日本某所。この言葉は軽々しくは使えない。場所を説明するのに、これほど大雑把なものはないし、人によっては、たちまち馬鹿にされたと怒るであろう。しかし彼女達に限って言えば、この言葉は不思議と通じてしまうのである。なぜならば、あの日、あの時、彼女達は日本の隅々を巡り、旅したのだから。
お嬢様特急(エクスプレス)しー様お誕生日記念SS「星巡り」(2000.07.20)
「あら?」
その日本某所での何度目かの同窓会。そう、彼女達の集まりを自分達では同窓会と呼んでいる。その同窓会場に鹿島静花が現れたとき、そこには誰もいなかった。
「さすがに早すぎましたわね」
腕時計を見ると、集合時間から一時間半ほど早い。人がいないので閑散としているのは仕方ないが、会場の準備は滞りなく済んでいる。
「それにしても……今回のホストは菜々子さんでしたのに、どこで油を売っていらっしゃるのかしら?」
「……聞こえているぞ」
「――聞こえるようにして差し上げましたのよ」
長いつきあいである。それは背中越しにお互いの位置がだいたいつかめるくらいだ。数カ月ぶりの再会であった。
「ところで、菜々子さん、これはなんですの?」
静花が指さす先には笹が二、三本立っていた。
「いや、まだ七月だからさあ、七夕見立ててね」
「――季節はずれですわ」
「七月のイメージとくれば七夕なんだよ」
「そうかしら……」
よく見れば、ご丁寧にも何も書いていない短冊が飾られている。
「それいや、覚えているか?」
「?なにをです」
「高校時代にさ、七夕大会ってのあったろ」
「ああ、ありましたわね」
「あのとき私とお前で派手にやっちまったよな」
「……若気の至りですわ」
「へへっ」
二人がまだ高校生だった頃の話である。菜々子の言うように七夕大会というものがあったのだが、ここで二人は例によってデッドヒートしたのである。内容はどちらが笹一番高いところに短冊をくくりつけられるか。結果は、笹が二人がかりで引っ張りすぎたせいで折れ、両者引き分けの上に担任の雷というおまけ付きであった。
「本当に若気の至りでしたわ……!」
どうも当時のことを鮮明に思い出したらしい。拳を固めて静花が静花に呟く。
「話聞く限りじゃ、今もあんまり変わってないって、つばさちゃんあたりが言っていたぜ」
「まあ」
「ところで、短冊に願い事書いてみるか?」
「子供じゃあるまいし、そんなこと……」
「みんなにも来てもらったら書いてもらうつもりなんだけどなぁ?後で私もなんて言うなよ?」
「そ、そこまでおっしゃるなら……」
「ほらよ、サインペン」
渋々と、というのはあくまで外見で、内心は少しわくわくしながら短冊に書き込んでいく。隣では、同じく菜々子が何か書き込んでいた。
「終わりましたわよ」
「んじゃ飾るか」
書き終わった短冊にひもを通して笹を少し引っ張る。
「中身は御覧なさらないでね」
「どうせろくな内容じゃないだろ?」
「お互い様でしょう?」
「違いないね」
ちょうどいい位置に短冊を飾ることができた。二人してしばらく、それを眺める。
「ああ、そうだ――ほら」
「???」
急に菜々子が静花に渡したものは、小さな紙の箱であった。
「ケーキか何か?」
「そうだよ」
「何故私に?」
「……あのなあ、今日おまえの誕生日だろ。それだけ!」
「――菜々子さんにもらったとなると……タバスコケーキではありませんよねえ」
「たまには素直に受け取れよ!」
「冗談ですわ」
「あぁもぉ、可愛く無いなあ!」
すると静花はぶるっと身震いをして、
「……菜々子さんに可愛いと思われるのでしたら、ガラパゴスゾウガメに求婚されられた方が幸せなような気がするのは気のせいかしら?」
「勝手に言ってろ……」
お互いが背中を向けあったところで、同窓会第一陣が到着した。外から吹き込んだ風で、二人が書いた短冊が軽く揺れる。
『腐れ縁でも静花とはそれが切れませんように――津山菜々子』
『最低でも後百年は奈々子さんと口げんかできますように――鹿島静花』
――Fin
あとがきはこちら
戻る トップへ