『学年末の、馬鹿騒ぎ』(2005.05.23)

『エントリーの締め切りまで、後五分を切りました! 参加希望者は昇降口横のエントリー受付までお急ぎください! 繰り返しまーす! エントリーの――』
 校内放送を外にまで回して、放送部の声が響く。30分前から五分置きに流れるその放送を脳裏に流して、わたし、岡崎汐は最終チェックを済ませていた。電源、表示、激鉄、引金すべて良し。
「なんというか、俺達が現役のころはただの進学校だったのになぁ」
 傍らで、感慨深気におとーさんがそう言う。
 そして、そのまま何も言わなくなってしまったので、わたしはわざと声に出してみた。
「『渚は生まれてくるのが早すぎたのかもしれない』?」 続きを読む →

『岡崎家のバレンタイン』(2005.02.16)

「中に軽くローストしたコーヒー豆が入っているんです」
 綺麗に広げられたラッピングの中身に対し、カフェ「ゆきね」の店長、宮沢有紀寧がそう説明する。
 大豆を一回り大きくしたようなそれは、チョコレートの粒だ。中にはきっと、いま宮沢が説明した通りコーヒー豆が入っているのだろう。
「なるほど……」 続きを読む →

『海へ。』(2004.09.12)

 列車の中には、わたし達しかいなかった。
 わたし、岡崎汐はそれをいいことに、あっきー、早苗さん、そしてふぅさんと一緒に座っていたボックス席を立って、別の席に移り、車窓から外を眺めていた。……ふぅさん――幼馴染で美術講師の伊吹風子先生――が、窓にベッタリ張り付いてしまったため、座るスペースが狭くなってしまったためである。
 列車のリズムに揺られながら、目を閉じてみる。
 こうやって、鈍行の列車に乗るのが、わたしは好きだ。理由はおそらく、おとーさんとの最初の旅行が、こんな感じだったからだろう。
 リニアやらなにやらで特急料金が安くなって、利用人数がめっきり減ってしまったけれど、それでもわたしは好きだった。 続きを読む →

『わたしのお師匠様』(2004.07.25) 

 その日、わたしこと岡崎汐が、いつも通り――朝練で他の生徒より早く――に登校すると、あの坂で、青々と葉が茂る桜を見上げている女性を見かけた。
 わたしよりも長い髪を風に流し、男性のそれとほとんど変わらないスーツ姿がしっかりと決まっているその人は、物憂げに桜を見上げながらも、周囲にある程度の緊張感を撒き、誰も近づけないような雰囲気を纏っている。
 ある意味、こんな器用なことができる人は、わたしの知っている限りひとりしかいない。
「おはようございます」
 わたしは、手を上げて軽く挨拶をした。同時にカバンをそっと地面に置く。
「うん?」
 女性が振り向いた。その時には、わたしは一気に加速している。
 女性が、わたしの行動に気付いた。
 だけどもう遅い。わたしは勢いを付けたまま、身体を半回転させて回し蹴りを放った。
 スピードもタイミングも申し分ない、最速の蹴り。だがしかし、その後を追いかけてきた刀のように鋭い蹴りががっちりと弾き、わたしは体勢を崩して2、3歩たたらを踏んでしまう。
「まだまだだな……だが、速度が上がったか。精進しているな、汐」
 振り上げた脚を素早く戻し、腕組みをして、女性がそう言う。
「……ありがとうございます」
 半歩退いて、わたしは深く頭を下げた。
「そして、お久しぶりです。師匠」
「うん。久しぶり」 続きを読む →