日に晒した砂のように何でも覚えるのよ。だから折角舞を教えてあげようとしたのに、笛の方が良いんですって。困った話だわ」
「で、誰が教えたの? 笛」
「私しか居ないでしょう? 笛」
 当たり前じゃない、と幽々子は言う。
「……何でも出来るのね」
「あら、ありがとう。でも舞ほど巧くはないのよ」
 生きるのに時間を割かなくて良いから暇が多いのだけれど、ちっとも上達しないわ。と、幽々子。
「ただ、もう剣では私でも無理ね。そこ辺りはとても羨ましいわ」
 そう、妖夢は人間の部分があるため成長する余地を持っているのである。幽々子のは恐らく――生前出来たから、に過ぎない。
「ところで……」
 持っていた扇子を音も無く閉じ、幽々子が訊く。
「そろそろ、持って来てくれたものを見たいわ」
「そうだったわね」
 危うく忘れかけて居た大きなトランクを、アリスは再び手に持った。
「もうちょっとよ。そうすればお茶と桜餅が待って居るわ」
「そりゃ、嬉しい話だわ……」



 トランクの中に幾重にも折り込まれた薄紙を、丁寧に、丁寧に剥がしていく。
 白玉楼の庭に面した客間。此処でも無論、桜の花と幽霊達はよく見えた。
 傍らには幽々子が座って居て、珍しく期待に満ちた目でアリスの手元を見ている。
「妖夢から依頼の書簡を貰った時はびっくりしたわよ」
 と、此処に合わせて淡い桃色にした薄紙を剥がし続けながら、アリス。
「急な話で御免なさいね」
 そう謝りながら、幽々子の視線は微塵も動かない。
 そんな彼女に驚きつつ微笑ましく思いつつ、アリスは最後の薄紙を剥がし終えた。
「ほら、これよ」
 幽々子からよく見えるように少し脇に退く。
「……まぁ」
 それは、等身大の人形だった。
 アリスがよく覚えている――霊夢や魔理沙が健在だった時の――妖夢の姿を象っている、精巧な人形である。
「大変だったのよ。記憶だけじゃ曖昧だったから、『文々。新聞』に頼ったり、人間の里に残っていた画像の記録を追ったり」
「……でも、それだけの成果があったようね。そっくりよ」
 そう言って、幽々子は妖夢の人形に手を伸ばし、その絹糸のようなきめ細かい髪をそっと撫でる。
「注文を受ける前にも忠告したけど、本当に大変よ? 温度、湿度は言うに及ばず、関節の調整とか髪の毛の手入れとか」
「いいのよ。私はあの時の妖夢を見たかったのだから」
「写真とか、絵とか、他に良い方法があったのかもしれないのに。手間隙かかるわよ」
「だから、いいのよ」
 嬉しげに人形を抱き上げて幽々子。
「あらあら、こんなに小さかったのね」
「……本人に聞かれないようにね」
「もうそんなことを気にする妖夢じゃないわ」
 そこが少し、物足りないのだけれど。と幽々子。
「なんて愛おしいのかしら。子供が出来たら、きっとこんな気持ちになるのね」
「人形遣いの素質も、十分にありそうね」
「ありがとう」
 妖夢の人形を膝の上に座らせ、幽々子は満面の笑みを浮かべる。アリスも思わずつられて笑い――、
「そういえばこの子、魂の依代になり易いようにはしたけど……一体どうするの?」
 と訊いた。すると幽々子は泰然と、
「妖夢のね、半身を入れようと思うの」
 突拍子も無いことを言う。
「それはまた……独特な趣向ね」
「おかしなことだって、よくわかっているわ。でも私はあの時の妖夢とね、今の妖夢が並んでいるのが見たいのよ」
 そう言って幽々子は年相応の少女のように笑った。
「きっと素敵なことになるわ。そんな気がしない?」
「そうね……」
 アリスは言葉を切って、硝子細工の人形の目から視線を逸らし、庭の方に向ける。
 相も変わらず、桜の花は咲き誇り、幽霊達は陽気に漂っていた。
「なんていうか、この先が面白いことになりそうだわ」



Fin.




あとがきはこちら













































「只今戻りました。幽々子様」
「あらお帰りなさい。話は拗れた?」
「拗れるわけないじゃないですか。もう私だって剣以外の交渉というものを……ってなんなんですかそれ――っ!」
「あぁ、やっぱり妖夢はこうでなきゃ(はぁと)」




































あとがき



 アリスと幽々子でした。東方のキャラクターで私のお気に入りは彼女達で、その順位もその時の気分やその場の勢い(笑)でころころと入れ変わるのですが、このふたり、全くと言っていいほど接点が有りませんw。
 そんなわけでふたりの話を書こうとした時大いに悩んだものでしたが、気が付いたらなんだかいつもと違うノリながらもこうして仕上がったのでした。
 そういえばアリスは頼めば人形を作ってくれるそうですが、一体どんな人形なのか気になります。文は断ってしまいましたが私なら……どんな人形でも一も二にも無く貰ってしまうでしょうw。
 一方の幽々子様ですが、こちらは個人的イメージであるパーフェクトお嬢様な勢いでそのまま突っ走ってしまいました。ただし凝り過ぎる、とw。

 さて次回は――アリスと妖夢か、アリスと……おおっとw。

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