『あれから十年の、岡崎家』(2018.01.20)

「むうぅ……」
 汐が唸っている。
 無事受験を突破し、俺達と同じあの高校に入学することが決まった我が娘、汐が唸っている。
 手に持っているのは、先ほど届いた大きな包みの中身。
 それは、あの学校の制服だった。
 制服だったのだが……。

「デザイン、変わったんだな」
 箱を開けるまでうっきうきで、それを両手で持ち上げた途端硬直し、そして今は眉根を寄せたまま唸っている汐の後ろから、俺はそう言った。
 具体的に言うと、まず上着の色はクリーム色のままだが、より白に近くなっている。
 次に襟のデザインが少し丸みを帯び、最後に——これが一番大きな変更点かもれない——スカートの丈が、少し長くなっていた。
 どうも、汐が入る予定の学年、そのひとつ前からデザインが変わっていたらしい。
 つまりはまぁ、
「すまん、ちゃんと調べておくべきだったな」
「……ううん。そんなことないよ。合格すること以外手が回らなかったわたしが悪いんだし、そもそも、おとーさんがすごくがんばっていたの知ってるから」
「そうか……」
 確かに受験勉強シーズン、汐は最後まで塾に通わず古河塾——つまり早苗さん——から回してもらった過去問をひたすら解いていたのだ。
 そして俺は、できるだけその勉強の邪魔にならないよう、あるいは邪魔が出来ないよう、あちこちに手を回していた。
「やっぱり、俺達と……いや、渚と同じ制服が良かったか?」
 思わず、そう訊いてしまう。すると汐は少しだけ首をかしげて、
「うん、そうなのかもしれない」
 なんともあいまいな返事を返したのだった。
「かもしれないって、なんだ?」
 基本、訊かれたことには物怖じせずはっきりと答える汐が随分と言葉を濁しているので、再度問う。すると汐は、
「この制服を手に取るまではね、お母さんが着ていた服と、同じものを着たい。確かにそう思っていたの」
 と、新しいデザインの制服を見つめながら、そう言った。
「でもこの新しい制服をみたら——本当にそれで良かったのかなって。わたしの高校生活、おとーさんとお母さんが過ごした日々を追いかけるだけになるんじゃないかなって。そう思っちゃった」
「それは……」
 それは俺にも、なんともいえない。
 その問題は、俺と渚が通った学校に入学する、汐だけの悩みだった。
「おかしいよね、制服ひとつでそんなことになるわけないのに」
 実際微笑んで汐はそう言う。でもそれは、かつて渚がみせたことがある、なにかを我慢しているときの笑顔だった。
「それでも、あの制服を着たかったんじゃないのか?」
 実際に着れば、なにか見えるものがあったんじゃないか。そう言外に匂わせて、俺はそういう。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、はっきりいっちゃうとお母さんの制服はあるしね。着ようと思えばいつでも着れるわけだし」
 そう言って、汐は自分の制服にかかっていたビニールの包みを丁寧に取ると、今着ているTシャツの上から、それを羽織ってみせた。
「それよりも大事なのは、この制服を着て、なにがみえるかだよね。……どう? おとーさん。似合う?」
 その場でくるりと回って、汐はそんなことを言う。
「ああ、よく似合っているぞ。汐」
「そっか……ありがとう、おとーさん」
 汐がもう一度笑った。今度は無理をしている笑顔じゃない。心からの微笑みだった。
「せっかくだから、全部着てみたらどうだ?」
 余計な申し出かもしれないが、そう言ってみる。すると汐は首を振って、
「ううん。それは入学式の日のお楽しみにしようかなって」
 なるほどな。
「だってほら、丁度十年じゃない?」
 ——ん?
「十年ってなんだ?」
 思い当たることが出てこなくて、そう訊く。
 すると汐は、最近はみせなくなった、少し恥ずかしそうな顔で、
「それは……おとーさんと、一緒に暮らすようになってから……十年でしょ?」
 ……あ。
 ……あああ!
 ……本当だ。そうだったっ!
「すまん汐、すっかり失念してた!」
「いいのいいの。勝手に区切りにしていたのはわたしなんだし」
 そのまま土下座をするように膝をついた俺を、汐は慌てて助け起こす。
「ここまで来るのに、いろいろあったもんね。仕方ないよ」
「いや、それを言われると色々と立つ瀬がないんだが」
 汐の方が憶えていて、俺が忘れるとは、本当にふがいない。
「そんなことないってば。それに——」
 両手を広げ、汐はもう一度くるっと回る。前を開けている制服の上着が、マントのように翻った。
「もうすぐはじまる高校生の三年間、今までの思い出が霞むくらい、いろんな思い出を作ってみせるから」
 だから、楽しみにしていてね。おとーさん。そう言って、汐は再び笑顔を浮かべてみせた。
 それは、大輪の花のように、まぶしい笑顔だった。

 このときの汐の宣言は、ある意味大当たりだった。
 そこからはじまる汐の高校生活三年間がどれだけすごいものであったのかは——改めて、語る必要もないだろう。
 その輝かしい——ある意味、俺達よりずっと——三年間を過ごした制服は、いまも此処、我が家のクローゼットに眠っている。
 となりに掛けられている、渚の制服と共に。

Fin.

#key版深夜のお絵描き60分一本勝負

2件のコメント

  1. 小椋さんのCLANNAD二次創作、大好きです。久しぶりの新作が読めてとても幸せな気分です。
    汐17歳シリーズはアニメ化してほしいくらいです(笑)
    これからも頑張ってください。

    1. ご感想、ありがとうございます!
      最近スローペースで申し訳ありませんが、これからも頑張っていきますので、よろしくお願い致します!

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