『泳げ! SSS水泳部』(2010.08.23)

「何か急に日差しが強くなってきたな」
 焼却炉に燃えるゴミをくべながら、音無は額の汗を拭った。
 心なしか校内外の色彩が鮮やかになっているように感じられる、午後のことである。
「もう夏だからな」
 音無と一緒にゴミを捨てていた日向が音無の呟きにそう答えた。
「夏?」
 あるのか? と音無が訊くと、日向は肩をすくめて、
「季節感の演出ってやつじゃないかね」
「なるほどな……」
 感慨深げに、音無。
 この世界――死んだ後に来ることとなった巨大な学校とその周辺の施設――は、本来普通の学校生活を送るためにあるらしい。そのせいか、時折ひどくいい加減な事象が起こることがあった。
 どうしてそうなるのか、誰がそうしているのか。
 それらについては、少なくとも音無の周辺では誰一人として知らない事実である。
 だが、それらにいちいち疑問を抱いているとやっていけない。それが音無が最近になってやっと理解した、ひとつの結論であった。
「ま、この調子で行けば、そろそろプール日和かなぁ」
「プールって、授業で普通に泳ぐのか?」
「まさか。それじゃ消えちまうだろ。日中は我慢してさ、夜泳ぐんだよ。それはそれで気持ちいいぜ?」
「へぇ、なんだか楽しみだな」
「俺も音無の水着姿がたのし――ってなんだありゃ」
 日向の足が、何かに驚いたかのように止まった。それにつられて、音無の足も止まる。
「――かなで?」

『泳げ! SSS水泳部』

 なるほど、音無の言う通り、立華かなで――少し前まで天使と呼ばれていた少女である。
 そして日向がなんだありゃと言う通り、かなではかなり突飛な格好をしていた。
 麦わら帽子、これはいい。
 いつもの靴下に革靴ではなく、素足にサンダル。これもまた、この暑さを考えると悪くはないだろう。生徒会長としては、些かずぼらであると指摘されかねないが――。
 だが、だがである。校舎間を普段の制服ではなく校内指定とおぼしきスクール水着に身を包んで歩いているとなると、それはもうなんだありゃと言うしかない。
「かなで!」
 音無の呼び声に、かなではいずこかへと向けていた足を止め、焼却炉で立ち尽くす音無、日向(言うまでもなくかなでの格好に硬直しているのだ)の方へと歩み寄った。
「どうしたの、結弦」
「そりゃこっちの台詞だよ。どうしたんだ、一体」
「プールに行かなければならないの」
「プール? なんでまた」
「それは……」

■ ■ ■

 ――同時刻。
「襲われた?」
「はい」
 対天使用作戦本部――この名称もあまり意味を為さなくなってきているので、そろそろ別の名称にしようかという話は出ていたが、主に名前を付け直すのが面倒くさいという理由でそのままであった――にある自分の席で、SSSのリーダーであるゆりは連絡役である遊佐から一枚の報告書を受け取っていた。
「ふむ、場所は地下体育館――トレーニングジムみたいに健康器具が山のように置かれている場所ね」
「はい。問題はその地下体育館にある、大深度プールにて発生しました」
「大深度? ああ、そういえばあったわね、やたら大きくて深いプールが」
「縦横50メートル、深さ25メートル。主にシンクロナイズドスイミングや飛び込み、或いはダイビングを考慮して作られたものと推測されますが、正式な用途は未だ不明です」
 コピーしたのだろう。もう一枚の報告書に目を落としつつ、遊佐はそう言う。
「まぁオリンピックの選手クラスの体育会系が紛れ込んできても対応出来るようにしているんでしょ。で、そこでSSSの一般メンバーが襲われたというのね?」
「はい。ここ数日暑いのでプールで暑を凌いでいたようです」
「あー、わかるわその気持ち。あたしも軽くひと泳ぎしたいもん」
 胸元をぱたぱたと軽く扇いで、ゆり。
「で、被害状況は」
 しかし、その次の瞬間にはSSSのリーダーの貌になってそう訊く。毎度ながら、その切り替えの早さは見事としか言いようがなかった。
「今のところは軽微と言っていいかと。足を捕まれて少しの間だけ水の中に引き込まれただけのようですから」
「それ、溺れた経験のある子にはちょっとしたトラウマよ」
「――済みません、浅薄でした」
「いや、まぁ、もう死んでるからいいんだけど……ちなみに被害はうちのメンバーだけ?」
「いえ、一般生徒――NPCも襲われています」
 淡々と答える遊佐。NPCと言うが何も模範的な生活を機械のように行っているわけではない。まるでそれがらしいと言わんばかりに、ときたま突飛な行動に出ることがある。おそらく今回も、そうなのであろう。
「そう。それじゃ最悪、かな――天使との三つ巴も想定しないといけないわね」
 NPCを巻き込むことはないSSSであるが、利用することはある。そして天使にとってその区別が付かない場合、介入することが良くあった。ゆりは、そこを危惧しているのである。
「音無さんがこちら側にいるので、問題はないかと」
「確かに最近の天使は音無君の言うことを良く聞いているわ。でも、その音無君でも対処出来ない事態も考えられるでしょ」
「――なるほど。ありえますね」
「とりあえず、SSSの主なメンバーを集めてくれる? 集合場所は地下大深度プール前。各自水着持参で」
「了解しました」
 即座にインカムを身につけて、各所に無線で指示を飛ばし始める遊佐。そんな彼女を眺めながら、ゆりはぽつりと、
「何が居るのかしら。水棲の天使?」
「……怪獣みたいになってきましたね」
 指示を一端止めて、遊佐がそう答える。
「あの戦闘力は怪獣並みだけどね」
「仮にプールの底に住む何かが天使と同等の脅威度を誇っていると仮定すると、状況は些か不利になります。ただでさえ地上の武器は使えませんので」
「そうね、水中装備を揃える必要があるか。それもとびっきりに強力な奴」
「でもこちらにそのような特化装備はありませんが」
「あるのよ」
 地下のギルドへ連絡すべく直通の電話を手にとって、ゆり。
「もしもし、かねてよりお願いしていた水中銃と『あれ』をお願い。そう、大至急で。あ、搬送先? 本部じゃなくて地下の体育館にお願い。そう、例の馬鹿でかいプールのあるところよ」

■ ■ ■

「なるほどねぇ……」
 かなでからの一部始終を聞いて、まず最初に頷いてそう言ったのは、日向であった。
「後、普段貴方達が着ている制服を着ている子も襲われたらしいわ」
「俺達の方もか。それじゃ、ゆりも動いているかな」
 と、音無。
「ゆりっぺのことだ、もう動いているだろうな」
 ゆりとの付き合いがSSSの誰よりも長い日向である。個性的なメンバーに埋もれがちであるが、彼が実質上のSSSナンバー2なのであった。
「で、俺達はどうする? 音無」
「そりゃもちろん、かなでを手伝う」
「手伝うって、あのな音無――」
 日向が口を開きかけたときである。
「おや音無さん、こんなところでどうしたんですか――なんだお前、その格好。もしかしてもう動いていたのか」
「直井!」
 驚いたように、日向。
 そう、そこにはスポーツバックを肩にかけた直井が、ひょっこりと姿を現していたのである。
「もう動いていてって――知ってたのか?」
 こちらも多少驚いた様子で、音無。
「知っていたも何も、僕は今も副生徒会長ですから。基本的にあいつと同じ情報を共有しているんですよ、音無さん」
 と、直井。さらに言えば、生徒会長そのものを短期ながらも務めていたのだから、校内における情報の把握力はトップレベルであるのは当然であったのだ。
「本来なら、僕からのリークで音無さんの評価を上げて欲しかったんですけど……まぁ、いいか」
 化け物退治で音無さんの評価が上がればそれでいい、と直井は続けて言うと、
「それじゃ行きましょうか、音無さん。あとその他二名」
「って、え? かなでちゃんはともかく俺も数に入るのか?」
 と、日向。
「そんなの、当たり前だろう」
 帽子の庇を調整しながら、直井。
「直井、お前――」
「組織には汚れ役や鉄砲玉が要るからな。音無さんの手駒として、華やかに散ってこい」
「おとなしー、直井がいじめるー!」
「おーよしよし、って直井を刺激するなよ」
 そう言いつつも、泣きついてきた日向の頭を撫でる音無。
「いいんですよ。そんな安い挑発に乗る僕じゃありません」
「だよな」
「だから音無さん――なでなで、してくれませんか?」
「乗ってるじゃないか……」
 結局、初々しく帽子を取った直井の頭も撫でることになる音無であった。
 そんな男同士の愁嘆場を一部始終無表情に見ていたかなでは、ややあってぽつりと、
「漫才、終わった?」
「ああまぁ……って、漫才ではないと思うんだが」
「そうかしら」
 なかなかに辛辣である。
「それよりさ、かなで。その、水着のことなんだけど……」
「似合ってない?」
 若干トーンダウンしたかなでの声に、音無は慌てて、
「いや、似合っているぞ。かなで」
 本心でもあったが、そうフォローする。
「ありがとう。――刺激的だった?」
 あまり目立たない胸を張って、かなで。
「そうだな。そんな刺激的な格好しているから、心臓が止まると思ったぞ」
「止まらないわ」
「そんなことないよ。もっと自信を持てって」
「そう言う意味じゃ、無いのだけど」
 そんなかなでの呟きは、小さすぎて誰の耳にも届かない。
「でもさ、かなで」
「なに?」
「なんで今から着ているんだ? そのプール、更衣室あるんだろ?」
「……忘れていたわ」
 本当に忘れていたらしい。日向や直井は気付いていないようであったが、かなでのその声には若干の照れが含まれていた。

「すげぇ……」
 その巨大な空間に辿り着いて、音無は息を呑んだ。
 自室に戻ってみたら当然のように支給されていた水着を持って、四人で向かった先――地下体育館の、大深度プール前である。
 プールも常識はずれの大きさであったが、そのプールに付属するかなり高い飛び込み台などのおかげで、プールのある部屋そのものがかなりの広さを誇っていたのであった。
「こんなとこも、あるんだな……」
「すげえだろ」
 感嘆する音無に、日向がそう言う。
 あえて似たような場所を例えるとするなら、過日自爆により崩壊したギルド本部であろうか。
 だがあちらが自然の岩を掘削して作られたものであることに対して、こちらの地下体育館は、鉄筋コンクリートの柱で整然と構成された巨大な空間であった。そのため、どこか無機質というか、機械的な印象を受けるのである。
「俺達が、一番乗りか」
「そのようですね、音無さん」
 既に現場に入っているからなのだろう、音無の背後に気を配りながら、直井がそう答える。
「まぁゆりっぺのことだから、こうやってだべっている間にも――」
 そう日向が言い終わる前に、プールの入り口にある重い扉がゆっくりと開き――、
「あら、音無君? それに日向君に直井君もいるじゃないの」
 噂をすれば、影であった。
「まったくもう、どこにも居ないと思ったら何先回りしているのよ」
「いやまぁ、ちょっとな」
 そこで、ゆりの背後からユイがひょこっと顔を出して、
「ま、まさか男同士のドキッ、真夏の水泳大会~ぽろりもあるよ!~ですかっ!?」
「んなわけあるかい」
 妙に顔が赤いユイの頭を小突いて、日向。
「まぁとりあえず全員が揃ったわね。それじゃまずそこの更衣室で各自水着に着替えてきて。それが済んだら機材をプールサイドに設置。ミーティングを始めるわよ。竹山君、セッティングの指揮は貴方がお願い。それと音無君」
「なんだ?」
「かな――天使は、居る?」
「居るも何も――」
「呼んだ?」
 音無の背中から、先程のユイのようにひょっこりと顔を出して、かなで。
「あら、居たのね……っていうか何でもう水着を着ているの?」
「――ちょっとした手違いよ」
 そう言うかなでの声は、ほんの僅かに上擦っていた。おそらく、恥ずかしかったのであろう。

 更衣室は、贅沢なことにシャワールームを兼ねた個室型であった。
「無駄なところで金がかかってるなぁ」
 プールそのものには何が居るかわからないため、微妙に距離を取ってからプールサイドに腰を下ろし、音無は思ったことを口に出していた。生前に、此処まで豪勢な施設を使った憶えがなかったためである。
「別にいいじゃん。おかげで俺達快適だしさ」
 いつの間にか着替え終えた日向が、音無の隣に座ってそう言った。
「にしてもなんだ、普通の海パンか」
「他に何があるんだよ」
「いやぁ、ゆりっぺかかなでちゃんをハートキャッチしちゃうセクシーなのを着るかなってな」
「馬鹿言うな」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ」
「そう言う日向こそ、俺と同じ海パンじゃないか。ユイに格好良いところ見せなくていいのか?」
「例えば?」
「褌とか」
「引かれるだろっ」
「お互い様さ」
 そう言って、ふたりで笑いあう。
「んじゃ直井はどうよ」
「……難しいな」
「普通の海パンは庶民のものだとか言って着そうにないよな。無難なところで競泳用のブーメランか、古風が良いって褌――」
「なわけあるかっ!」
 後ろから思いっきり日向の頭をどつく、直井。
「な。直井……」
 その水着姿に、思わず息を飲む音無。
「ああ音無さん済みません、少し取り乱してしまいました。それにしても残念、お揃いというわけにはいきませんでしたか」
「あ、まぁ確かに」
「……お前のはねぇよ」
 本気で殴られて痛かったらしい。頭を抱えてのたうち回っていた日向がぼそりとそう言う。
「――なんだと?」
「だってそれ、全身タイツじゃん」
「どこがだ。これは最先端の競泳水着。まさに僕や音無さんにふさわしいものだ」
 正確には、ノースリーブで上半身と下半身を膝上までぴっちりと覆ったボディスパッツに見える。
「それに――」
「それに?」
「全身タイツというのは、ああいうのだろう」
「「……ああ」」
 音無と日向の声が、期せずして重なった。
 直井の指さす先には、更衣室から出てきたTKがいたのだ。その、手首から足首まで覆っている赤と白の縞模様は、間違いなく全身タイツと言って良い。
「わかったか。僕のがうけ狙いのそれではなく、非常にシステマティックなものであるということが」
「ああ、それには異議はないけど……」
 日向の代わりに、音無がそう答える。
「俺と日向はお揃いってことになるな」
 次の瞬間、直井の周りの空気が凍り付くと同時に日向の周りが一気に熱を帯び、
「いやっほーう!」
「し、しまったぁぁぁ!」
 本気で喜ぶ日向と、本気で悔しがる直井でった。
「何やってるのよ、あんた達――」
 そこへ、更衣室から出てきたゆりが、呆れた様子でそう言う。身を包む、紫色の競泳水着が、なかなかに映えていた。
「副生徒会長との男の勝負に、勝ったのさ」
 無駄に髪をかき上げて、日向がそう言う。
「ごめん、意味わからない」
「ああ、意味がわからなくて良いと思う……」
 多少頭が痛い音無である。
「そういえば音無君、天使は?」
「え? 一緒じゃなかったのか?」
「もう着替えているのに更衣室に連れ込んでどうするのよ。あたしにその気はないわよ」
「ゆりにその気あったら困るよ。割と本気で」
 まったくである。
「音無、かなでちゃんみつけたぞ。あんなところに居る」
 日向が指さす先――プールを挟んで反対側を見ると、確かにかなでが膝を片手で抱えて座っている。
 肩をすくめてゆりと音無が迎えに行くと、かなでは空いていた方の手にわざわざガードスキル『ハンドソニック』を展開し、プールサイドのコンクリートを削っていた。文面は――。
『ここで着替えれば良かったここで着替えれば良かったここで着替えれば良かった』
 今丁度、三度目の『た』を書き終えたところであった。
「さ、さぁ。ミーティング始めるわよ?」
「お、おう。かなでも一緒にどうだ?」
「……行くわ」
 わりと寂しがり屋なんじゃないかと音無とゆりである。

 そんなわけで、プールサイドでのミーティングが始まった。日向曰く、現地でのミーティング、それもかなでを含めてのものはSSSでも初めてのことらしい。
「これで全員か、ゆり」
 音無がそう訊くと、ゆりは首を横に振って、
「まだよ、今回はギルドから荷物が届くから」
「荷物って?」
「水中用の装備よ。用意してきたみたいだから言っておくけど、雨くらいならともかく水中じゃ普通の銃は使えないわよ?」
「そ、そうなのか……」
 銃の扱いには大分慣れてはきたが、その運用にまではまだ気が回らない音無である。
「ああ、揃っていたか」
 そこへ、ゆりが言っていたギルドが到着した。
「待っていたわ、チャー。お疲れさま」
 台車の上に並べられたガンケースに目を細め、ゆりがそう労う。
「音無君。ほら、これ。水中銃」
 そう呼ばれて、ゆりから通常の銃より一回り大きく、ずんぐりとしたものを受け取る音無。
「見た目と違って、通常の銃より装弾数少ないから気を付けてね。後、引き金も重くなっているからそのつもりで」
「了解」
 手袋か何かを着用すること前提で作ってあるのだろう。通常よりトリガーガードが大きくなっているその銃をチェックしながら、音無。
「さてと、それじゃミーティングを――」
「ああ、待ってくれ」
 水着姿のまま、頭にいつものベレー帽を被ったゆりを制したのは、チャーであった。
「水中の専門家も連れてきた。何でも、気になることがあるそうだ」
「専門家?」
「そうだ。おい、入ってくれ」
 そうチャーに呼ばれて、ギルドに所属しているひとりの男が皆の前に現れる。
「お前は――」
 普段のハルバートだと水の中では重すぎるので、自主的に銛に持ち変えた海パン姿の野田が声を上げた。
「よう、久しぶりだな」
 その男の一声に、SSSの男性陣が一斉に声を上げる。
「フィッシュ斉藤!」
 そう。彼こそがギルド一、いやSSS一の釣り人、フィッシュ斉藤であった。
「早速で悪いが、こいつを見てくれ」
 そう言って、フィッシュ斉藤が各位に渡した書類に目を通すゆり。
「これは――」
「校外の河底から不自然な穴が校舎の方に伸びていますね。その延長線上に、例の地下プールが該当しているようです」
 と、早くも情報をとりまとめた遊佐が補足する。
「ところでゆりっぺさん」
「なに?」
「私が着替える意味、あるんでしょうか」
 そう、遊佐は黒い競泳水着に身を包んでいた。僅かにある光沢が、淡い髪の色とあいまって美しく映えている。
「どくし――いざというときのバックアップよ」
「……了解しました」
「いまゆり、何て言いかけた?」
「さぁ、なんかよくわからなかったけど」
 何かが引っかかってそう訊く音無に、日向が肩を竦めて答える。
「『どくし』まで聞き取れました。毒殺か、あるいは独身であることをアピールしろということなんでしょう」
 得意気に直井が言う。
「意味わからねぇよ」
「遊佐ちゃんが若奥様だったら色々問題あるだろーが」
 意外とファン多いんだぞ、と日向。
「はいそこ、無駄なお喋りをしない!」
 そこへゆりの叱責が飛ぶ。
「続けて頂戴」
「ああ……」
 資料片手に、フィッシュ斉藤は続ける。何でも、河の主のケン属がいるかもしれないと調査していたところ、岸壁が穿たれて造られた地下水路を発見したのだという。そしてその行き先は――。
「竹山さんの分析チームから確認できたと連絡がありました。エコーをかけた結果、河からの地下水路は間違いなくここ、大深度プールと繋がっています」
 と、水着姿のままインカムを装着した遊佐がそう報告する。
「やはり、何か居るようね」
 腕を組んで、ゆり。
「その件だが、プールなのだから明かりを点けれて確認すればいいのではないか?」
 当然といえば当然の質問を、旧スクール水着に身を包んだ椎名(ご丁寧に、『しいな』とかかれたゼッケンを縫い付けていた)が、そう指摘する。
「現時点で、大深度プール周りの電源はすべてONになっています。電気的には」
 と、その質問に答える遊佐。
「いや、しかし……」
 椎名がプールの水面を見る。
「暗いわね」
 そしてその後を継ぐように、ゆりがそう言った。天井からの明かりである程度は見えるが、数メートルも深くなるとその先はもう見えなくなっている。
「はい。本来底部にも照明があるんですが、故障しています」
「プールの水、抜いちまえば?」
 と、海パン姿の藤巻。普段は銃と刀の両方を扱う彼であったが、今回は野田に倣って水中銃と銛を装備していた。
「駄目です。循環系はやられていませんが、排水装置の類は壊されているようですので」
 と、遊佐。
「敵だとすれば、用意周到だな」
 何故か褌姿の松下が、ため息混じりにそう言った。
「勝てるのかな。岩盤削っちゃうような相手に」
 競泳水着を身につけた大山が不安そうにそう続ける。
「勝てるわよ。そのために準備をしたんだもの」
 不適な笑みを浮かべて、ゆり。
「作戦としてはまず河との接続地点を確保。それを背後にプールの中にいる何かを退治する――これでいいわね。何か質問は?」
「はい!」
 手を挙げたのは、ピンク色のビキニに身を包んだユイであった。
「このバズーカ砲みたいなの、一体何なんですか?」
 ユイが指さす先には、まだ誰にも支給されていない、金属で出来た1メートルほどの巨大な筒状の物体が四本、大型のガンケースに納めされていた。
「サウンドブラスターよ」
 あくまで簡潔に、ゆりがそう答える。
「そのサウンドブラスターって、何なんですか?」
 ユイに代わって、ラベンダーのビキニ姿の入江が訊く。
「体良く言えば、音響兵器よ」
「音響兵器?」
「そう。サウンドブラスター一丁毎に貴方達の演奏データが入っている。それを一定時間の一カ所に集中させると、爆発的共鳴を起こして――ってわけ」
 右の掌を爆発するように開いて、ゆり。
「そんなもん撃っちゃって、持っている方は大丈夫なのかな」
 と、レモンイエローのビキニを身につけた関根が呟く。
「一カ所に集中させるっていうところがみそなのよ。それがないとただうるさいだけだから。まぁ、相手をある程度行動不能にすることはできるけどね」
「で、そのサウンドブラスターって言うバズーカ砲、誰が持つんです?」
 どうも、バズーカ砲という単語が気に入ったらしい。再びユイが挙手して、そう訊く。
「あなたたち、ガルデモよ」
 あっさりと、ゆり。
「――はい?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 そのまま固まってしまったユイを押し退けるようにして抗議したのは、ガルデモのサブリーダー(リーダーであった岩沢が不在のため、実質的なリーダー)であるひさ子であった。今はダークブラウンのビキニに身を包んでいる。
「あたしらは陽動部隊だろ? 演奏するならともかく、何で攻撃部隊に組み込まれるんだよ」
「護衛の人数が足りないのよ」
 と、ゆりは淡々とした様子で答える。
「見ての通り、今回の主力兵器であるサウンドブラスターは一般の水中銃より大きく重い。威力は段違いなんだけど、私達SSSの主力が持つとどうしても機動力の低下を招いてしまうの」
「だから、普段は戦力外のあたしらが持って、いつものメンバーが護衛に回るってことか」
 両手を腰に当ててため息をつき、ひさ子。
「そう。それにサウンドブラスターも丁度四丁あるしね」
 水中用の楽器だと思えばいいのよ、とゆり。
「OK、引き受けるよ。でも今回っきりだって、約束してくれよな」
「約束は出来ないけど、SSSのリーダーとして努力するわ」
 と、ゆり。
「さて、他に質問はない?」
「はーい、ガルデモのみなさんに質問でーす」
 多少やる気が無さそうに、日向がそう言う。
「なんでお前達だけ、ビキニなの?」
「あれ、意識しちゃいました?」
 復活したユイが悪戯っぽい笑みを浮かべて、にじり寄りつつそう言う。
「い、意識なんてしてねぇよ、ちょっと気になっただけだっつの!」
「本当かなー、もしかして、あたしの水着姿に欲情しちゃたんじゃ……」
「ちげええええっ!」
 全力で否定する日向。が、その顔は赤かった。
「あさはかなり――!」
 そんな日向の真意を見抜いたかのように、椎名がそう呟く。
「ちなみにこれ、今度のサマーライブの衣装だったりします」
 日向先輩でこれならステージではばっちしですなっ! とユイ。
「な、なんだって――!?」
 一斉に吠える、男性陣。
「制服の中に着込んで、ライブ中にスモーク焚いたら服だけ脱ぐってアイデアなんです」
 そう説明する入江に、
「視覚効果、抜群だよね」
 と、関根が追補する。
「あたしは反対だったんだけどね。アイドルグループじゃないんだからさ」
 ちょっと不満そうに、ひさ子。
「その話はまた今度にしましょ。なんだったらバックダンサーにウォーターボーイズSSSとか言って水着姿の男子を投入しても良いから」
「よくねーよ!」
「やらねーよ!」
「シンクロナイズドスイミンッ!」
 音無と日向とTKがそう叫ぶ。
「はいはい。これ以上話を混ぜっ返しでもしない限り、そういうことはさせないわよ」
「そうなの……」
 そこで何故か、かなでが食いついてきた。
「見たかったわ。結弦のシンクロナイズドスイミング」
「……え」
「おとなーし! その気になるんじゃないっ」
「そうですよ音無さんっ! どうせだったら僕だけに見せてくださいっ!」
「お前だけに見せられるかっ! 俺だって見たい!」
「いい加減にしろーっ!」
 遂にゆりの堪忍袋の緒が切れた。
「このプールより広いあたしの心も、ここらが我慢の限界よっ!」
「ゆりっぺ、それ結構狭い方じゃ――」
「ぃやかましわっ! さっさと準備体操! それが終わったらさっさと入水!」
「死んでどうする」
「っていうかもう死んでるよね」
「そう……」
 本当に怒髪天を衝いているらしい。ゆりはサウンドブラスターを二丁同時に構えると、
「貴方達、折角だし試射につきあわない?」
「――さて、準備体操始めようか」
「此処だと機材があって狭いから、ちょっと開けたところに行こうぜ、音無」
「あ、あっち側のプールサイドなんてどうです先輩方」
「良し行こうすぐ行こう」
「あ、こら、待ちなさいよっ!」
「シンクロ――」
「かえでちゃん、音無その気になるからもういいって」
「かえでって誰だよ、かなでだろ」
「いけね」
「過去の女ですかっ! 過去の女ですねっ!」
 サウンドブラスターをしまったゆりを含めて、一同ぞろぞろと移動を開始する。
「……おい高松、貴様いつまでポージングを取っている」
 いや、一同ではなかった。皆が去った後だというのに高松が無駄に逞しい筋肉を誇示しており、その眉間に、野田が銛を突きつけている。さらにそれを、所謂ヤンキー座りで藤巻が黙って見ていた。
「いえなに、ようやく下も脱ぐことが出来ましたので、皆さんの期待に応えようと……」
「誰も期待してねーよ」
 と、黒のブーメランを着込んでポージングを取る高松に藤巻が突っ込みを入れる。
「下らん、行くぞ」
「そう言わずに。どうです? この僧帽筋!」
「だからみてねーよ」

「準備体操終わりっと。身体がほぐれていない子は各自でストレッチしておいてね」
 準備体操に使ったラジオ体操を終えた後、最後に大きな伸びをして、ゆりはそう言った。。
「ほぐれてないってことは無いと思うぞ。ひとりで2セットやった奴も居るし……」
 言うまでもなくTKである。彼は二倍速で二回、ラジオ体操を見事にこなしていたのであった。
「それじゃ、はいこれ」
 音無をはじめとして、各員にゆりはライターほどの大きさの物を配って回る。
「なんだこれ。マウスピース?」
「ギルド謹製、超小型ボンベよ。あまり長い時間は使えないけどね」
 自らくわえて見せて、ゆり。
「おっと。これ、かな――天使用ね」
「ああ、ありがとうゆり。かなで、ほらこれ」
 音無が超小型ボンベを渡そうとすると、かなでは首を振って、
「ううん、要らないわ」
「え、でもどうやって……」
 水の中で息をするんだ? という音無の疑問に、かなでは短めの深呼吸をひとつすると、
「ガードスキル『ディストーション・タイプT』」
 途端、かなでが一瞬虹色の光に包まれた。
「これで、水中での呼吸も問題無いわ」
「ディストーションって、防御用だったよな」
「そうよ。タイプTは対環境防御。呼吸が出来ないところでも平気になったりするの」
「なるほど。ちなみにタイプTのTって何だ?」
「テキオー灯の、Tよ」
「て、テキオー灯?」
「そう、テキオー灯」
「な、なるほど……」
 思わぬ引用元に、未来の世界の猫型ロボットも吃驚であった。
「なんだかよくわからないけど、とにかく良しよね。準備はいい?」
 そんな音無達を腕を組んで見つめていたゆりが訊く。
「あ、ああ。OKだ」
 音無をはじめ、他のメンツが頷く。
「それじゃ、オペレーション・スタート!」
 ゆりによる号令の許、連絡役の遊佐、機器管制の竹山、ギルドの面々、及び泳げない藤巻を残して、SSSのメンバー全員がプールに入る。
 数メートル進んだところで、防水加工された無線機から連絡が入った。
『こちら遊佐、聞こえますか?』
「こちらゆり、感度良好」
『河から伸びている地下水路の終点は、みなさんの居る位置から東北に十五メートルです』
「了解。そこまで着いたら潜行を開始する。水底に着いたらこちらから連絡を入れるわ。何かあったら報告よろしく」
『了解しました。御武運を』
「ありがとう。みんな聞いて、進路を十一時の方向に修正。十五メートル進んだところで潜行開始よ」
「了解!」
 数名がそう答え、残りのメンバーが黙った頷く。
「ゆりっぺ、ポイントに到着だ」
 1分ほど泳いだところで、日向がそう報告した。
 ゆりが制止の合図を出し、皆はその場で立ち泳ぎになる。
「OK、総員マイクロボンベ着用。サウンドブラスターのフロートをパージ!」
 ゆりの指示で梱包するように取り付けられていた発泡スチロール製の浮きが外される。
「のわっ」
 そんな声を上げて、ユイが水の中に沈んだ。例の何者かに足を引っ張られたのではない。担いでいるサウンドブラスターの重みで自然と沈んだのである。
「残りのメンバーは、曳航したビート板から重りを取って潜行を始めて頂戴」
 男子の有志が引っ張っていたビート板にある重りを手にとって、各自で潜行を始めるSSSの面々。
「音無君、かな――天使は?」
「あそこで泳いでる」
 音無の指さす先には、両足を揃えて扇状のハンドソニック――いや、この場合はレッグソニックと言うべきか――展開し、イルカや鯨のような海洋哺乳類のように水の中を進んでいるかなでの姿があった。
「人魚みたいね」
「ああ、そう思う」
「頼んだら、貝殻のブラ着けてくれるんじゃない?」
「な、なに言ってんだお前っ」
「ふふっ、冗談よ」
 ふっと年頃の笑みを浮かべて、ゆり。
「配置につくぞ」
「うん、お願い」
 サウンドブラスターを装備したガルデモを中心に、球状の配置を敷く。
 前後左右にそれぞれ、松下とTK、高松と大山、野田、椎名。注意すべき水底側に音無、日向、直井、そして水面側に指令塔であるゆりが付き、全体に睨みを利かせる。
 そして独立した形で少し離れた箇所から、かなでが適度に周回していた。
 そのかなでをはじめとして、皆ばらばらの泳ぎ方であったが、不思議と統率は取れていた。多くは学校で習った普通の泳ぎ方であったが、古式泳法であったり、
「センリツノ……ScrewDriver!」
 と叫びつつ全身を回転させながら先行している者もいる。言うまでもなく、TKであった。
「人間スクリューみたいだな」
「みたいっていうか、そのままだな」
 と、音無と日向。
「目、回らないんですかね」
 ユイがそんなことを言う。
「……いや、回ったみたいだ」
「Oh……」
 ややあって、やや先行していたTKが浮かんできた。その手首をパーートナーの松下が引っ張って、元の位置に戻している。
「アホですね」
「「ああ、アホだな……」」
 認めざるを得ない音無と日向であった。
「ところでゆりっぺ」
「なに? 日向君」
「そろそろ暗くなってけどさ、明かりの類はどうする?」
 上を見上げると、ゆりの脚が丸見えになってしまうため、わざと視線をずらして、日向。
「そうね……もう少ししたら水底に向けて照明弾ってとこかしら。早すぎるとこっちが着く前に明かりが消えちゃうし、それに向こうにも位置がわかっちゃうからね」
「なるほどな」
「でもその『向こう』ってのは、一体何なんだろうね」
 と、ひさ子。
「お、お化けじゃないよね?」
「毎度言ってるけどみんな死んでるんだから心配ないって」
 怯える入り江を関根が慰める。
 ふと、そこで――。
 直井が、片手を挙げた。
「おい、何か水の流れが――」
 いち早く反応したのは、ゆりであった。
「迎撃準備! 何か来るわよっ!」
 即座に先行していた日向と直井が進行方向に水中銃を向ける。次の瞬間には野田や椎名、TKや松下などの熟練者、一歩遅れて大山、高松、そして音無が動き、大幅に遅れてガルデモがサウンドブラスターを構える。
「……何も居ないようだが」
「油断しちゃ駄目!」
 銃を下ろしかけた音無を、ゆりが叱り飛ばしたときである。
 目の前の闇から、大きな影が躍り出た。
 闇を背にしているため姿形が全くわからない『それ』は、一瞬とはいえ気を緩めた音無に殺到する。
「音――」
「――無さんっ」
 そんな音無をかばうように日向と直井が動くが、間に合わない。
 代わりにただひとり間に合ったのは――かなでであった。
 水面方面から急速潜行したかなでは、音無を突き飛ばして影の突撃進路から弾き出したのである。だが、当然ながら突進してきた影には経路上のかなでを避ける義務も、義理も無い。
 結果として、かなでは音無の身代わりになる形で、影に弾き飛ばされたのであった。
「あーれー……」
 ほの暗い水底に消えるかなで。
「かなで――っ!」
 真剣に叫ぶ音無であるが……。
「今さ、かなでちゃんすっげえノリノリじゃなかったか?」
 なんか、主人公の盾になって犠牲になるヒロインみたいな貌だったぞ、と日向。
「あいつ、意外とそういうとこあるんだよな……」
 美味しいポジション取りやがって、羨ましい……と直井。
「くそっ!」
 前方に向けて、水中銃を撃つ音無。
「やめなさい音無君っ! そんなんじゃ当たるわけ無いでしょっ。照明弾!」
「心得た!」
 ゆりの号令で、松下が照明弾を放つ。
 途端ほの暗くなっていた周囲と、闇に覆われていた進行方向――真下の部分――が、急激に明るくなった。
 そして同時に、『それ』の正体が明らかになる。
「……遊佐ちゃん」
 それを目にし、絶句しながらも、ゆり。
『こちらでも捕らえました。相手は全長6~7メートル程の――』
 いちいち言われなくてもわかっている。今この場にいるSSSのメンバー全員がそれを目にしているのだ。
 だが、それでも認めがたいものであった。
 なにせ、相手は――。
『タコです』
「なんでタコが淡水に!?」
 聞いたことがないよっ、と大山が叫ぶ。
『河の主が居る時点で、もうなんでもありかと』
 もっともな話であった。
「また来るぞっ!」
 早くも冷静さを取り戻した音無。
「えっとなんて言うんだっけ……散開!」
「しちゃ駄目!」
 必死になって考えたのだろう。ユイがそう叫んだが、即座にゆりが注意する。
「散っちゃ駄目! 機動力が無いのに散開したら各個撃破されちゃう! 背中を合わせて防御して!」
 だが、ガルデモの動きは遅かった。普段から戦い慣れていないため、ユイの指示とゆりの指示のどちらを聞くべきか悩んでしまったのである。
 それが、彼女たちにとって取り返しのつかない事態を招いてしまった。
「来るぞっ! 避けろっ!」
 音無が再びそう叫ぶ。
 照明弾によりわかったことであるが、先程かなでに浴びせた一撃は頭からのものであった。だが今度は衝突する直前で反転、その八本足をこちらに伸ばしたのである。
「回避っ」
 自らにきたタコ足を避けながら、ゆりが叫ぶ。
 ……だが、繰り返しになるがガルデモは戦い慣れていなかった。結果――。
「ぎゃああああっ!」
「こ、このやろっ」
「いやーっ! ぬるぬるするーっ!」
「ちょっ、水着の隙間に入ってこないでーっ!」
 壮絶な光景であった。
「ぐにゃあああ!」
「「ユイ!?」」
 尋常ならざるユイの悲鳴に音無と日向が反応する。
 遅れて野田達の攻撃が始まり、タコは進行してきたルートから離脱、照明の届かない闇に引きこもる。
「どうした、何処をやられた!?」
 ガルデモのメンバー全員が健在であったが、ユイのみ身体を丸めていた。
「……ユイ……ユイさん?」
 心配そうにユイを見つめていた日向の貌が突如として赤くなった。水の流れでユイの髪が浮き上がったときに、背中が丸出しであることに気付いたのである。それは、つまり。
「水着の上返せやこのエロダコがああああっ!」
 そういうことである。
「馬鹿、暴れるなユイ! 他の野郎どもに見えちゃうだろ!」
 幸い、前髪に隠れて肝心なところは見えなかった。
「おんどりゃー! 乙女の秘密をこじ開けようとしやがってー! こちとらそう易々と秘密の双丘を晒すわけにはいかないんじゃあ!」
「どういう例えだよ」
 視線をユイからそらせつつ、音無がそう突っ込む。
「日向……」
「ああ、わかってるよ音無。任せな」
 (水中ながらも)咳払いをひとつすると、日向はさりげなくユイに近付き、
「うりゃー」
「ほぎゃ!?」
 日向が軽く脇腹をくすぐり、それに反応してユイが背筋を伸ばす。
「よーしよしよし、大人しくしていろよ。音無じゃないぞ、大人しくだぞ」
「つまんないですよそれ! っていうか、何後ろから密着してんですかっ! 揉む気か! 揉む気なんですかーっ!」
「んなわけあるかっ。後ろからじゃないと見えちまうだろが!」
「いやーっ! 揉まれるー! どうせだったらもっとムードのあるところが良かったのにーっ!!」
「落ち着けよ! わけわかんねえぞ!?」
 雰囲気が良ければいいという風に聞こえなくもない。というかそうとしか聞こえない。
「ほらよ、これでOKだ」
「……はれ? 先輩……?」
 日向がユイの胸に巻いたのは、細長い無地の布である。
「これって……」
「こんなこともあろうかと、手拭いを用意しておいたんだよ」
「本当に用意が良いな、お前……」
 呆れ半分、賞賛半分と言った感じで、音無。
「みんな気を付けて!」
 不意に頭上からゆりの声が飛んだ。
「第三波、来るわよ!」
 そう、皆が仲間を看ている中、ゆりはひとり索敵をしていたのである。
 このままでは先程の二の舞――であるはずだった。
 ……だが。
「行くぞおまえら!」
「応っ!」
 音無の号令に男子達が、
「あたし達も行きます!」
「了解っ!」
 そしてユイのかけ声にガルデモのメンバーが呼応する。
 明らかに、その動きが先程までと違っていた。
 今の騒動で、全員の士気が上がったのである。
 結果、タコは一度も突撃できず、再び闇の中に消えた。
「円陣を組んで!」
 ゆりの指示で、即座にガルデモを中心とした球状の陣を組むSSSの面々。
「どうする、早すぎて照準が合わないっ」
 ひさ子がそう叫ぶように言う。
「牽制の水中銃は何発か当たっているが、効果があるのかどうかわからないな」
 と、音無も報告する。するとゆりはひとつ頷いて、
「OK、それじゃあたしが囮になって相手の注意を引くわ」
 あっさりと、そう言った。
「それって――」
「まさか――!」
 関根と入江が悲壮な声を上げる。
「そうよ、あたしが八本足全部相手するわ」
 なんでもないように、ゆり。
「そんな、一本や二本であんなことになったのに……」
 入江の呟きにゆりは答えず、腰に着けていたポーチから銀色に輝く拳大のカプセルを取り出して見せた。
「なんだ、それ……」
 慎重に取り扱うゆりの手つきに物騒な気配を感じ取って、音無がそう訊く。
「超小型爆雷。本当はとどめ用に持ってきたんだけどね。だから大丈夫。たとえ素っ裸にされても刺し違えて見せるわ」
 安全装置を解除したのであろうか、カプセルに付いているLEDが緑色に発光した。それを確認してからゆりは爆雷をポーチに戻すと、小さな声で、
「音無君、日向君。あたしの欠片が浮いてきたら何処か適当なところに集めて元に戻るまで隠しておいて。流石に皆にはそんなもの見られたくないから」
 そんなことをいう。
「ゆり……」
「ゆりっぺ……」
「そんな貌しないの。大丈夫よ、脱出できるよう努力はするわ。だから心配しないで。ね?」
「ああ、わかったよ」
 笑顔でそう言われると、頷くしかない音無と日向であった。
「それじゃいくわよみんなっ!」
「おう!」
 球状の陣から、ゆりがひとり飛び出す。
 タコはそれに対し、目もくれずに――とはいかなかった。
「迷わずゆりを攻めた?」
 思わぬ反応に少し焦って、音無。
「僕らの指令塔だって理解したんですよ。タコはああ見えて頭が良いですから」
 と、直井。
「相手はおそらく一瞬で片を付けようとするはずです。どうします? 音無さん」
「――全力で攻めてもゆりがおそらく足止めをするはずだ。そこを狙って撃ってくれ」
「……了解しました」
 正しい判断ですよ、音無さん。直井はそう続ける。
 一方、そのゆりは、
「くっ!」
 まさか真っ直ぐやってくるとは思わなかった。
 だが、ある意味刺し違えるのには絶好の機会である。
 ゆりは両手で二丁の水中銃を構え、一斉射撃を開始。同時に一本目と二本目の足を回避に成功した。
 だが――、
「うあっ!」
 三本目は回避できず、身体を絡め取られてしまう。
「ここまでね――」
 銃を一丁捨て、爆雷のポーチに手を突っ込み、ゆり。
「後は頼んだわよ、音無君……」
 そのとき、視界の端で何かが光った。
「なにあれ……?」
 それは次の瞬間、一気に大きくなり――、
「光の……翼?」
 それそのものである。
 もちろん、そんなものが作れるのは、たったひとりしかいない。
「かなで!」
 爆雷の起爆を悲壮な貌で待っていた音無が、明るい声でそう叫んだ。
 そう、かなでが背中に光る翼を展開し、空を飛ぶ要領で水の中を高速で突っ込んできたのである。
「『ハンドソニック・バージョン2とバージョン3』……!」
 左手に展開したトライデント状のバージョン3でゆりに絡んだタコの足を突き刺し、右手に展開した切断力を増したバージョン2でそれを切り捨て、両足で蹴飛ばす。
「おまたせしてしまったわ」
 背中の翼を使って鮮やかなターンを披露し、ゆりの隣で停止して、かなで。
「……ありがとう、かなでちゃん」
「――どういたしまして、ゆり」
「綺麗よ、その光の翼」
「――ありがとう」
 かなでの出現に、タコの動きが僅かながら鈍った。
 そしてその期を逃す気など、音無にはさらさらない。
「今だ! 総員耳栓装備、及び地上との音声連絡封鎖! サウンドブラスター、一斉照射!」
「往生せいやあああっ!」
 ユイの咆吼を号令代わりに、サウンドブラスター全機が口火を切る。 銃口から大ダコへと到る直線が僅かに震え、大ダコが悶える。
「よし、これなら勝てる――!」
 音無達の方にかなでと一緒に戻りながら、ゆり。後は十分距離を置いて、腰のポーチにしまってある超小型爆雷を投擲――、
「って、あれ?」
 そのポーチが無い。当たり前だが、その中にあった超小型爆雷も無い。
「あーっ!」
 見れば、かなでが切り落とした蛸の足に、ポーチが引っかかっていた。そしてその切り取られた足がサウンドブラスターの照射域に入る。無論、一緒に爆雷も。
「ストップ! 照射ストッープっ!」
 遅かった。
 真っ白い閃光と、無差別かつ強烈な水圧が押し寄せる。

■ ■ ■

「大丈夫かな、あいつら」
 と、銛を肩に担いで、ヤンキー座りのまま藤巻。
「僕の計算ではそろそろ片がついているはずですが」
 ノートパソコンの画面から目を離さずに、竹山がそう答える。
「その割には、通信がまだ復帰しませんね――」
 遊佐が言い切る前に、すさまじい水柱が上がった。
「なんだこりゃあ!?」
「水中で超小型爆雷を使用したんでしょう」
 慌てふためく藤巻とは対照的に、竹山がそう言う。だがそのポーカーフェイスもそこまでで、水滴が雨のようにプールサイドへ降り注いだ途端、
「って僕のPCがぁっ!」
「水着を着ていて正解でしたね」
 血相を変えて自分のモバイルを庇う竹山に対して、特に庇う様子もなく、ただ濡れるがままに遊佐。
「あいつら、やったみたいだな……!」
 前歯を輝かせ、無駄に良い笑顔でフィッシュ斉藤がそう言う。
「それはもう、ゆりっぺさん達ですから」
 珍しいことに口の端に笑みを浮かべ、遊佐。そしてそのままボンベのものとおぼしき水泡が浮かびでてきた水際まで歩み寄ると、
「皆さん、おかえりな――」
 珍しいことに、遊佐が途中で言葉を飲み込んだ。
 まぁ、無理もないことである。
 ぷかり、ぷかりとSSSのメンバーが浮いてきたからだ。
「おいおい、これじゃまるで――」
 ずっと黙っていたチャーが思わず呟く。
「――ダイナマイト漁?」
 遊佐の例えに、誰も否定しなかった。
 最後に、水中から華麗に飛び出したかなでが空中で一回転し、プールサイドに優雅に着地する。

■ ■ ■

「なんで、俺達まで爆発したんだ……?」
 遊佐達から渡されたバスタオルに身をくるんで、音無はそう呟いた。

「ごめん、爆雷落としちゃったのよ……」
 同じような格好で、ゆりがそう謝る。
「誘爆したっつうことかい……」
 バスタオルを羽織らず、頭に被って、日向。
「でも良かったですね音無さん。蛸の奴が盾になったんで、僕達はほとんど無傷ですよ」
 と、バスタオルを尻に敷き、額に張り付いた前髪を払いのけながら、直井。
「みんなが無事で、よかったわ」
 最後に、翼をしまったかなでがそう呟いた。
「ああ……たしかに」
 バスタオルの前を合わせ直しながら、音無。視線の先では、ガルデモの面々が背中合わせになってバスタオルを羽織っており、
「か、身体中が痛い……痛覚があるだけましだけど、痛い……」
「やっぱあたしらは陽動が肌に合ってるね」
 と、ユイの愚痴に、ひさ子。
「異議なーし……」
「っていうか疲れた……普段のライブよりずっと疲れた……」
 少しずれてしまっている水着も直さずに、関根と入江。それだけ、疲れているのだろう。
 だが、残りの面々はというと至って元気で、
「……で。どうするんの、これ」
 いい感じに赤くなったタコを水面から引き上げつつ、大山が松下にそう訊いている。
「まるまる残っているからイカめしの要領で超巨大蛸飯が作れるな。どうする?」
「食い切れねぇだろそれ。あとイカならともかくタコだと微妙に不気味じゃね?」
 と、同じ作業をしながら、松下と藤巻。
 野田や高松、椎名も黙って作業を続けている。そしてタコの上で何故かTKが踊っていた。どうも、狩りが成功したときの神聖な踊りを踊っているらしい。
「……なぁゆり。あれだけどさ」
「なぁに? また炊き出しでも始める気? 音無君」
「そうだな、今度はたこ焼きの屋台でもはじめよう。後はたこ飯、煮だこ、酢蛸にたこ刺し……後はたこわさ?」
「たこわさ!?」
 何故かそこでかなでが反応した。
「かなではたこわさが良いのか?」
「ええ。だって食べたことないんだもの」
「食べたこと無いって?」
「刺激の強い食べ物は駄目だったから。麻婆豆腐とか」
「……? 苦手だったのか?」
「ううん、そう言う意味じゃないわ」
「ふぅん……まぁ、いいか」
「この季節だから、冷たい麦茶によく合うわ」
「……麦茶ね」
 ビール、或いは麦の焼酎でもよく合うであろう――と、大人であれば言うのだろうか。
「たこわさっわこわさっ――」
「ずいぶんノリノリだな、かなでちゃん」
「いいことじゃないか」
「微妙に趣味が渋いんですよね。あいつ」
 少し呆れた様子で、直井。
「それじゃ、運ぶか」
 バスタオルを横に置いて、背伸びをしつつそう言う音無。
「おう、任せな!」
 フィッシュ斉藤が親指を立てて応える。

 かくして、校舎地下体育館の大深度プールに潜む怪物は無事退治され、隠れた憩いの場に平穏が戻った。
 そしてそれから数日間、たこ焼きをメインとする蛸料理専門屋台『SSS』(酒の 肴に 最適です)が臨時営業を始め、前回の炊き出しと同じく好評を得ることになる。そこで、またかなで絡みのひと悶着が起こるのだが……それはまた、別の話。

Fin.

「なぁ、かなで」
「なに? 結弦」
「たこわさが麦茶にあうって言ったとき、お前ちょっとだけ噛んだよな。本当はなんて言おうとしたんだ?」
「……誰にも、言わない?」
「ああ。約束するよ」
「――よ」
「……へ?」
「麻婆豆腐よ。わさびと唐辛子が程良くマッチするの」
「……へ、へぇ……そうなんだ……」

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