『彼女の、ドレス姿』(2018.06.09)

「オーケストラか」
「そうそれ。しかもフォーマルなのね」
 その招待状を前にして、俺と汐は顔を見合わせた。
「しかし、なんだってこんなものがうちにきたんだ?」
 自慢じゃないが、オーケストラを聴きに行ったことなんて、一度も無い。
「ことみちゃんからのおさそい。この前の誕生日のお礼だって」
「あぁ……それか」
 聞いた話だが、ことみが拠点を置いている国では、そういう催し物がけっこうな頻度で行われているそうだ。
「しかし、フォーマルな格好と言ってもなぁ」 続きを読む →

『学年末の、馬鹿騒ぎ』(2005.05.23)

『エントリーの締め切りまで、後五分を切りました! 参加希望者は昇降口横のエントリー受付までお急ぎください! 繰り返しまーす! エントリーの――』
 校内放送を外にまで回して、放送部の声が響く。30分前から五分置きに流れるその放送を脳裏に流して、わたし、岡崎汐は最終チェックを済ませていた。電源、表示、激鉄、引金すべて良し。
「なんというか、俺達が現役のころはただの進学校だったのになぁ」
 傍らで、感慨深気におとーさんがそう言う。
 そして、そのまま何も言わなくなってしまったので、わたしはわざと声に出してみた。
「『渚は生まれてくるのが早すぎたのかもしれない』?」 続きを読む →

『Pass a long time』(2005.01.14) 

『クックックックック……』
 舞台の一角、誰もいない所から美声が響く。
『OK、ファッキンシープ(『憐れな子羊』)……』
 舞台装置を使い、床から上がってくるのは超絶格好良い色男だ。若々しい肉体を誇示するかのように、身体にフィットした衣装を身につけ、口にはイカした煙管をくわえている。
『たっぷり憐れんでやるぜ――!!』
 凄みを効かせて見栄を切る姿はまさに最高。そしてそこから華麗にて波乱なる戦闘シーンへと続いていくのだ。いやっほう!
「な、最高だろ?」
 俺はビデオのコントローラー片手に、隣りで一緒に見ている汐にそう言った。 続きを読む →

『アルティメット二人三脚』(2004.10.11)

「なんで、こうなっちゃうかなあ……」
 ハチマキを締め直しながら、わたし、岡崎汐は呟いた。運動用にポニーテールにした髪が風に揺れる。
「さあな――」
 と、わたしの隣でおとーさん。同じようにハチマキを締め直しながら、何気なしにグラウンドを見回している。
 お互い、運動着姿である。ついでに言うと、わたし達の脚はロープで片方ずつ繋がれていたりする。
 目の前には、グラウンドに白線で引かれたトラック。
 隣には――、ニヤリと笑って腕組みするあっきーと、いつものスマイルを崩さない早苗さんが、わたし達と同じように足を繋いで待機している。
 ――まあ、ある程度予想したことなんだけど。
 そう口の中で呟いて、わたしはため息をひとつ付いた。 続きを読む →

『海へ。』(2004.09.12)

 列車の中には、わたし達しかいなかった。
 わたし、岡崎汐はそれをいいことに、あっきー、早苗さん、そしてふぅさんと一緒に座っていたボックス席を立って、別の席に移り、車窓から外を眺めていた。……ふぅさん――幼馴染で美術講師の伊吹風子先生――が、窓にベッタリ張り付いてしまったため、座るスペースが狭くなってしまったためである。
 列車のリズムに揺られながら、目を閉じてみる。
 こうやって、鈍行の列車に乗るのが、わたしは好きだ。理由はおそらく、おとーさんとの最初の旅行が、こんな感じだったからだろう。
 リニアやらなにやらで特急料金が安くなって、利用人数がめっきり減ってしまったけれど、それでもわたしは好きだった。 続きを読む →

『古河パンと秘密の部屋』(2004.05.31)

週末から、おとーさんが会社の研修に出ることになった。
何でも泊まり込みになるらしく、丸々一週間戻ってこられないとのこと。
「資格でも取るの?」
「いや、新しい技術を現地で学びに行くだけ。芳野さんに薦められてな」
「なるほどね」
さて、そうなると問題が発生する。ズバリこのわたし、岡崎汐の処遇だ。そのことをわたしが話すと、
「あぁ、その件なんだが」
「うん」
「汐ももう高校二年生だし、そろそろ一人暮らしってやつを満喫させてやろうかと――」
「うん!」 続きを読む →