『里村茜の休日』
「――くん、次はあれに乗りましょう」
「ああ。にしてもお前、目茶苦茶嬉しそうだな」
「えへへ……」
こんな感じで、カップルだらけであった。
昼前の遊園地、今風に言うとテーマパーク。
見た感じかなり広い敷地内ではあったが、団体客や親子連れより、カップルの姿を見つける方が早い。
「なんというかまぁ――」
そんな中で、折原浩平はぐるりと首を巡らすと、
「俺達もああいうカップル、演じてみるか?」
と、結婚詐欺師のような笑みを浮かべて、傍らのお下げの少女に向かって言う。
「嫌です」
一刀両断で切り捨てるお下げの少女――里村茜。
「そうか」
「私達が、通じ合っていれば佳い訳ですから」
「……そうだな」
当人達は気付いてもいなかったが、そんな様子も端から見れば立派なカップルであった。
「しかしまぁなんだ、やっぱサボって平日に来ると空いているな」
「サボりじゃありません。試験休みです」
茜が指摘する。
そう、ちょうど憂鬱な期末試験が終わって、ふたりは遊園地に来ていたのであった。お陰で、休日は大入りだという噂の此処が、さほど混雑していなかったりする。
「まぁそれはいいとして、まずはどこに行こうか?」
と、ちょっと早めだがアロハに薄地のスラックスといういで立ちの浩平が訊く。
「浩平に、お任せします」
と、こちらは麦藁帽子を被りTシャツの上に薄手のカーディガン、下は珍しいことにジーンズの茜。此処は全体的に海をテーマにしているらしく、入り口の巨大な噴水を抜けて土産物屋やレストランのある通りを抜けると、目の前に中世風の港が広がっていた。
「ふむ。とすると、ここが一番人気らしいんだが」
ガイドブックについていた地図の一部を指さし、浩平。
「あの火山っぽいやつだな」
それならすぐそばにあった。円状になっている港の向かい側、帆船が停泊している桟橋のすぐ後ろ側が、赤茶けた岩肌の険しい山になっている。浩平の言う通り、火口からは細い煙がたなびいていて、裾野には大きな洞窟がぽっかりと空いているのが茜の居る所からも見ることができた。
「とりあえず行ってみるか」
「行ってみましょう」
「此処だな」
と、ガイドブック片手に浩平。
「ちょっと待ってください」
「ん?」
「とても、速そうです」
「そうか?」
首を傾げる浩平。無論、わざとである。
洞窟内にあった入り口にはアトラクション名である『センター・オブ・ボルケイノ』の看板がワイルドな感じで掲げられ、隣にはコースターとおぼしき乗り物が急上昇しているイラストが描かれている。
どうみても、絶叫系であった。
「私には、そう見えます」
「百見は一聞に如かず。聞いてみりゃ一目瞭然だな」
逆な上に矛盾してますと言おうとする茜を制して、浩平は入り口脇の受付に立っている女性に向かって歩いていった。
「あー、すいません。このアトラクションについてなんですけど」
「はい。こちらは神秘的な地底を探査車に乗って探検しながら、急上昇、急降下をお楽しみいただけるアトラクションとなっております」
茜と一緒か、もしくは一回り年上といった感じの女性――受付嬢は、一点の迷いもなく一気に、そしてにこやかにそう説明してくれる。
「……急上昇?」
一緒についてきた茜が食い下がった。
「たいしたことないだろう」
「……急降下?」
茜がなおも食い下がる。
「自由落下じゃあるまいし、問題無いな」
「問題無いレベルなんですか?」
浩平を無視して、茜が受付嬢に訊く。
「申し訳ありませんお客様。実を申しますとわたし、少々こういったアトラクションは苦手でして……どれくらい怖いかはわからないんです。本当に申し訳ありませんっ」
「――やはりやめましょう」
普段とあまり変わらないように見えるが、実際には明らかに醒めた貌で茜が断言した。
「ですが、此処はちょうどレーンの真下ですので、コースターに乗っている他のお客様の声を直に聞くことが出来ます」
三人揃って、上を見上げる。レーンと言ってもそれを飾る重厚な作りの岩壁が邪魔をして、下からは何がどうなっているのかよくわからない。
「なら聞いてみるか」
「それなら、いいです」
茜がそう言っているうちに、重低音が響いてきた。
「に、にはーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
「いやっほおおおおおおおおおおおおぉぉぉう!」
「歓声だな」
と、浩平。
「歓声のようですね」
と、案内嬢。
「違うと思います」
と、茜。
そう言っているうちに、再び重低音が響く。
「ぽ、ぽんぽこたぬきさん――――――――っ!」
「あははーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「悲鳴ではないな」
と、浩平。
「わたしが思いますに、なにか、喜びの意味を表すのではないかと」
と、案内嬢。
「それも違うと思います」
と、茜。
さらに、重低音が響いた。
「ち、ちくわで吸えええええええええええぇっ?」
「なぜか疑問形だな」
と、浩平。
「当アトラクション始まって以来の、全く新しいパターンです」
と、真顔になって案内嬢が言う。
「どうでもいいです」
と、茜。
「俺は、わくわくしてきたぞ」
「浩平が行くのを、止めるつもりはありません」
「うし、行ってくる」
そう言って、浩平は入り口のゲートを潜った。
「はい」
受付嬢に会釈をした後、茜もそれに続く。
「え? 一緒に行くのか?」
と、浩平が不思議そうに訊くと、茜は間髪入れずに、
「もう、待つのは嫌だから」
と言って、しっかりと浩平の手を握ってきた。
『ようこそ、若き科学者の諸君』
コースターのスピーカーから流れるそんなナレーターの声と共に、アトラクションは始まった。
続くナレーターの自己紹介によると、彼は火山の地底を調査する基地の司令官らしい。どうやら、アトラクションに乗る客――つまり、浩平や茜――は、その基地で実地演習に参加する研修生という設定のようである。また、この火山は現在休火山であり、長年の調査により危険は無いとのことだった。
そんな説明を受けながら、単車両式のコースターはレールの上をゆっくりと進んで行く。
「なんだ、本当にゆるいな」
少し期待外れといった感じで、浩平。
「これくらいが、ちょうど良いです」
と、先程まで懸命になって荷物と麦藁帽子を落下防止用の荷物入れに詰めていた茜。心なしか、口調が柔らかくなっている。
「ほら浩平、水晶の柱です」
「何故火山に?」
「浩平、突然変異の茸です」
「何故火山に?」
「……浩平、そう言うのは黙って楽しむものです」
「……うむ」
反論出来ない浩平である。
「お、なんか見えてきた」
レーンのはるか下、熱気と共に明るく輝くマグマが、ゆっくりと流動しているのが見えた。
「あれがマグマ溜まりとやらか。結構リアルだなぁ」
浩平がそう言ったときである。カート一回だけがたりと揺れた後、
『緊急警報! 火山性地震発生! 火山性地震発生!』
急遽コースター内に、警報――今までのナレーターとは別の声の――が鳴り響く。
「おお!?」
「――!!」
同時に、コースターがレール毎縦に揺れ始め、浩平と茜は反射的に手前にあった安全バーを握り締めた。
『諸君、緊急事態だ。探査車を回避モードに移行させる。しっかり掴まっていたまえ!』
元に戻ったナレーションの直後から、コースターの動きが急に早くなった。同時に今までは緩やかだったレーンのカーブが急になり、おまけにあちこちから火や煙や水蒸気、おまけに火花が吹き出してくる。
「なんだ、急にスリリングに……」
茜は、答えない。浩平が盗み見ると、彼女は冷静に前方を凝視していた。
何度か横Gを受けて、コースターが曲がりくねりながらも上り坂に差しかかった時である。
先程の以上に、派手な警報が鳴り響いた。
後ろから息苦しい熱風が吹き付け、奥の方で、随分と大きな重低音が響いて来る。
「まさか……」
『司令、噴火が始まりました! このままでは火砕流が十八秒後に探査車と接触!』
『緊急離脱!』
『了解、爆薬式ブースター点火! 緊急離脱させますッ』
『そういう訳だ諸君! 幸運を祈るっ!』
そんなナレーションが流れたかと思うと同時に、どういう訳だと叫びかけた浩平達の乗ったカートはものすごい勢いで弾き飛ばされた。
カートは打ち上げられたロケット花火のように急速上昇し、唐突に、屋外に出た。
火山の天辺である。
レールはそこから裾野まで直滑降のまま真っすぐ伸びており、コースターはそれに対して忠実に従い、がくりと頭を下げ自由落下に入った。
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
浩平の大声にかき消されながらも、茜の悲鳴が尾を引いて落ちて行く。
「……すごかったな」
ゆっくりと回遊するコースターの中で、浩平は安堵の溜め息を付いた。
「ん?」
同時に、肩から前腕にかけて、何か柔らかいものに触れていることに気付く。
よくよく見れば、茜がしっかりとしがみついていた。
「あー茜、終わったぞ」
「……本当ですか?」
肩に顔を押し付けたまま、茜が訊く。
「本当本当」
そう浩平が言ったのにもかかわらず、茜はさらに浩平へと身を寄せた。
「――こわかったです」
「……いや、俺も最後にどーんと来るとは思って無かった。その、なんだ、無理させて御免な」
「……本当に、そう思っていますか?」
「ああ、思ってる」
「――ガイドブックにあるカフェに、ジャイアントワッフルというものがあるそうです」
「わかった。後でそこに寄ろう」
「約束……ですよ?」
ようやく顔を上げて、茜。
「おう。任せとけ」
浩平は、そんな茜に荷物入れから引っ張り出した麦藁帽子を被せてやった。
お互い、口の端にだけ微笑みが浮かび上がる。
「あのお客様、そろそろ探査車を回送させたいのですが……?」
いつの間にか着いていたプラットホームで、技術者の衣装なのだろうか、近未来風の道具を作業員よろしく腰に並べて着けて、頭に暗視ゴーグルを額に跳ね上げる形で被っている男性のスタッフにそう促された瞬間、茜は予備動作を全く見せずに降りていた。
「……済まない」
続いて降りたところで小さな声で謝る男性スタッフに、ジェスチャーで気にするなと伝え、浩平は後を追う。
■ ■ ■
「いかがでしたか?」
印象が残っていて居たのだろうか、入り口に隣接する例の案内嬢にふたりはそう声をかけられていた。
「いや……その……」
思わずそう言葉を濁す浩平に対し、
「悪くなかったです」
「へ?」
助け舟を出した茜に、思わず目が点になる。そんな予想外のことを茜が言うとは思わなかったのだ。
「実を言うと、そちらのお客様が苦手なようにお見受け致しましたので、少々心配しておりました。でも、お楽しみいただけたようで大変嬉しく思いますっ」
と、笑顔で案内嬢。
「なぁ茜」
「はい」
困惑気味の浩平に、簡潔に答える茜。
「どこが良かったんだ?」
「最初の遊覧走行が綺麗で楽しかったです。途中からの急な動きもそれほど怖くはありませんでした。――ただ最後のは嫌でしたが、私が浩平にしがみついたとき、浩平もちゃんと肩を抱いてくれましたから」
「え?」
またもや当惑する浩平。特にそんなことをした覚えが無かったのだ。
「無意識だったから、余計嬉しいんです」
「そ、そうなのか?」
「お客様、守ってくれる人がいるということは、それはそれは幸せなことなんです」
と、自分のことのように幸せそうな貌で案内嬢。
「当園のホテルにはチャペルも完備しておりますので、もし御入り用でしたら是非とも……」
「いやいや、それは早い早い」
「本当に早いです。……考えておきますけど」
「いぃっ!?」
「浩平は、考えておかないんですか?」
「え? いや、それはだな、なんというか……考えて、おく」
先程からゆさぶられっぱなしだった浩平は、真っ赤になって後頭部を掻く。
「わたしが思いますに、おふたりのゴールは意外と早いような気がします」
嬉しそうに言う受付嬢。そしてそのまま手を伸ばすと、
「あちらに見えますパビリオンの屋上では、プラネタリウムが開催されております。只今、開園五周年の特別上演を行われていますので、是非お立ち寄りください」
なるほど、受付嬢の指す先を見ると古風な石造りの城塞の上に、こちらも古風なタイル張りのドームが見える。
「行ってみるか」
「はい」
頷きあうふたりに、受付嬢は丁重に会釈をすると、
「満天の星々が、おふたりをお待ちしておりますっ」
そう言って嬉しそう笑い、手を振った。
Fin.
あとがき
ちょっと間をおいたONESSでした。
今回も例によって第二回最萌の茜支援に書いたものです。今回は甘目な話を読みたいというリクエストいただきましたので、そこをメインに持って行きつつ、私の好きなテーマパークでの茜と浩平を書いてみました。劇中のアトラクション名は変えていますし、若干内容も異なりますが、わかる人には一発でわかってしまうかも知れません^^。あと、ゲストもたくさん出演していますが、こっちはどなたでも一発だろうと思いますw。
ちなみに、一番好きなアトラクションというかショーの方を書いてみようかとも思ったのですが、観ているだけでは難しいことに気付き、泣く泣く削りました;。結果としては本編の方で良かったと思います。
さて次回は……何にしようかな?
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