『里村茜の委託』(2011.08.12)

 そのミルキーなエメラルド色の布地が、折原浩平の目に留まった。
 鮮やかではない穏やかなパステルトーンのセパレートが、里村茜の薄い髪の色に合うと思ったのである。
 浩平は、その水着を――さすがに手で触るのはどうかと思ったのでハンガーごと――引っ張り出し、あちこちの角度から眺めてみる。間違いない。これならば彼女に良く似合うであろう。
「なぁ、茜。これなんかどうだ」
 納得したように頷いてから、浩平は少し離れたところにいた茜にそう声をかけた。
「浩平……」
 恥ずかしそうに俯いて、里村茜がつかつかと近付き、言う。 続きを読む →

『里村茜の恋慕』(2011.04.28)

「……これは」
 誕生日のプレゼントに貰った小箱を開けて、里村茜は思わず息を飲んだ。
 茜の自室である。
 彼女の部屋と言えば、よく来るのが柚木詩子、希に来るのが長森瑞佳、七瀬留美と相場が決まっていたが、今回はさらに珍しいことに、折原浩平であった。これは、滅多にないと言って良い。 続きを読む →

『里村茜の行動』(2010.11.20)

「うわっ、うわぁ~」
 その一枚の写真を前に、長森瑞佳は黄色い歓声を上げた。
 写真の中には、長くて薄い髪の色をした女の子が、はにかみながら写っている。黒を基調としたふわっとした、それでいて丈がちょっとだけ短いワンピースと、胸元を飾る黄色いリボンが良く似合っている一葉であった。
「すっごい可愛いねぇ……」 続きを読む →

『里村茜の共闘』(2010.11.15)

 文化祭。それは年に一度生徒が本気ではっちゃける行事である。
 文化祭。それは出し物の企画立案者の趣味が色濃く反映される行事である。
 文化祭。それはその趣味を反映させるため企画会議の時点で各人の思惑が複雑怪奇に絡み合う行事である。
 故に。
 だからこそ。
 折原浩平のクラスは大いに荒れていた。 続きを読む →

『里村茜の選択』(2010.11.06)

 さくっという音と、ぱらりという軽い音が交互に響く。
 昼休み、中庭。
 春から秋にかけては野外で昼食を楽しむ生徒に賑わうここも、冬にさしかかってくるとなると流石に風が冷たくなって、皆屋内に避難するようになる。
 だからこそ、それ故に、折原浩平と里村茜はその場所を独り占めに――正確には、ふたり占めか――しているのであった。
 さくりという音と、ぱらっという軽い音が交互に響く。 続きを読む →

『里村茜の陥落』(2010.10.18)

「悪い、冷蔵庫、冷凍庫の中身漁ったけどこれしかなかったわ」
 放課後、折原浩平の自宅、そしてその自室。
 学校からそのまま帰宅した浩平は一緒に着いてきた里村茜のために、見よう見まねで覚えた紅茶と、お茶菓子を盆の上に乗せて台所から上がってきたところであった。
「ワッフルだよな?」
「ワッフルです」 続きを読む →

『注文の多い里村茜』(2010.06.23)

 気象庁が梅雨入り宣言してから数週間後の六月下旬、早朝のことである。
「わざわざ起こしに来てくれたのはありがたいんだけどな、茜」
 折原浩平は自宅の玄関先でそう言った。
 かなり珍しいことである。
 パジャマ姿ではあったが、この時間帯の浩平は普段まだ寝ているはずであったからだ。そのことを不思議に思って起こしに来た彼女、里村茜が疑問を口にすると、 続きを読む →

『里村茜の思慕』(2009.12.10)

「相変わらず、溜めすぎです」
 耳掻きを動かす手を止めて、里村茜はそう言った。
「あぁ、今回は流石に溜めすぎたと思う」
 と、折原浩平が答える。
 浩平の自室。少しだけ傾いている午後の陽光を光源とし、茜は床に座り込み、浩平は茜の膝の上で大人しくしていた。
 言うまでもなく、耳掃除の体勢である。
「なんせ茜が耳掻き入れた途端、頭の中でごそり、ばりばりばりばりって音が鳴ったもんな。いやびっくりした」
「やめてください。耳が――痒くなります」 続きを読む →

『七瀬留美の激走』(2009.09.08)

 放課後、軽音楽部の部室。
 使用している軽音楽部は、普段より幽霊部員だらけで、まともな活動をしていないのに存続を許されているという希有な部活である。それ故その部室も誰かに注目されると言うこともなく、今日も無人の教室として校舎の一角にひっそりと佇んでいるものと部外者である誰もが思っていたのだが、その日だけは些か事情が異なっていた。
「――よし。此処だったらふたりきりになれるな」 続きを読む →

『里村茜の探索』(2009.08.01) 

「里村さんっ」
 その、ほとほと困りきった友人の声で里村茜は振り返った。
 教室、その放課後。クラスメイト達はあちらこちらで部活動の用意、あるいは帰り支度を済ませようとしている。
 かく言う茜も、帰宅組のひとりであった。
「どうしました? 長森さん」
 呼びかけて来た声の主――長森瑞佳に応え、片付けの手を止めて茜。
「えっと、浩平見なかった?」 続きを読む →

『里村茜と七月のラプソディー』(2008.07.18) 

 七月。長かった梅雨が明け、暑い日差しが照り出した初夏のことである。
 里村茜は土曜日の日中を利用して、診療所を訪れていた。
 ここのところ、どことなく体調が優れなかったためである。
「大きな病気というわけではありませんな」
 と、診断があらかた終わり、カルテに何かを書き込みながら初老の医師はそう言った。
「というと……」
 ブラウスのボタンを留めながら、茜が問う。 続きを読む →

『OTOME道どりふ』(2007.12.21) 

「起きろ折原」
 そんな声で目が覚めた折原浩平がうっすらと目を開けると、眼前に振り下ろされつつある肘が迫っていた。
「な、なんでやっ!?」
 奇跡的なタイミングで横に跳び起き、すんでのところを避ける。凶器となるところであったその肘は、浩平が普段見慣れている学校指定のものとは違う制服の袖に包まれていた。
 その制服を着る人物は、浩平の知るところひとりしか存在しない。
 言うまでもなく、七瀬留美である。
「お前な、オレに何か恨みでもあるのか!?」
「恨みなら山とあるわっ!」 続きを読む →

『里村茜の計略』(2007.07.17)

「なぁ、茜」
 憂鬱な一学期の期末試験が明けた七月の放課後、里村茜が帰り支度をしていたところに折原浩平はそう声をかけていた。梅雨が明けて、蒼天が飽きもせずに直射日光を浴びせ続けているため、昼が過ぎてもその蒸し暑さは衰退する気配を見せていない、そんな午後のことである。
「どうしました? 浩平」
 支度の手を休めて茜が訊く。すると浩平は咳払いをひとつして、
「今年の夏休み、海かプールに行く予定はあるか?」
「無いです」 続きを読む →

『里村茜の憂鬱』(2007.04.24)

「最近――」
 4月の中頃、昼休みの学校。
 教室の机をくっつけて作った卓の上でお昼の弁当を食べていた里村茜は、一見ではわかりづらい憂鬱の色を浮かべてそう言った。
「浩平の姿を見かけないような気がします」
「そういえば、そうね」
 一緒に昼を取っていた七瀬留美が頷いて言う。
「瑞佳、何か知らない?」
「え? うーん」
 同じく一緒に食事をしていた長森瑞佳は、持っていた牛乳のパックを机に置くと、 続きを読む →

『正しい冬の、迎え方』(2006.11.18) 

「ぶえくしょい!」
 いくら換気が必要でも、少し窓が開け過ぎであることに気付いた折原浩平が、自室の窓を閉めたのは十一月の中旬、夜の帳が落ちた直後であった。
「……おお、さむ」
 自宅には、浩平以外誰もいない。叔母の由起子が夜勤で今夜は戻らないためだ。それを良いことに、浩平は今自室に炬燵を設えている。かなり狭苦しかったが、暖まるのには差し支えないだろう、というのが彼の考えであった。
 それにしても、急に寒くなったな。そんなことを考えていると、唐突に玄関のベルが鳴る。 続きを読む →

『里村茜の遠慮』(2006.08.25)

 プールの一日貸し切りは、思っているより安い。
 それに気付いた折原浩平のクラスメイト、住井護は、クラス内から有志を募集。クラスメイト8割の出席者とカンパによる資金を確保し、見事とあるレジャー施設のプールを一日貸し切りことに成功したのであった。
 そして当日の昼過ぎ、ひとりの男子生徒が、プールサイドから動かない女生徒を発見したのである。 続きを読む →

『里村茜の看過』(2006.08.25)

 夏休み終盤、里村茜と折原浩平はショッピングプラザに買い物に来ていた。所謂、巨大な建物の中にいくつも小さな店舗があるタイプのデパートメントストアである。これを浩平はひとり商店街と呼んでおり、言い得て妙な例えであると、茜は思っていた。
 目的は特にない。ただお互い、たまにはこういうのも良いかと少々遠い此処を選んだだけである。
 そんなふたりであるが、先程までは眼鏡店にて最近日差しがきついのでサングラスが欲しいと言った浩平に付き合った茜が試しにかけてみたレイバンのサングラスが異様に似合ったり、玩具屋の隣にあるゲームセンターにて有名なイタリア人の配管工のレースゲームで浩平が小学生に大敗を喫したりと色々あったが、今は小休止と言ったところで、茜が買ったちょっとした荷物を、コインロッカーに預けているところであった。
「お待たせしました」 続きを読む →