超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「やっぱ夏と来ればスク水だよねっ」
「いや、その思考回路はおかしいからな」










































  

  


 夏の盛りを迎えたある日、早苗さんに呼び出された。
 渚が働いていた、あのレストランだ。
 ずっと前のことだが、俺は此処で早苗さんから重要な話を打ち明けられたことがあったから、かなり緊張していた。
 だが、そこで聞いたのは――。
「まだ、泳げないんです」
「汐が……ですか?」
 はい、と頷く早苗さん。
「それ、まずいじゃないですか。幼稚園でもプールの授業あるでしょう」
「幼稚園では、泳ぐことより水に慣れることを重視しますから、それは大丈夫なんです」
 と、元教育者らしく早苗さん(今も古河塾をやっているが)。
「でも……」
「小学校は、そうも行きませんね」
 と、早苗さんの後を引き継いで、俺。
 ……なるほど、ある意味、今回も重要な話だった。
「わかりました。近いうちに、汐をプールに連れて行きます」
「お願いします」
「何を言っているんですか、早苗さん」
 え? と疑問符を浮かべる早苗さんに、俺はこう言った。
「みんなでやった方が、楽しいに決まっているじゃないですか」



『岡崎家の水泳教室』



「で、まぁ……」
 近くの市民プール――と言っても、近年の改装でテーマパークみたいな巨大かつ多彩なプールがいくつもある――で、ライトグリーンのシンプルな競泳水着に身を包んだ、杏が呟いた。
「いつも通りのメンバーを招集って訳ね」
「いや、今回は都合付くやつだけ」
 と、前日にディスカウントストアの安売りで手に入れた海パンに着替えた俺が答える。
 さすがに夏休みの真っ只中とあって、都合が付かなかったり、そもそも連絡が取れないやつが続出しており、今日はこの街にいてなおかつ暇なのが居ることを俺は追加で説明した。
「ふーん、なるほどねぇ……」
「いや、ちょっと待て岡崎」
「例えばお前の妹はなんか用事があるって言っていたしな」
「そうなのよー、ふたりで海だって。しかも泊まりがけで!」
「おい岡崎、聞いてる?」
「……ふたりだけ?」
「えーもーそーよっ。やってらんないったらありゃしないわ」
「リッスントゥーユー!」
「そ、それはまた……」
「もしできちゃった婚なんてしちゃったら、あたしが許さないんだから」
「おーかーざーきー」
「生々しいからな、それ……」
「いい年した姉妹がいる家は、大体こんなもんよ」
「おーい、岡崎ー」
「ところで、さっきから春原がうるさいんだが」
「いいかげん相手にしてやんなさいよ」
「だから岡崎――って、気付いていたのかよ!?」
 派手な海パン姿で叫ぶ春原。
「その派手な海パンで思い出しただけだ」
「嫌な思い出し方だなそれ……」
 そうは言うがな、春原。紅白の水玉は趣味が悪いと思うぞ。
「で、なんだ。言いたいことがあったらちゃんと大きな声で全部言ってみろ」
「ああ、言うよ。言わせてもらうよっ!」
 そう言って春原は、昔とあまり変わらない中途半端に筋肉が付いた胸を大きく膨らますと、
「僕、例によって夜行に飛び乗って此処に来たんですけどねぇぇ!」
「終わった話題を蒸し返すな。他にないのか他に」
「え? 他に? えーと……そうだっ! いい年なのに随分とスタイル良いな杏っ!」
 瞬間、側頭部に辞書が炸裂し、春原は横倒しになって――プールに転落した。
「小学生かお前は。準備体操してから入らないと後でえらい目に遭うぞ?」
「もう遭ったよっ!」
 一緒に落ちた辞書を掴んで振りかざす春原。……ん、辞書?
「心配しないで。防水加工済みよ」
 俺の思考が表に出たのか、すかさず杏がそう言う。
「そうか、なら問題ないな」
 辞書を防水加工するところが大いに謎だが。
「問題ありまくりですよねぇ!? ったく、せっかく褒めたつもりだったのに……」
 『いい年』が悪いんだ。いい年、が。そう言おうとして(隣の杏に気付き)、あわてて口を塞いだ時だった。
「お待たせしました」
 そう言って、可愛らしい水着姿の汐とオッサンを伴って、プールサイドに早苗さんが――うおっ、まぶしっ!
「げえっ!」
 同時に春原が妙な悲鳴を上げ、杏の顔が一気に引きつる。
「早苗さん、その水着――」
「今日は、水泳の授業のようなものですから」
 きっぱりと言う早苗さんに、俺達は頷くしかない。
 しかし早苗さん、教師側はスクール水着着なくても良いんじゃ。
「驚いているようだな……忘れるな、早苗はプロフェッショナルなんだぜ?」
 無意味に親指をおっ立てて、真っ赤なブーメランをはいたオッサンがそう言う。
「スク水姿の早苗が水泳を教える。これを越える授業なんて――」
 ごくりと喉を鳴らして、オッサンがそう呟いた。
「ああ、無いね。これぞまさに伝説のはちみつ授業……」
 何故か春原がそう繋げ、お互い頷き合って居る。っていうか何だ、はちみつ授業って。
「なに、男はやっぱああいうのが良い訳?」
 杏が俺にそう耳打ちした。
「ごく一部だろ。オッサンはともかく、春原が水抜きが付いてる旧スクール水着を身近に見たことないはずだし」
「……あんたも、結構詳しいのね」
 うわ、薮蛇だったか。
「さぁ汐、まずは準備体操だ。しっかりと身体をほぐせよー」
「……誤魔化すんじゃないわよ」
 じと目でそう言われたが、それ以上杏は何もしなかった。



「いいかー、手を放すぞ」
 ごぼごぼごぼ。汐はあっさりと沈んだ。

「よし、今度はビート板から手を放すんだ――いまだっ」
 ごぼごぼごぼ。汐はあっさりと沈んだ。

 とにかく、汐は沈んだ。手を持ったり、あるいはビート板を使ったりすれば普通にばた足で泳げるのだが、それらから手を放したとたん、あっさりと沈んでしまう。途中から杏、それに早苗さんも参加してあれこれやってみたのだが、それでも汐は沈んでしまうのだった。
 だがなんというか、泣かないのが偉いと思う。また咳き込んでいないところを見ると水は飲んでいないようで、つまりはパニックになっては居ないのが、意外と言えば意外だった。
「よし汐ちゃん、次は僕の番だからね」
「待て春原。何教えるつもりだ、お前は」
「犬掻き」
「あのなおい……」
「やっぱ駄目?」
「当たり前だろ」
 思わず頭を抱えてしまう。
「かーっ、見ちゃらんねえぜ。いい年こいた大人が雁首揃えて何やってやがる」
 悔しいが、オッサンの言う通りだった。
「此処はひとつ、俺様の出番のようだな」
「ああ、頼む」
「おう、任せろ小僧。――いいか汐、これからお前に教えるのは……水泳の奥義だっ!」
 いきなり最難関だったっ!
「これをマスターすれば、お前はどんなフォームで泳ぐ奴よりも、速くなれる!」
「ほんとう?」
 目を丸くして、汐。
「ああ。本当だ。汐、右足を水面に乗せるとどうなる?」
「しずむ」
 汐は即答した。
「左足はどうだ?」
「しずむ」
「ああ、その通りだ。だがな――」
 にやりと笑うオッサン。って、まさか、この論理は……、
「右足を水面に乗せて、沈む前に左足、さらに左足が沈む前に右足……と続けていけばどうなる?」
「え?……」
 汐の顔に、困惑の色が浮かんだ。
「しず……む?」
 ああ良かった。少々疑問形なのが残念だが、それが常識的な解答だ我が娘よ。
「違うな。答えは浮き続ける、だ」
 ……どうも、オッサンは自分の孫に非常識を植え付けたいらしい。
「おいオッサン――」
「疑っているな、小僧」
 ニヒルな笑みを浮かべて、オッサンは拳を自分の眼前で握り締めた。 そしてプールサイドから少し離れて、「腰を抜かすなよ」と言った後、一気に助走を始める!
「いっけえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 すげえ。
 オッサン、沈みながら歩いている……。
「に、2、3メートルは進んでいたわよ……」
 と、杏。
「パパ……」
「やらなくていい。やらなくていいからな」
 水煙を蹴立てて水中歩行続けるオッサンと俺をを交互に見ながら不安げにそう言う汐に、俺はやんわりとそう答えてやった。しばらくして、
「あまり歩けなかったな。昔は楽勝だったんだがなぁ……」
 耳の中の水を抜きながら戻って来たオッサンがそう言う。
「秋生さん」
 珍しく、語尾に怒気を含めて早苗さんは宣言した。
「水上走行は、『水泳』じゃ、ありませんよ」
「……スミマセン」



■ ■ ■



「で、どうしたもんかな」
 上級者用である深底プールの中で、背泳ぎの要領で浮かび続けながら俺は呟いた。
「別に良いんじゃない? 泳げなくたって」
 プールサイドから春原がそんなことを言う。
「馬鹿ね、あんたはもう人前で泳ぐ必要ないかもしれないけど、汐ちゃんはそういう訳にも行かないでしょ!」
「あ、そうか」
 同じくプールサイドに上がって居た杏の説明を聞いてからポンと手を打つ春原に、俺達は深いため息を付いた。
「何が原因なんだろうねぇ」
「こればっかりはあたしもわかんないわよ……」
 そんな春原達の声を聞きながら、俺はプールサイドでオッサンと早苗さんからフォームを習って居る汐を眺めた。
「どうしたもんかな、渚……」
 思わずそう呟いて、俺が水の中で軽く伸びする。その瞬間――、
 右脚に引きつるような鈍痛が走った。いや、実際に攣ったのだ。

 ――やべっ。

 視界が暗転した。
 急に遠くなった、誰かの声。
 目の前には気泡、そして水の青。
 俺は呼吸を整えようとして、電気のように走った足の痛みに肺の空気を吐く。
 まずい、このままだと溺れるっ。そう思った瞬間――、
 揺らめく水面から、汐が飛び込んで来た。
 手に持っているのは、紐で重りを括りつけたビート板。
 汐は懸命にビート板を俺に伸ばし、
 俺がビート板を手に持ったのを確認して、重りを取り外す。
 途端、浮力が一気に腕にかかり、俺達はそのまま水面へと浮かんでいった。



 水面から出てまず俺のしたことは、咳き込むように空気を貪り込む事だった。
 改めて周りを見ると、皆固まっている。
 春原、杏、オッサンに早苗さん全員が飛び込もうとしていたのが、らしいといえばらしかった。
「誰か潜ってくれ。重りが水底に落ちた」
「任せて」
 奇麗なフォームで、杏が飛び込む。
「汐ちゃん、すげぇ……」
 と、春原。
「皆が騒いでいる時、一番早く重りと浮きを持って飛び込んだんですよ」
 と、早苗さん。
 俺は、隣で普通に立ち泳ぎをして居る汐に目を向けた。って言うか――、
「――お前、普通に泳げてるな」
「あ……
 その時になって、自分がどういう状況なのか思い当たったらしい。
「うんっ」
 と、嬉しそうに汐は頷いた。
 程なくして、水底から杏が戻ってくる。
「プハッ、ど、どこからダンベルなんて見つけて来たのよ、汐ちゃん」
「あ、それ俺の私物だわ」
 と、手を上げてオッサン。なんでも背中に括りつけて泳がせるつもりであったらしい。
「しかしまぁ、とっさに良く見つけたよな……すごいぞ、汐」
 プールサイドに向かってゆっくり泳ぎながら俺がそう言うと。
「ありがと、パパ」
 俺の自慢の娘は、そう言って笑ったのだった。



Fin.




あとがきはこちら













































「なぁ岡崎、普通のスク水と白いスク水、どっち選ぶ?」
「どっちかというと白だな……ってなに言わせやがる!」




































あとがき



 ○十七歳外伝、夏の特別授業編、第二回最萌トーナメント支援SSでした(長っ)。
 この話を書いて居て思い出したんですが、どうも幼少時、同世代のほとんどがスイミングスクールに通っていたと記憶しています。当時流行っていたのか興味深いところですが、真相はいかに。
 さて次回は……ちょっと毛色を変えてもう一回、回想編で行こうと思います。

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