『クリスマスイブ、イブ』(2000.12.23)

「リクエストその一、アイスケーキ……栞か。その二、たい焼きケーキ……あゆだな、その三、七面鳥入り肉まん……その四、七面鳥入り牛丼――って、ああもう!」
 メモを地面に叩きつけんばかりに、祐一は嘆いた。
「どうして俺の周りにいるやつらは、こうわかりやすいんだ!?」
「大変だね、祐一」
 従姉妹で幼なじみの名雪が隣を歩きながら笑っていた。わかりやすさにかけては、前出の四人に勝るとも劣らないはずである。
 クリスマスイブの前日。昼。今、二人は駅に近い商店街にいる。今年のクリスマスは、普段の面子が水瀬家で集まって一騒ぎすることになり、祐一と名雪はその買い出し中なのである。

「あのな、あると思うか?こんなリクエスト」
「うーん、栞ちゃんのアイスケーキならありそうだよ」
「できればバニラアイスだけで出来ているものって書いてあるんだが」
「……それは難しいね」
「まあいいや、大体クリスマスなんだから、ブッシュ・ド・ノエルでいいだろ」
「イチゴとイチゴジャムとイチゴクリームで出来たケーキはないかな?祐一」
「あるかっ」
 北川と香里、それに佐祐理が妙なリクエストを出さないのが、救いといえば救いであった。
「あとは……酒か」
「シャンパンだよ」
「そうとも言うな」
「シャンパン以外にないよ……」
「まあ、いいや、あゆとか真琴とかにアルコール飲ませたら何するかわからないからな。シャンメリーとソレっぽいジュース、後……」
 本人達が聞いたら憤慨することは必至なのだが、ほぼ確定事項とあっては仕方がない。
「ふむ、結構色々あるな」
「そうだね」
 勘で選んだ(ということにしている)酒屋は、大きな棚がいくつかある、結構本格的な店であった。シャンパンのコーナーを二人並んで眺める。
「こういうのはしっかりと選ばないとな。どれどれ……ふむふむ……」
「祐一、そっちは日本酒のほう」
「うぐっ」
 気が付いたらシャンパンの棚からかなりずれた位置にいた祐一。すでに洋酒のコーナーすら越えていた。
「まだ高校生なのに……」
「いや、その、なにだ。料理の隠し味にいいんだ。ポン酒は」
「料理酒があるのに?」
「……うぐぅ」

■ ■ ■

「ハックシュン!」
「どうしたの、あゆ。風邪?」
「ううん?なんだろう、噂かな?」
「きっと祐一よ。この前だって真琴の悪口言ってたもん」

■ ■ ■

「きっと今頃あゆちゃん、くしゃみしているよ」
「もしそうなら大笑いだな」
 あゆは真琴、秋子と共に家の中の準備で忙しいはずである。
「まあいいや。とりあえず、普通のシャンパンと辛口の、それにあゆと真琴用、これでいいな」
「何か一本多い気がするけど……いいよ」
「よし、さっさとレジに持っていって、買い出し終わらせよう。行くぞ、名雪」
「うん」
 頷いて、祐一と一緒にレジに向かおうと振り向いた名雪の視界を、それは横切った。すぐさまそれを目で追い、捕捉する。周囲も彼女を良く知る人達も、そして本人すらも気付いていないが、名雪はこういったものへの反応は速い。
「――!」
 そして捕捉した対象は、
「なあ、やっぱ辛口もう一本駄目か?甘いとどうもあれでな。別に酒がおおっぴらに飲めるからって訳じゃないぞ――って名雪?」
 そんなものに気づきもしなかった祐一が振り向いたときには、名雪の影も形も見えなかった。

 灯台もと暗しとはよく言ったもので、元々居たシャンパンの棚に名雪は居た。5分ほど探し回った挙げ句のことである。季節が季節なため、多種多様なシャンパンが陳列される中、色々変わったボトルが置かれているコーナーで、名雪は立ちつくしていた。
「おい、名雪」
 まさかいきなり、隣にいた少女が消えて無くなるわけがないのだが、そこは名雪である。彼女の場合、万が一が百が一くらいになってしまうような気が祐一にはするのだ。まあ、結局は何事もなかったのだが、それはそれで何か一言は言いたくなる。
「あのな……」
「…………ねこ」
「――にゃに?」
 思わず、つられた祐一。
「ねこー」
 名雪がときめいていた。
「ねこーねこー」
 眩しいくらい、煌めく視線の先を見ると、猫の形をしたボトルのシャンパンである。結構細かい作りで、毛並みまで再現してあった。白猫で、しゃれたことに左耳にピアスをしている。
「ねこーねこーねこー」
「……お前は猫だったら置物だろうが、ボトルだろうが、何でもいいのか。名雪」
「だってねこだよー。ねこーねこーねこーねこー」
「わかった、わかった」
「ね、祐一、一本、一本だけでいいからっ!」
 そのコーナーは色々な猫のボトルが陳列されていた。一匹一匹が、それぞれ別の猫になっているようである。その猫ボトルから名雪を文字通り引き剥がすのは至難の業。値段の札をさっと見る。安いとは言えないが、それほど高くはない。
「わかったよ。それじゃ、そのシャンパン買っていくか?」
「本当に?」
 喜色満面の名雪。
「本当の本当に?」
 無表情というわけではない。だが、あまり感情の起伏が激しくない名雪が弾けそうな笑顔を見せていた。
「ああ、一本な。この白猫か?」
「うん、その白猫。綺麗でかわいいから。ねこーね――」
「わかった!わかったから止めろって」
 そう言っても聞きやしないので、直接名雪の口を手で封じる。むがむがと文句を言ったが、ねこねこ騒いでいたせいで、周りの客がこっちを見ていた。やや強行な手段に出たのは、そのせいでもある。
「んじゃ、買うか」
「うん」
「あ、ちょっと待て。俺一人でさっきの分と一緒に買ってくるから、店の外で待っていてくれ」
「うん?いいよ」
 少し疑問に思ったことがあったようだが、名雪はおとなしく店の外に出ていった。それを確認して祐一はきびすを返し、あの猫ボトルがいっぱいのコーナーに戻る。大事なことを忘れていたのだ。

 そして、数分後。
「待たせたな」
「ううん。そんなに時間かからなかったよ」
「そうか?まあいい、行くぞ」
「うん――あれ?」
 その時点になって名雪は祐一の持ち物の異常に気が付いた。手提げ袋が一つ多い。
「祐一、その袋は?」
「さっき買ったみんなの分だよ。みんなの分」
「その反対の方」
「これか?これはだな……」
 歩きながら器用に袋から包みを取り出す祐一」
「さっきの猫だよ。ほら、一足早いけど、クリスマスプレゼント」
 そういって、名雪に見せる。
「……ありがと、祐一」
「それと、誕生日のお祝い――な」
 その言葉に名雪は立ち止まった。
「――覚えてたの?」
「忘れるか」
 同じく立ち止まったが、そっぽを向いたままの祐一。『照れて』いる。
「本当にありがと。祐一」
「後な、秋子さんから聞いたんだ。名雪はいつもクリスマスプレゼントと誕生日プレゼント一緒にされて拗ねてるってな」
「お母さん……」
 思わず赤面する名雪。何もそこまで素直に話さなくても……である。
「だから、ほら」
 そういって、みんなの分からといっていた袋から別に包装されたボトルを取り出す祐一。どうも隠していたつもりらしい。その包装を少しといて一部分を名雪に見せる。
 それは、金色の瞳の、黒猫ボトルだった。今名雪の手にある白猫より一回り小さい、少し成長した子猫といったところか。
「かわいい……」
「もう一匹な。俺が気に入ったやつだけど。これが誕生日プレゼント」
「ねこ~」
「それはもういいっちゅうねん」
 そう祐一に突っ込まれても、うっとりしている名雪。
「……今までで最高の誕生日だよ、祐一」
「そ、そうか?」
「クリスマスになったら、飲んでみるよ。もちろん、ふたりだけ――でね」
「……え?」
 何事も無かったかのように、追い抜いて先を歩く名雪を追いかける。
「おい、どういう意味だ?名雪」
「言葉通り、だよ」
「な、何!?」
 あからさまに動揺する祐一。まさか最後に名雪にリードされるとは完全に想定外であった。

 傍目にはどう見ても頭にバの付くカップルだが、本人達は単にじゃれあっているつもりの帰り道、厚い雲から白い氷の結晶が舞い降りてきた。
「あ、雪」
「降ってきたか」
 降ってきた。
「急いで帰るぞ」
「うん!」
 そうしている間にも、雪は降り続ける。おそらく翌日も降り続けるであろう。冬になればいつでも見られる雪だが、名雪には、今日の雪は特別な、なにかとっておきなものに思えた。

Fin.

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