『学年末の、馬鹿騒ぎ』(2005.05.23)

『エントリーの締め切りまで、後五分を切りました! 参加希望者は昇降口横のエントリー受付までお急ぎください! 繰り返しまーす! エントリーの――』
 校内放送を外にまで回して、放送部の声が響く。30分前から五分置きに流れるその放送を脳裏に流して、わたし、岡崎汐は最終チェックを済ませていた。電源、表示、激鉄、引金すべて良し。
「なんというか、俺達が現役のころはただの進学校だったのになぁ」
 傍らで、感慨深気におとーさんがそう言う。
 そして、そのまま何も言わなくなってしまったので、わたしはわざと声に出してみた。
「『渚は生まれてくるのが早すぎたのかもしれない』?」 続きを読む →

『寒桜の咲く夜』(2005.04.20)

「やっぱり桜が咲くのには間に合わなかったなあ」
 と、夜の闇の中、校門へと至る坂を見上げながら演劇部前部長は呟いた。
 期末が終わり、受験シーズンが終わろうとしている今、彼の言う通り、桜の蕾はまだ堅い。
「贅沢ですよ、部長」
 一緒に歩いていた前副部長がそう言う。
「いや、今年ぐらい、ちょっと早めに咲いてだな」
「三回も見たんだから、良しとしましょう。それに――今は別の桜が咲いています」
 彼の言う通り、男子寮へと至る道には少し赤みのある桜が咲いていた。 続きを読む →

『師走の白い坂』(2004.12.26)

 大晦日が迫ったある日のこと、わが家である岡崎家にて大掃除が敢行された。
 今年は、普段掃除をする部分(居間、台所、風呂場etc.)に加え、最深部はどうなっているかわからない押し入れを整理してみようというおとーさんの提案により、わたし、岡崎汐は覚悟を決めて探索に乗り出していた。 続きを読む →

『ゆきねぇの階段』(2004.08.08)

 今日も俺と渚は、あの坂を上っていた。
 ちなみに、遅刻風味なのでお互い駆け足だったりする。
「と、朋也くんっ」
 俺の後ろから、息も切れ切れな渚が声を掛ける。
「さ、先に行ってくださいっ、わたし、後から行きますっ」
「駄目に決まっているだろ」
「そんなことないですっ、朋也くん、ちゃんと授業受けなきゃ駄目ですっ」
「おまえもだろ」
 言うまでもないことだが、俺は自分のペースを二段階ほど下げている。はっきり言って小走り程度なのだが。
「ああっ、なにか景色が歪んできましたっ!」
 渚にとってはトライアスロンに近いようだった。 続きを読む →

『岡崎家の、宴』(2004.07.04)

「あれ?」
その夜、わたし、岡崎汐がおとーさんの買い置きを失敬しようと冷蔵庫を開けると、普段ある缶状のものはなくて、代わりにコップ状のものが並んでいた。
少しだけ、思案する――いつもより度数が高くなる訳だ――が、どっこい、わたしも未経験という訳ではない。
「ま、こういうこともあるかな。肴は……これにしよ」
わたしが選んだのはあみの塩辛。料理に使えば隠し味、そのままつまめば肴にもなる中々よい食材である。
「さってっとっ」
「――どうするのかな? 汐君」
聞き覚えのある声が、真後ろから聞こえた。同時に頭をがっしりと掴まれ、ぎっぎっぎっと、向きを変えさせられる。おかしい、今夜は深夜作業があるから明日の朝まで帰ってこないって言っていたのにっ。
「得意先の都合で早く帰ってみりゃ、こんな面白いものに遭遇するとはな……さてマイドーター、一体全体何を持って行くつもりかね?」
意図的に体中の筋肉をフル稼働させているおとーさんは、文字通り一回り大きく見え、ちょっと怖かった。 続きを読む →

『そして、咲き誇る季節へ』(2004.06.26) 

……映画館にいた。
俺の隣には渚が座っている。
他には誰もいない。ふたりだけだ。
スクリーンに写っているのは、汐だった。ヨーロッパ風の衣装を身に纏って、元気に動き回っている。
それは、この前観た、演劇部の公演……汐が主演女優を務めている、最新演目だった。
「面白いです」
と、渚。
「あぁ、確かに面白い」
と、俺は答えた。
スクリーンでは、汐が派手に主人公をぶっ飛ばしていた。

やがて、ラスト間近、問題のシーンにさしかかる。 続きを読む →

『Please, say hello to …』(2004.06.20) 

夕暮れ。すべてがオレンジ色に包まれた世界。
わたしは、あの人と歩いている。
ふたりの手には、同じ重さに等分した夕飯の材料。そう、夕飯の買い出しの帰りである。
ニコニコ顔のあの人に対し、わたしは少し眉根を寄せて歩いている。というのも、先程商店街でショッキングな出来事があったからだ。
「やっぱり変よ……」
「……何がですか? しおちゃん」
思わず漏れたわたしの呟きに、あの人が反応する。
「そうよ、絶対変よ! なんで本物の十七歳が、三十いくつより年上に見られなきゃいけないの!?」
そんなわたしの剣幕など、何処吹く風とばかりにあの人は受け流して、
「若く見られるのは、良いことだと思います」
「……それ、自分のことでしょ」
「――えへへ」
「まったくもう……」
妹さんと呼ばれたのがよっぽど嬉しかったのだろうか、
あの人は、ずっとニコニコと笑っていた。
本当に嬉しそうに笑っていた。
思わず、わたしもつられてしまうくらい――。

なんて、幸せな風景。

「あー……」
ひとり、布団の上でわたしは呟いた。
おとーさんは、まだ寝ている。
平日の朝練で早めに起きてしまう習慣のため、こういったことはよくあるのだが、今朝は都合がよかった。
きっと、今のわたしはろくな顔をしていない。 続きを読む →

『坂の下の、君』(2004.05.21)

校門まで残り200メートル。そこで一度立ち止まる。
わたしは、ここからの坂が好きだ。
理由は、特にない。
ちょっと前まではおとーさん――父の知り合いが必死になって維持したものだからだと思っていたが、最近になって、そういうことは関係ないと思うようになっていた。
要するに、お気に入りの場所なのである。
辺りに登校する生徒はいない。これはわたしが遅刻した訳じゃ無くて、演劇部の朝練に出るため、他の生徒よりずっと早く登校しているから。
だから、この時間帯はわたし一人だ。
「さぁて……」
早めに登校と言っても、実のところ今日はいつもより少し遅れ気味。その格差を埋めようと、一気に駆け登ることを決意した時……。 続きを読む →