超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「言われた通り弁当を作ったが、どこに行くんだ?」
「ちょっとそこまで」
「まぁいいが、知らない人には付いて行くなよ。車の多い所を通っちゃ駄目だぞ。暗い道とか、人が居ない道も駄目だ。後それと――」
「いってきます」
「――ああ、いってらっしゃい」
『八月の終わりに』
この国の人口が減り始めて、かなりの時間が経った。過疎地区ではいよいよ住民の確保が困難になり、都心でも住宅用の地価が随分下がったという。
それでも、何故かこの街では人が減らなかった。人口は緩やかに上昇を続け、少しずつながらも発展していったのである。
この霊園も、その発展の一環であった。
丘の斜面を丸々ひとつ利用されて作られたそれは、合同納骨堂と受付を起点に扇状に広がっており、その中腹には、一本の桜の木が植わっている。今は、八月終わりのまだ強い陽光を受けて、青々とした葉を大きく広げていた。
昼下がりの日曜日である。
お盆が過ぎたせいか、広大な斜面には二、三の家族がお参りに来ているといった風体であったが、それとは別に目を引く光景があった。
ひとりの少女が、桜の木の幹に、身を預けて立っているのである。
近所の高校の制服を着ている彼女は、もしお盆の季節であったら大いに目立っていたのであろうが、先程言ったように今は閑散としており、霊園の職員も含めて、誰も彼女の存在に気付いていない。そのことが好ましいのか、彼女は安堵のため息をひとつだけ付いた。
何もかも、変わらずにはいられない。
遠い昔の彼女による言葉である。この霊園はその証明であり、そして彼女自身はその反証であった。反証たる理由は、彼女自身よくわかっていることである。わからないことと言えば、彼女の姿があの言葉を口にした当時の姿であると言う事で、そこがなんとなく皮肉に感じられてしまい、彼女はその遠い昔の言葉を思い出したことに少しだけ後悔して、何とも言えない表情を浮かべた。そんな彼女の前髪を、八月下旬の風が静かに揺らす。
そのまま穏やかな時間を過ごしていた霊園に変化が訪れたのは、その時である。
小さな小さな人影が、斜面を昇って来た。
俯きがちだった彼女の目がその人影を認め、何故か慌てて木の陰に隠れる。その間にも、小さな人影は斜面を上り続け、彼女の隠れる木から少しだけ離れた、ひとつの墓標の前で立ち止まった。まだ幼い、小さな女の子である。急いで斜面を昇って来たのだろう、到着当初その子は呼吸を整えるのに精一杯といった様子であったが、やがて落ち着くと静かに墓標へ膝を付いた。
「えっと……おそくなって、ごめんなさい」
その子から、たどたどしくはあったが、凜とした声が響く。
「パパ、おしごとでいそがしいから、ひとりできました。パパやあっきーやさなえさんがしんぱいするかもしれないけど、でもどうしてもはなさないといけないから」
そう言って、その子は肩にかけていた鞄から包みを取り出した。そして、包まれている新聞紙を丁寧に剥がして行く。
中から出て来たのは、白い折り紙で纏められた、小さな花束であった。
「パパと、なかなおりできました」
墓前へと丁寧に、その自作の花束を供えながら、その子は言う。
「パパに、ママのことをたくさんおしえてもらいました。ママのことをおはなししてくれたあと、パパは少しだけなきました。でも、そのあとのパパは、まえよりずっとやさしいかおをしていました。いまも、ずっとそうです。だから……」
丘の上から駆け降りるように風が吹いて来た。その子は、向かい風を乗り切る帆船のように身を捩った後、
「……だからママ、しんぱいしないでください」
はっきりと、そう言った。
「パパとふたりでがんばります。ずっとずっとがんばります。だからママ――しんぱいしないで」
膝を付いたまま、頭を垂れてそう言うその子に、返答は無い。返答は無いが、その子はそれで満足したようであった。ゆっくりと立ち上がり、スカートに付いた芝をしっかりと払い落とす。
「きょうはもうかえります。こんどはきっとパパやみんなときます。それと……ママ、ありがとう」
何にとは言わず、その子は軽やかに身を翻した。そして昇って来た時と同じように、急いで丘を下って行く。
当然の話である。その子の家から此処まで、大人の足でもかなりの距離があるのだ。急いで帰らなければ、いくら夏でも陽が落ちてしまう。それでも、その子は此処まで踏破して来た訳であるが……。
ぱたぱたと駆けて行くその子の姿が見えなくなったところで、少女は隠れて居た木の陰からそっと姿を現した。ゆっくりと歩み寄り墓前に供えられた花を眺め、ややあってからそっと拾い上げる。
彼女の表情は俯いて見えない。だが、震える肩が、花束を握り締める手が、嗚咽を必死に堪えているためであることは明白であった。そして、彼女は自らを抑え来る衝動に耐え切ることができた。顔を上げた時の彼女には、何かに対する誇らしげなものが見えたが、それが何かまではよくわからない。
彼女は、持っていた花束をそっと胸に抱く。次の瞬間夏の終わりを告げる強い風が丘の麓から押し寄せ、その一迅の風が通り抜けた後、そこにはもう誰も居なかった。
墓標に丁寧に置かれた花束が、微かな風を受けて涼しげに揺れたのみである。
Fin.
あとがきはこちら
「ただいま」
「おかえり。俺も今帰って来たところだが――なんか、うれしそうだな」
「うんっ」
あとがき
○十七歳外伝お墓参り編、第二回最萌○支援でした。(前にも言ったけど、長いですね……)
今回はふと、いつもとは違った書き方でやって見たくなりまして、普段とは随分と毛色の異なる話になったと思います。それを含め、色々な手段で色々なものを書いて行ければ良いなと思うのですが、先はまだまだ長そうです。
さて、次回は……いつものノリに戻って、回想編か、久々に十七歳編で。