『伊吹萃香の暇つぶし』(2005.06.26)

 夏がだいぶ近づいて来たある日、伊吹萃香が博麗神社に遊びに来たところ、遊び相手となる当の巫女、博麗霊夢が押し入れに上半身を突っ込んでいた。
「何やってるの、霊夢」
 縁側から靴を縫いで居間に上がりながらそう訊く萃香に、
「いやその……洗濯物の捜索よ」
 と、答える霊夢。身体を動かしながら話しているので、萃香からはお尻が喋っているように見えなくもない。
「……捜索? 洗濯物の!?」

「……そうよ」
 探索を終えたらしい。霊夢は押し入れからごそごそと這い出てくると、軽く伸びをした。
「あー、此処にも無いか」
 まったくもう、と呟きつつ、置いてあった空っぽの洗濯籠を抱えて寝室へ向かう。そして押し入れを開けるとまたもや上半身を突っ込んでごそごそと動き始めた。
「なんで、押し入れをそうやって探るの?」
 と、一緒について来た萃香が問う。
「普段の習慣から鑑みて、各部屋の押し入れにある確率が一番高いからよ――ほらあった!」
 そう言って勢いよく身体を引き抜いた霊夢が、些か得意げに手を突き出す。
 掌に収まっていたのは、靴下一足であった。
「……それで、後何着ある訳?」
「ええと……」
 畳に置いた洗濯籠に片方だけの靴下を放り込みながら目をそらす、紅白の巫女。
「な、何着あるのかはだいたいわかっているのよ」
 そう言って、洗濯籠の八分目辺りを手刀で叩く霊夢。
「問題はそれがどこにあるか、なの」
 つまり、普段から着替えやら風呂で適当な場所に服を脱ぎ散らかしているうちに、洗濯済みの衣服が極端に減ってしまったというのである。
「それってさー、一人暮らしの女の子としてどうなのよ?」
「い、いいのよ。掃除はちゃんとしているもの」
 言い訳にもなっていない。
 萃香は少し呆れた貌を浮かべると、
「私が知っている人間って、もうちょっと実直だったような気がする」
「あんた達鬼が変わったように、私達も変わったのよ」
「私達は変わっていない。変わったのは、あんた達人間だけ」
「う……」
「ま、どっちみち枝葉も無い話だし」
「うう……」
 自らの不精のためだろう、霊夢は反論しなかった。
「で、どうするの。まさかこの調子で家中を探すってんなら、文字通り日が暮れると思うけど」
「そんなことはわかってるけど――あ、そうだ!」
 そこで何かが閃いたらしい。霊夢はぽんと手を打つと、
「ねえ、あんたの能力で、物を選んで集めることって出来る?」
「何を当然なことを。私の萃める力で集められないものはないし、その能力に欠陥なんて存在しない。いい? もし無差別に萃めるだけなら、今頃あんたの神社にゴミで出来た物見櫓が建ってるわよ」
「――そりゃそうだ。良かったわ、優秀な鬼さんで」
 肩をすくめる霊夢に、萃香はへへ~と笑う。
「で、衣服を萃めたいって訳ね。いいわ、具体的に何を萃めればいい?」
「洗濯が必要な服、上着下着問わず。後はリボンと靴下かしら。出来る?」
「任せろ!」
 萃香がそう言った次の瞬間、霊夢の目前に洗濯物が山と置かれていた。
 言うまでもなく、要洗濯なものばかりである。
「……あれ?」
 ただしそれは、洗濯籠を埋め尽くし、覆い被さる形で溢れていた。
「なに、この量」
「……思ったより、結構溜め込んでいたのね……」
 流石に恥ずかしくなって来たのか、ごにょごにょと語尾を誤魔化す霊夢に、
「どーかと思うよ、こーいうの」
 と、萃香は言った。

 庭に設けた物干し台に、洗濯物がはたはたとはためいている。
 萃香から、衣服と汚れを別々に萃め直す――すなわち、汚れを分離する――事ができるけどと申し入れたのだが、これ以上不精する気はなかったのか、霊夢はこれを堅く辞退した。
 なので、普通に洗濯し、普通に干すこととなったのである。
「あー、疲れた」
 縁側で寝そべる萃香に、
「無敵の鬼じゃなかったの?」
 と、霊夢が訊く。実際、洗濯物量が半端ではなかったため、重労働であったことは間違いない。
「私達は緻密な作業に向いていないのよ」
「なるほどね。言われてみれば、らしいわ」
 そう言って、霊夢は湯飲みを萃香に渡した。中身は、水出しのお茶である。
「ありがと」
 起き上がりながら礼を言って、萃香は湯飲みを傾けた。
「なんか、お目出度いね」
 物干し台を眺めて萃香がそう言う。服の紅い部分と白い部分を交互に並べて干しているため、さながら紅白の横断幕のようであった。
「縁起が良くていいじゃない」
 と、隣りに座って霊夢。
「こうなると、結構気持ちいいでしょ?」
「散らかした本人が言わないの」
「そりゃま、そうなんだけどね」
 もう事が済んでいるためか、持ち前の余裕を見せて霊夢は笑みを浮かべた。そして、はたはたと風に梳かれる洗濯物を眺め始める。
 胡座をかいていた萃香は、そんな霊夢を横目で見て、
「まあ、暇つぶしにはなったわ」
 と、呟いて頬杖を付いた。
「――変わんないんだね、この風景だけは」
「変わりようがないわ。……あ、そうだ。ちょっと席外すわよ」
 そう言って、霊夢が側から離れる。
 程なくして戻ってきた彼女は、縁側の先に何かを吊した。それは早速風を拾って軽やかな音を立てる。
「風鈴ね」
「そろそろかと思ってね」
 改めて、湯飲みを手にしながら霊夢。
 萃香は一度目を閉じて、風鈴の音に耳を澄ませ、
「あんた達人間は見た目変わったけど――」
 軽やかな鈴の音に、洗濯物がはためく音が綺麗に絡まる。
「――ずっと芯にあるものは、変わってないのかもね」
 霊夢は、肩を竦めて応えた。
「生憎、長く生きてないからわからないわ」
「あはは、そりゃそーだ」
 とても愉快そうに笑う萃香。
 そんな彼女の笑い声と、風鈴の音、そして、はためく洗濯物。
 それら全てを吸い上げるように、幻想郷の青空は何処までも高かった。
 夏は、すぐそこまで来ているのである。

Fin.

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