『学年末の、馬鹿騒ぎ』(2005.05.23)

『エントリーの締め切りまで、後五分を切りました! 参加希望者は昇降口横のエントリー受付までお急ぎください! 繰り返しまーす! エントリーの――』
 校内放送を外にまで回して、放送部の声が響く。30分前から五分置きに流れるその放送を脳裏に流して、わたし、岡崎汐は最終チェックを済ませていた。電源、表示、激鉄、引金すべて良し。
「なんというか、俺達が現役のころはただの進学校だったのになぁ」
 傍らで、感慨深気におとーさんがそう言う。
 そして、そのまま何も言わなくなってしまったので、わたしはわざと声に出してみた。
「『渚は生まれてくるのが早すぎたのかもしれない』?」 続きを読む →

『寒桜の咲く夜』(2005.04.20)

「やっぱり桜が咲くのには間に合わなかったなあ」
 と、夜の闇の中、校門へと至る坂を見上げながら演劇部前部長は呟いた。
 期末が終わり、受験シーズンが終わろうとしている今、彼の言う通り、桜の蕾はまだ堅い。
「贅沢ですよ、部長」
 一緒に歩いていた前副部長がそう言う。
「いや、今年ぐらい、ちょっと早めに咲いてだな」
「三回も見たんだから、良しとしましょう。それに――今は別の桜が咲いています」
 彼の言う通り、男子寮へと至る道には少し赤みのある桜が咲いていた。 続きを読む →

『私の、クラスメイト』(2005.03.21)

 クラスメイトの岡崎汐を一言で表現するならば、『エネルギーの塊』である。
 体育での何でもかんでも一位を取る運動技能もさることながら、所属する演劇部での打ち込みようも大したものだ。それは、公演を観ていればよくわかる。
 そして、その何処から来るのかわからないエネルギーを大規模に発散させる場所が購買である。
 彼女の昼食はもっぱら弁当なのだが、購買の日となるとその発散っぷりは半端ではない。
 まるで弾丸のように購買に駆け込むと、まるで生まれたときから欲しかったんですといった声で、 続きを読む →

『岡崎家のバレンタイン』(2005.02.16)

「中に軽くローストしたコーヒー豆が入っているんです」
 綺麗に広げられたラッピングの中身に対し、カフェ「ゆきね」の店長、宮沢有紀寧がそう説明する。
 大豆を一回り大きくしたようなそれは、チョコレートの粒だ。中にはきっと、いま宮沢が説明した通りコーヒー豆が入っているのだろう。
「なるほど……」 続きを読む →

『あの日、決めたこと』(2005.02.12)

「んー……」
 ちゃぶ台の上に広げているのは教科書一冊、ノート一冊、参考書が二冊。わたし、岡崎汐はそれらを相手に宿題を片付けていた。
「……ん~」
 前にかかる髪を後ろに払う。普段こういう時はゴムやリボンでまとめたりするのだが、今日はなんだか面倒臭かった上に、すぐ終わるだろうとたかをくくっていたのだが……結果として、髪をかきあげる仕草を何度か繰り返すことになっている。
 ――今日の宿題、結構難しい……。
 さらに、シャープペンを芯にして髪を巻き付けていると、
「……巻き毛になるぞ」
 隣で新聞を読んでいたおとーさんが、そう言ってきた。 続きを読む →

『Pass a long time』(2005.01.14) 

『クックックックック……』
 舞台の一角、誰もいない所から美声が響く。
『OK、ファッキンシープ(『憐れな子羊』)……』
 舞台装置を使い、床から上がってくるのは超絶格好良い色男だ。若々しい肉体を誇示するかのように、身体にフィットした衣装を身につけ、口にはイカした煙管をくわえている。
『たっぷり憐れんでやるぜ――!!』
 凄みを効かせて見栄を切る姿はまさに最高。そしてそこから華麗にて波乱なる戦闘シーンへと続いていくのだ。いやっほう!
「な、最高だろ?」
 俺はビデオのコントローラー片手に、隣りで一緒に見ている汐にそう言った。 続きを読む →

『師走の白い坂』(2004.12.26)

 大晦日が迫ったある日のこと、わが家である岡崎家にて大掃除が敢行された。
 今年は、普段掃除をする部分(居間、台所、風呂場etc.)に加え、最深部はどうなっているかわからない押し入れを整理してみようというおとーさんの提案により、わたし、岡崎汐は覚悟を決めて探索に乗り出していた。 続きを読む →

『ライク・ア・ファミリー』(2004.11.20)

 前に研修で家を一週間空けたおとーさんが、再び研修のため出掛けることとなった。
「というわけでしばらく家を空けるが――」
 急な話だったらしい。大きなカバンに荷物を詰めつつ、おとーさんは言う。
「……古河家?」
 と、わたし。
 前のときは、一週間も一人で暮らすには……ということで(そしておとーさん曰く、変な虫がつかないように)古河家に御厄介になっていた。まあ、あの時はお母さんの部屋で寝たり、あっきーから話を聞いたりと、いろいろあったが……。
「いや、今度は三日だからな」 続きを読む →

『父二人』(2004.11.01)

 物音ひとつしなかった。
 今夜、風はない。
 窓の向こうでは満月が昇っており、煌々と光を投げかけていた。
 これ以上は無いと言って良いくらいの、理想的な秋の夜である。
 そんなお月見どきに、酒ビンひとつとコップふたつを乗せたちゃぶ台を挟んで、岡崎朋也とその父、直幸が座っていた。
 直幸の実家である。
 二人はかれこれ一時間近く、酒を酌み交わしていた。
「それにしても――」 続きを読む →

『秋桜の畑を抜けて』(2004.10.23) 

 土の具合は、非常に良い。
 指でそれを摘みながら、男は満足気に頷いた。
 今年の夏は大変暑く、その終わりには大きな台風が一回だけ通り過ぎたが、その後はすべてが良好と言えた。
 秋、収穫の季節である。
 TVの画面からは、都会の彩りが秋のものへと改装されて行く様を映していたが、ここでは、人は何もせずとも装いは改められて行く。あえて言うなら、田畑だけが人の手を借りるということになるだろうか。例えば、男が今居る小さな菜園とか。
 本当に、小さな菜園である。近所の農家から分けてもらった2~3坪のその土地は、彼の家庭菜園だった。
 園丁鋏を持って、パチ、パチと収穫し、傍らに置いたザルに盛っていく。
「あの……」
 ふと、背中の方から声がした。男は手を休め、ゆっくりと振り向く。 続きを読む →

『アルティメット二人三脚』(2004.10.11)

「なんで、こうなっちゃうかなあ……」
 ハチマキを締め直しながら、わたし、岡崎汐は呟いた。運動用にポニーテールにした髪が風に揺れる。
「さあな――」
 と、わたしの隣でおとーさん。同じようにハチマキを締め直しながら、何気なしにグラウンドを見回している。
 お互い、運動着姿である。ついでに言うと、わたし達の脚はロープで片方ずつ繋がれていたりする。
 目の前には、グラウンドに白線で引かれたトラック。
 隣には――、ニヤリと笑って腕組みするあっきーと、いつものスマイルを崩さない早苗さんが、わたし達と同じように足を繋いで待機している。
 ――まあ、ある程度予想したことなんだけど。
 そう口の中で呟いて、わたしはため息をひとつ付いた。 続きを読む →

『未確認歩行物体対策会議』(2004.10.09) 

 おおむね、保母さんのオフタイムは夕方以降になる。
 その日、幼稚園を後にした藤林杏は、明日のお遊戯の内容を考えつつ、何かの参考になるかなということで、本屋に足を伸ばしていた。
 この職業に就いてから、読書の幅が大きく広がった杏である。なにせ、児童向けから教育書までの読者階層を幅広く抑えているのだから、当然のことと言えば当然のことなのだが、学生時代には想像すらしなかったことだ。
 本屋に入る直前、店から出て来た良い感じのカップルとすれ違う。
 あー、良い感じだなー、あたしも学生時代もうちょっと頑張るべきだったかなー、と思っていると、
「で、次はどこに行くんだ?」
「本屋さん」
 男の方の声に聞き覚えがあって、杏は慌てて振り向いた。すれ違った時には無意識に追いやっていたが、その後ろ姿は――杏がよく知っている人物であった。 続きを読む →

『秘密の花園と少女』(2004.10.03)

「こんにちはー」
 ようやく残暑が抜けて、ほっとしたところに中間試験。そしてそれを乗り越えた試験休みの日、わたしはわたしが通っていた幼稚園に顔を出していた。
「はーい」
 応対に出てくれたのは、わたしの恩師、藤林杏先生。
「あら、汐ちゃんじゃない。どうしたのよ?」
 答えの代わりに、わたしは持っていたタッパーを差し出した。中身は、クッキングペーパーで包んであるシナモンクッキーである。 続きを読む →

『初秋の日差しとコーヒーの香り』(2004.09.19) 

 新学期になってから一週間経ったその日、わたし、岡崎汐がカフェ『ゆきね』のドアをくぐると、珍しいことに店長以外の客がいなかった。
「いらっしゃいませー」
 と、店長こと宮沢有紀寧さんが挨拶をする。以前、ふぅさん――美術講師の伊吹風子先生――と一緒に入ってから、わたしは良くここを利用するようになっていた。 続きを読む →

『海へ。』(2004.09.12)

 列車の中には、わたし達しかいなかった。
 わたし、岡崎汐はそれをいいことに、あっきー、早苗さん、そしてふぅさんと一緒に座っていたボックス席を立って、別の席に移り、車窓から外を眺めていた。……ふぅさん――幼馴染で美術講師の伊吹風子先生――が、窓にベッタリ張り付いてしまったため、座るスペースが狭くなってしまったためである。
 列車のリズムに揺られながら、目を閉じてみる。
 こうやって、鈍行の列車に乗るのが、わたしは好きだ。理由はおそらく、おとーさんとの最初の旅行が、こんな感じだったからだろう。
 リニアやらなにやらで特急料金が安くなって、利用人数がめっきり減ってしまったけれど、それでもわたしは好きだった。 続きを読む →