『岡崎家の父の日』(2008.06.10) 

「おとーさーん」
 汐に背中にのしかかれたのは日曜の午後、何気なしにテレビを観ていたときのことだった。
「どうした汐、おねだりか?」
 テレビから目を逸らさずに、俺はそう訊く(そんなことはまずないのだが)。すると汐は、俺の耳元で囁くように、
「んーん、今回はその逆」
 ……何?
 その言葉の意味がわからずに視線を横に向け、汐と目を合わせる。
「どういう意味だ? それ」
 そう尋ね返すと、汐は指を一本立てて、
「さてここで問題です。今日は何の日でしょう?」
 はて。
「誰かの誕生日だったか?」
「違う違う。今日はね、父の日」
 ……ああ、そうか。 続きを読む →

『彼女の、ドレス姿』(2018.06.09)

「オーケストラか」
「そうそれ。しかもフォーマルなのね」
 その招待状を前にして、俺と汐は顔を見合わせた。
「しかし、なんだってこんなものがうちにきたんだ?」
 自慢じゃないが、オーケストラを聴きに行ったことなんて、一度も無い。
「ことみちゃんからのおさそい。この前の誕生日のお礼だって」
「あぁ……それか」
 聞いた話だが、ことみが拠点を置いている国では、そういう催し物がけっこうな頻度で行われているそうだ。
「しかし、フォーマルな格好と言ってもなぁ」 続きを読む →

『演劇部と、岡崎家』(2018.04.14)

「いまさらの話なんだが」
 ちゃぶ台におかれた招待状に目を通しながら、俺はそう汐に訊いていた。
「お前にとって、演劇部ってどうだったんだ?」
「どう……って。急に言われても」
「悪い、演劇部を引退してもう二年だもんな」
 そう、汐は今大学生。いまはそっちの方に忙しいはずだ。だが……
「ううん。そうじゃなくて」 続きを読む →

『はじまりの坂? おわりの坂?』(2018.03.31)

「うーん……」
 あの坂を上りながら、今年十七歳の汐は何とも言えない声をあげていた。
 春の日曜日。お互いとくにやることもなかったのだが、汐がちょっと出歩かないと誘った場所が、ここだった。
 今は桜が咲き誇っている。例年より少し早めに満開になったようだ。
「ふーむ……」
「さっきから変な声が出てるぞ、汐」 続きを読む →

『いまさらながらの、岡崎家』(2018.02.17)

「なぁ岡崎、僕らって友達だよね」
「えっ」
「『えっ』ってなんですかねぇ!?」
「えっ」
「汐ちゃんまでその反応なの!? 地味に刺さるんだけどそれっ!」
「いやだってお前、渚よりつきあい長いのに……なぁ、汐?」
「うん。ずっと、ともだちだとおもってた……」
「あれ? これ僕がダメな質問しちゃったやつ? 嬉しいけどなんだか複雑!」
「なんだか、かわいい……」
「——汐、あした藤林のところにいくぞ。春原が可愛く見えているんならちゃんと診てもらわないと」
「あんたなにひどいこといってるんですかねぇ!?」
「えっ、お前自分がかわいいと思っているのか?」
「思っているわけないじゃん!?」
「かわいいのに……」
「褒めてくれるのは嬉しいけどね、汐ちゃん。でも僕に惚れちゃダメだぜ?」
「うん。それはない」
「だよな。汐」
「うん」
「あんたら本当に父娘ですねぇ!?」
#key版深夜のお絵描き60分一本勝負

『たまには、こんなクリスマス』(2007.12.24)

その年の12月24日、クリスマスイブは、早朝から大雪が降っていた。
 イブと言えばある時は古河家、ある時は杏や春原と、そしてある時はその両方で大いに賑わうのが今までの慣例となっていたが、交通機関は止まるわ近所の商店街は軒並み午後には店仕舞いをするわでお互い連絡するのが精一杯という有様で、今回は仕方なく、汐とふたりだけで過ごすことにする。
 ――まったく、折角の24日だというのに……。

『たまには、こんなクリスマス』 続きを読む →

『サンタコス、上から見るか下から見るか』(2017.12.23)

「ちわーす! 岡崎、汐ちゃん、メリークリスマ——」
「だーかーらー、こういうときはズボンいらないのよ! そのために裾長くしたんだから!」
「だめだ! 汐のサンタ服には色気とかアピールポイントとかそういうのは要らん! 絶対にズボンをはかせるぞ!」
「おふたりともわかっていません。サンタさんの衣裳には黒タイツです」 続きを読む →

『学年末の、馬鹿騒ぎ』(2005.05.23)

『エントリーの締め切りまで、後五分を切りました! 参加希望者は昇降口横のエントリー受付までお急ぎください! 繰り返しまーす! エントリーの――』
 校内放送を外にまで回して、放送部の声が響く。30分前から五分置きに流れるその放送を脳裏に流して、わたし、岡崎汐は最終チェックを済ませていた。電源、表示、激鉄、引金すべて良し。
「なんというか、俺達が現役のころはただの進学校だったのになぁ」
 傍らで、感慨深気におとーさんがそう言う。
 そして、そのまま何も言わなくなってしまったので、わたしはわざと声に出してみた。
「『渚は生まれてくるのが早すぎたのかもしれない』?」 続きを読む →

『岡崎家のバレンタイン』(2005.02.16)

「中に軽くローストしたコーヒー豆が入っているんです」
 綺麗に広げられたラッピングの中身に対し、カフェ「ゆきね」の店長、宮沢有紀寧がそう説明する。
 大豆を一回り大きくしたようなそれは、チョコレートの粒だ。中にはきっと、いま宮沢が説明した通りコーヒー豆が入っているのだろう。
「なるほど……」 続きを読む →

『あの日、決めたこと』(2005.02.12)

「んー……」
 ちゃぶ台の上に広げているのは教科書一冊、ノート一冊、参考書が二冊。わたし、岡崎汐はそれらを相手に宿題を片付けていた。
「……ん~」
 前にかかる髪を後ろに払う。普段こういう時はゴムやリボンでまとめたりするのだが、今日はなんだか面倒臭かった上に、すぐ終わるだろうとたかをくくっていたのだが……結果として、髪をかきあげる仕草を何度か繰り返すことになっている。
 ――今日の宿題、結構難しい……。
 さらに、シャープペンを芯にして髪を巻き付けていると、
「……巻き毛になるぞ」
 隣で新聞を読んでいたおとーさんが、そう言ってきた。 続きを読む →

『師走の白い坂』(2004.12.26)

 大晦日が迫ったある日のこと、わが家である岡崎家にて大掃除が敢行された。
 今年は、普段掃除をする部分(居間、台所、風呂場etc.)に加え、最深部はどうなっているかわからない押し入れを整理してみようというおとーさんの提案により、わたし、岡崎汐は覚悟を決めて探索に乗り出していた。 続きを読む →

『父二人』(2004.11.01)

 物音ひとつしなかった。
 今夜、風はない。
 窓の向こうでは満月が昇っており、煌々と光を投げかけていた。
 これ以上は無いと言って良いくらいの、理想的な秋の夜である。
 そんなお月見どきに、酒ビンひとつとコップふたつを乗せたちゃぶ台を挟んで、岡崎朋也とその父、直幸が座っていた。
 直幸の実家である。
 二人はかれこれ一時間近く、酒を酌み交わしていた。
「それにしても――」 続きを読む →