『はじまりの坂? おわりの坂?』(2018.03.31)

「うーん……」
 あの坂を上りながら、今年十七歳の汐は何とも言えない声をあげていた。
 春の日曜日。お互いとくにやることもなかったのだが、汐がちょっと出歩かないと誘った場所が、ここだった。
 今は桜が咲き誇っている。例年より少し早めに満開になったようだ。
「ふーむ……」
「さっきから変な声が出てるぞ、汐」

 俺がそう言ってやると、汐は歩きながらこちらを見て、
「おとーさんって、ここで出会ったんだよね」
 そんなことを、聞いてきた。
「ああ、そうだ。あのときふたりでこの坂をのぼったんだ」
 いまだって鮮明に覚えている。あの日あの時、あの頃を。
「それで卒業して——色々あってずれちゃったけど——ふたりで坂を下りたんだっけ」
「その通りだ」
 そう話しているうちに、坂を登り切り校門にたどり着く。今日は日曜のため、その先には行けない。
「おとーさんにとってさ、この坂ってどういうものなの?」
「それをずっと考えていたのか?」
「うん」
 くるりと振り返って、今度は坂を下りながら、汐は言う。
「すべてが始まった、はじまりの坂? それとも全てが終わった、おわりの坂?」
「それは……難しいな」
 なるほど、言われてみればそうだ。短い間だったとは言え俺と渚との学園生活のはじまりを象徴するのか、それともそれに幕を降ろした終わりの坂を意味するのか。
「多分、両方だ」
 少し考えてから、俺はそう答えた。
「多分お前も、この坂をのぼるときになにかがはじまって、この坂をくだるときに何かを終わらすんだろう。そして、しばらく経ってから、他の誰かが何かをはじめる——それを、ずっと繰り返していくんじゃないか?」
「なにかって、なに?」
「それはわからん。俺だって、渚との出会いを前もって知っていたわけじゃないんだぞ」
 本当に、偶然だったのだろう。あの日少し遅れて俺は登校していたし、渚も迷いがあったからこそこの坂の下に少し遅れて到着していた。
 そのふたりが、出会わなければ。
「——なるほど、ね」
 いつもの察しの良さで、汐は俺の考えていたことを理解したらしい。
「わたしが生まれた理由って、本当に偶然だったんだね」
「誰だって、そういうものだろう」
「わたしにもあるかな、偶然だけど、運命の出会い」
「あるかもな」
 男だったらイヤだが。
「案外、おまえのことだ。一回と言わず、二回も三回もあるんじゃないか?」
「それさ、異性だったら大変なことにならない?」
「安心しろ、その度にこの俺が倒す」
 腕まくりをして、俺はそう答える。
「ま、ほどほどにね」
 割と本気で言ったつもりなのだが、汐は冗談だと受け取ったらしい。
「ちょっと新学期が、楽しみになってきたかな? そういうことがはじまったら、素敵だと思わない?」
「ああ、そうだな。例え終わるとしても——」

『次のなにかが、はじまるのなら』

 意図せずに、俺と汐の声が重なった。
 お互いに顔を見合わせて、そして笑う。
「ここまで歩いてきたんだ、なにか食べていくか」
「あ、じゃあ商店街のカフェ『ゆきね』にしよう?」
「ああ、いいぞ」
 そんなとりとめのない話をしながら、俺達はくだっていく。
 長い、長い坂道を。
 でもそれは終わりではない。次のなにかのはじまりを告げる、先触れみたいなものなのだ。

Fin.

2件のコメント

  1. 深いですね。
    特に「この世界」では、渚の終わりが汐の始まり…と言うこともあり、色々考えさせられてしまいました。

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