『たまには、こんなクリスマス』(2007.12.24)

その年の12月24日、クリスマスイブは、早朝から大雪が降っていた。
 イブと言えばある時は古河家、ある時は杏や春原と、そしてある時はその両方で大いに賑わうのが今までの慣例となっていたが、交通機関は止まるわ近所の商店街は軒並み午後には店仕舞いをするわでお互い連絡するのが精一杯という有様で、今回は仕方なく、汐とふたりだけで過ごすことにする。
 ――まったく、折角の24日だというのに……。

『たまには、こんなクリスマス』

「――パパ、パパ?」
 少し、ぼうっとしていたらしい。俺は汐の声で我に返った。
 雪は相変わらず降り続いていて、そのおかげで陽はいつ落ちたのか定かではないが、もう夜と言って差し支えのない時間になっている。
 そして俺と汐はもちろん家にいて、ちゃぶ台を囲って夕飯を食べていたのだった。
 もちろんクリスマス仕様の、だ。
「あぁ、済まない。どうした、汐?」
 慌てて汐にそう訊く俺。すると、来年には小学生になる俺の娘はこっちの顔をじっと見て、
「……ううん、なんでもない」
 と言って、首を傾げつつ顔を逸らした。
「どうした汐。何か聞きたそうな貌をしているぞ?」
 すかさず追求してやる。昔から汐が顔を逸らした場合、大抵俺に何か言いたいことがあるはずなのだ。
「ええと……」
 けれども、その内容が言い辛いことらしい。汐は俺と夕飯を何度か見ると、
「パパって、クリスマスすき?」
 ――え?
「あ、あぁ、好きだぞ」
 多少言葉を噛みながら、俺。何故なら、少々どきりとしてしまったためだ。
 というのも、学生時代まではクリスマスと言っても全く縁のないもので、むしろ嫌っていた節があった。それは今思えば逆恨みも良いところだったのだが、とにかく煩わしく思ってはいたのだ。
 けれども今は違う。俺には今、俺にしか守れない家族が居て、そこではじめてクリスマスを楽しめるようになっていた。そう言う意味では、俺は運がいい方だと思う。
「好きなように見えないか? 俺」
 多少不安になって、そう訊いてみる俺。すると汐はさらに言いにくそうに、
「ううん。でも、パパ少しさびしそうだから。……ときどき、ママのしゃしんをみてさびしそうにしてるから――もしかして、ママのこと?」
 ――鋭い。
 子供と思って侮ったことはないが、それでも汐は俺のことをちゃんと見てくれていることに、俺は驚嘆した。
「今日はクリスマスイブだから、な」
 とだけ、俺は答える。
「イブだから?」
 怪訝そうに首を傾げる汐。
 まるで、今日この日、12月24日の別の意味に気付いていないような――、
 ……そうか、そういうことか。
 俺は心の中で自分の額を叩いた。
 汐には、まだ教えていないことがあったのだ。
「あのな、今日はクリスマスイブだけじゃないんだ」
 俺は佇まいを改めて、そう言った。
「え?」
 俺の態度に重要なものであると判断したのか、同じ姿勢になっていた汐が聞き返す。
 そんな愛娘に、俺は多少覚悟を持って息を吸い、
「今日はな、渚の……お前のママの、誕生日なんだよ」
 そう言った。汐はと言うと、驚いたように目を見開いている。
「そう、なんだ……」
 何で今まで言わなかったのだろう。俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。けれども、汐はそれより事実を知ったことそのものが興味深かったようで、
「ハッピーバースデイ?」
 首を傾げて、そう言う。
「そうだな。ハッピーバースデイだ」
「……そうなんだ。たんじょうび……」
 嬉しそうな、もしくは暖かそうな貌をする汐。渚の――貌を直接見たことのない母親のこと知ったとき、こいつはいつもこんな表情をする。
 それが俺の罪悪感を随分と和らげ、また嬉しくさせてくれて、俺はほっと息を付くことが出来た。
「あれ? ママっていまいくつ?」
 うん、それは難しい質問だ。だから俺は即答せず少しだけ考えて、
「俺より、ひとつだけ上」
 とだけ答えた。
「……そうなんだ」
 些か難しい貌で、汐がそう言う。まぁ、本人的には納得出来ているようであったから、それで良いのだろう。
「よし、丁度良いからこうしよう」
 俺は立ち上がって、箪笥の上にいつも置いてある渚の写真立てを慎重に持って、そっとちゃぶ台の真ん中に置いた。
 そして食器棚の中から滅多に使わないワイングラスをみっつ全部引っ張り出すと、その写真立ての前に同じような感じで並べて置く。
 そして俺は食後に飲むつもりだったあれを……と、待てよ。
「渚、お前は酔うと大変だから子供用シャンペンな」
 汐がまたもや不思議そうに首を傾げる。でもまぁ、あの乱れっぷりは知らない方が良いだろう。
 いつかわかるようになったとき、笑い話として教えて上げれば良い。
 グラスにシャンペンを注ぎ、もうひとつにも注いで汐用に、そして――いいや。俺も同じもので良いだろう。みっつのグラスに、注ぐ。
「ほれ、汐」
「ありがとう、パパ」
 そして俺は自分の分のグラスを持つと、小さく腕を伸ばして、渚のグラスに近づけた。
 乾杯だと気付いたのだろう。既に概念を知っている汐が早くも勝手を飲み込んで、俺が言うよりも早く同じようにグラスを前に出してくれた。
「メリー・クリスマス」
 俺がそう言う。
「メリー・クリスマス」
 汐が続けてそう言い、みっつのグラスが小さな音を響かせた。
 たまには、こんなクリスマスも良い。
 俺はシャンペンを一気に飲み干し、そう思う。そして炭酸の刺激が喉を駆けめぐる中、候も思ったのだった。
 誕生日おめでとう、渚。俺達はこんな感じで――元気にやっているよ。

Fin.

あとがき

 ○十七歳外伝、クリスマス回想編でした。
 今宵はクリスマスイブ。そしてあの人の誕生日も祝おうということで――と四苦八苦しているうちにかなりずれ込んでいまいました。うあー。
 次回は、クリスマスでもう一本……って後一日(足らず); 間に合うかなぁ……。

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