プールの一日貸し切りは、思っているより安い。
 それに気付いた折原浩平のクラスメイト、住井護は、クラス内から有志を募集。クラスメイト8割の出席者とカンパによる資金を確保し、見事とあるレジャー施設のプールを一日貸し切りことに成功したのであった。
 そして当日の昼過ぎ、ひとりの男子生徒が、プールサイドから動かない女生徒を発見したのである。



『里村茜の遠慮』



 夏休みももう終わりだしな、家でゴロゴロしている奴が多かったか。
 そんな感じで、思っていたより参加者が多いことを考えながら、つい先程までプールの底で男子の水着を本体から分離させていた浩平は、ひとりプールサイドを歩いていた。
 広い室内プールである。その一角ではレーンをひとつだけ進入禁止にして競泳が行われており、七瀬留美がぶっちぎり一位のまま快走を続けていて、もう一角では長森瑞佳が、クラスの女子と一緒に重り探しをしている。
 しかし、浩平の視線は彼女たちの方を向いていない。留美とは一戦を交え負けてきたところだし、瑞佳とは悪戯で背中から水着の中に重りを入れようとしたところその場に居た女子全員に袋叩きになってきている。
 だから今、浩平の視線はプールサイドに足を浸しているだけの里村茜に固定されて居た。
「よぉ茜。泳がないのか?」
 片手を上げつつ浩平がそう訊くと、薄い桃色の生地に、胸元に小さな白いリボンをあしらった、ワンピースタイプの水着を身に纏った茜は浩平の顔を見上げて、
「浩平こそ、泳がないんですか?」
 と、質問を質問で返してきた。すると、紅いブリーフというかなり目立つ格好の浩平はニヤリと笑い、
「偶には目の保養をだな」
「そう言う冗談は、嫌です」
「じゃあ本音だ。茜の水着姿が見たいからに、決まっているだろう」
「真顔で言わないでください。……恥ずかしくなります」
 事実、反射的にバスタオルを取りに行こうと思った茜である。
「悪い悪い。あれ、そういや柚木はどうした?」
「今日は部活の試合ですから。流石にすっぽかせないから、ゴメンって言ってました」
「そうか、珍しいな……」
「詩子は、そういうところしっかりしていますから。義理堅いんです」
 と茜。
「あー、なるほどな」
 浩平は大きく頷き……、
「で、何で泳がないんだ?」
 話を元に戻した。
「浩平こそ、何で泳がないんです?」
「俺はもう理由を話したぞ、茜」
 少々意地の悪い顔で浩平がそう言うと、茜はついと目を逸らし、逸らしながらも小声で、
「泳ぐの、苦手なんです」
 と、言った。
「なんでまた?」
「それは……秘密です」
「ってことは泳がないのか、茜」
 浩平が訊く。
「今日はいいです」
「俺は泳ぐぞ。水面ローアングルからプールサイドの水着を眺めるというのは中々に乙なものだからな」
「……怒りますよ?」
「冗談だよ、冗談。でもな、俺は茜と泳ぎたいんだが、うまく克服できないのか?」
「多分無理です」
「やってみなきゃわからんさ。そのためには原因が必要なんだが、それでも秘密か?」
 浩平の言葉に、茜は随分と迷ったようであった。まず水面を見つめ、次に今だ快勝を続けている留美を見つめ、最後に水面に顔を出した瑞佳を見つめ、再び水面を見つめると、
「……からです」
「なぬ?」
 あまりに小声だったので聞き取り損ねた浩平が聞き返す。すると茜は小さく息を吸って、
「昔、髪の毛が足にからまって溺れたからですっ」
 浩平の動きが一瞬止まった。ややあって彼は腕を組んで俯くと、
「……あーあーあー」
 と、大きく頷いた。容易に想像が付いたのである。
「そう言う反応、嫌です」
 再び目を逸らせて茜。
「悪い悪い。俺じゃまず起こり得ない理由だったからさ」
 と、浩平。
「じゃあさ茜、いざとなったら俺にしがみつけ」
「え?」
「だから、溺れそうになったら頼ってくれ。茜ひとりなら絶対大丈夫だからな」
 と、真顔で言う浩平。
「だからさ茜、一緒に泳ごうぜ」
 そう言って浩平はプールサイドを蹴って水の中に入ると、すぐさま振り返ってプールサイドに座ったままの茜へ手を伸ばした。
「……わかりました」
 そんな彼の手をそっと握り、恐る恐る水に入る茜。だが、全身を緊張させたままだったせいか、プールの床に足が滑り、
「――っ!」
「おっと」
 声にならない悲鳴を上げそうになったところで、腰に手を回して抱き寄せた浩平によって、茜は上手く支えられていた。
「ありがとう、ございます」
 俯きがちに礼を言う茜。そしてすぐさま、顔が赤くなる。
「ん? どうした?」
「……身体、密着してます」
「――! わり……」
 慌てて身を引こうとする浩平。だが、今度は茜の手が伸びて浩平の腰に絡まった。
「あ、茜?」
「離れないで、怖いから」
「あ、ああ……」
 こっちも顔が赤くなって来た浩平がそう頷く。
 次いで、ちょっとした下心に囁かれてさらに抱き寄せようと手を伸ばしたところで――
「恥ずかしい体勢禁止――っ!」
 こっそりとことの次第を見ていた留美に怒鳴られたのであった。



Fin.







あとがき



 第二回最萌茜支援ONESSでした。
 やっぱり夏休みと言えば海やプールであり、海やプールと言えばやっぱ水着なんですが、ちょっと書くのが遅れてしまいました;
 ちなみに、茜が泳ぐの苦手という話は、以前ONEのDVDについていた下敷きで、浜辺での水着姿の瑞佳と七瀬のピンナップの奥に、浮袋に捕まって水面に浮かぶ茜の絵があったことが発端だったりします。
 本編では季節柄泳ぐことはありませんでしたが……実際どうなんでしょうね^^。
 さて次回は……校舎を舞台に、何かをw。

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