『学年末の、馬鹿騒ぎ』(2005.05.23)

『エントリーの締め切りまで、後五分を切りました! 参加希望者は昇降口横のエントリー受付までお急ぎください! 繰り返しまーす! エントリーの――』
 校内放送を外にまで回して、放送部の声が響く。30分前から五分置きに流れるその放送を脳裏に流して、わたし、岡崎汐は最終チェックを済ませていた。電源、表示、激鉄、引金すべて良し。
「なんというか、俺達が現役のころはただの進学校だったのになぁ」
 傍らで、感慨深気におとーさんがそう言う。
 そして、そのまま何も言わなくなってしまったので、わたしはわざと声に出してみた。
「『渚は生まれてくるのが早すぎたのかもしれない』?」

「――なんでわかるんだ?」
「んー、なんとなく」
「そうか……。ま、おおむね当たりだ」
「でも、それだとお母さんはおとーさんと出会えていないし、わたしも生まれてこないし」
「いや、だから『おおむね』なんだ。俺もお前もみんな遅く生まれていればって思ったんだよ。だけどまあ……うまく行かないもんだよな」
「しょうがないというか、そういうものなんじゃない?」
「そうだな」
 そう言って、おとーさんは肩を竦めた。
「今回は敵同士、だな」
「お互い手加減は無しだからね」
「ああ」

『学年末の、馬鹿騒ぎ』

 学年末恒例のイベントというと毎年変わったものが催されるのだが、今年のそれは今までで群を抜いていると思う。
 その名もゾリオン大会。ゾリオンとうのは、所謂光線銃の形をしていて(と言っても本物の光線銃があるかどうかは知らないけど)、センサーに向けてトリガーを引くと被弾したことを知らせるという結構単純な仕掛けの玩具である。
 今、わたしの胸にはそのセンサーが取り付けられており、手にはそのゾリオン本体がある。(演劇部の小道具に西部劇とかで使うホルスター各種があるので、それを腰に下げて収納しようかとも思ったのだが、ゾリオンが実際の銃よりかなり大きいため断念することにした)
 ちなみに、わたしだけではなく、おとーさんも同じ装備を既に身につけ、他にも――
「腕が、鳴るわ――」
 藤林杏先生や、
「こういうのも久々だな……」
 坂上智代師匠も、着々と準備を進めている。
『エントリー、締め切りましたっ! 参加チームは、ニュー新聞部、革新野球部、ノイエ科学部、ネオ弓道部、新生演劇部、ネクストラグビー部――』
「新しくできた部活ばっかなのな」
 呆れたようにおとーさん。
「部長が代変わりするとしばらくの間ああ呼ぶのよ」
 と、わたし。そもそも、わたし達演劇部にも頭に新生と付いている。
『――そして外部チームの古河ベーカリーズです! 以上10チーム、60名がエントリーされましたっ!』
「古河ベーカリーズ……」
 さもありなんという表情と、気恥ずかしさが半々の表情でおとーさん。
「――戦いにくい名前ね……」
 と、わたし。
「ふはははは、そこらへんは計算済みだぜっ」
 と、チームの命名者であるあっきーが高笑いしていた。
 そう、要するにサバイバルゲームの団体戦なのである。わたしは先程言ったように演劇部。おとーさん達は今アナウンスされた通り外部チーム。つまり――、
「ふっふっふ……。今回は敵同士ね、汐ちゃん」
 と、おとーさんがさっき言っていたことを繰り返すように、藤林先生。
「いつぞやでは苦杯を嘗めたが……今度は行かせないぞ、汐」
 微笑みを浮かべて、師匠。但し気配の方はそうではなくて、なんというか――アクセル全開である。それを察していたのか、すぐそばに居た春原のおじさまが、上下左右に細かく震えていた。
 ……えーと、おじさまもメンバーだろうから、外部チームはひーふーみー……よー?
「あれ、あっきーエントリーは?」
 人数がひとり多い――大会の規定で、1チーム6名と決まっているのだ――のに気付き、次いで本人がゾリオンもセンサーもまだ身に付けていないことに気付いて、わたしはそう訊いた。
「ああ、それか……」
 ? 何故かちょっと気まずそうにあっきー。
「俺はな、今回不参加だ」
 え!?
「ええ――!?」
 わたしより大きな声を上げたのは、藤林先生だった。あからさまに残念そうな顔で、
「戦力として期待していたのに――」
「ま、たまには俺無しでやってみろ。な?」
「元よりそのつもりだ」
 と、不敵におとーさん。
「オッサンがいなくても十分やれるところ、見せてやるぜ」
「そのとおりですっ」
 と、ふぅさん。何処から持って来たのか、カウボーイハットを目深に被っている。……型を何処かで見たような気がするから、後で衣装のチェックをしておこう。
「風子達六人で、5千と1人分です」
 そんなわたしの思惑など気付かないように(ま、当然のことだけど)、ふぅさんは自信満々でそう宣う。
「どういう計算だよ、それ」
「岡崎さん以外は千人分だということです」
 おとーさんの問いに、無駄に堂々とふぅさん。
「計算式が違うな。俺達が千人分で、風子がマイナス4994人分。だから差し引きで結局は六人分だ」
「さりげなく風子の計算式より失礼ですっ」
 いや、さりげなくないし。
『エントリーされた各チームにお知らせ致します。校内の準備が整いました。速やかに入場し、拠点、及び配置の準備を始めてください。繰り返します――』
「ほらお前ら、行ってこい」
 あっきーが校舎を指さして、そう言った。
「みなさん、ファイトですよっ」
 早苗さんがそう声援を送り、わたし達は一斉に敬礼をして、それを返す。
「汐、お前も行ってこい。演劇部の総大将だろ」
「あ、うん」
 そう。大会が始まったら、わたし達は敵同士になる。
「気合入れて、行かなきゃ――」
 口の中で呟いて、わたしは自分のチームのもとへ急いだ。

■ ■ ■

 さて、と。
 汐が俺達から完全に離れたのを確認して、俺は杏達に指示を送った。
 大会側から聞いたルールでは1チーム6人。当たり前のことだが、チームメンバーは撃たれたら脱落。各チームはフラッグを守り、奪われるとそのチームとしては負け。ただし全チームのフラッグが奪われた状態に陥った場合、最後に生き残ったメンバーが勝ちとなるらしい。
 フラッグを置く場所は自由。ただしゲームが始まったら動かすことは不可。また、オフェンスディフェンスの振り分けは自由とのこと。
 というわけなので、まずはフラッグの設定だろうということで本拠地を決める。で、
「オフェンスとディフェンスどうするのよ、朋也?」
 と、早速杏が訊いてくるので、俺は立て続けに指示をすることになった。
「ほう」
 それを聞いて、智代が片方の眉を上げる。それ以上何も言ってこないところを見ると、俺の考えを汲み取ってくれたらしい。
「えー……」
 対する杏はかなり不満そうだった。だがまぁ、後でわかるだろう。そう思って、俺は説明を省いた。
『えー、間もなくゾリオン大会が始まる訳ですが……』
 放送部による実況中継が入る。今は校内校外お構いなく流れているようだが、大会が始まったら中継はグラウンドに敷設された観客席のみに流れるようになるらしい。まぁ自陣の状況と相手の状況が丸わかりじゃつまらなくなるし、当然だろうなと思う。
『解説に、宇宙物理学の新進気鋭、一ノ瀬ことみ博士をお呼びしています』
 ――目茶苦茶豪華な解説だった。
『博士、早速ですが――』
『ことみちゃん』
『は?』
『今日は学会じゃないから、そう呼んでほしいの』
『は、はぁ。ではその……、ことみちゃん、本日のゾリオン大会ですが』
『このタイプの玩具は赤外線を使っているの。赤外線は、光より波長が長くて人間の目に見えないけど、装置としては安価で量産が効くの。だから――』
『は、はぁ……』
 俺は思わず苦笑した。目に見えなくても、放送部員が苦労している様子が手に取るようにわかる。
『え、ええと、それではここで本大会に対し多大なる尽力を尽くしていただけた方々をご紹介いたします。まずはこのイベントを笑いながら許可していただいた校長先生――』

■ ■ ■

 放送部員による協賛が流れている間に、わたし達演劇部は大まかな戦略を決め終わっていた。
「――まぁ、そんな感じで。無線機、携帯の類は使用不許可だから、オフェンスは必ずディフェンス側に定期報告をすること。報告間隔は30分毎。それを過ぎたらディフェンスから人数を裂いてオフェンスに回すこと。これはわたしが撃たれても御願いね」
 全員がこっくりと頷く。
「……後は、気楽に行きましょ。部費の支給に関わる問題じゃないしね」
 今度は全員、笑って頷いてくれた。
 実のところ、今の冗句は前から考えていた話題だったりする。――まだちょっと、部長という肩書きが、わたしには重かった。
「しっかし、どっからこんな大量のゾリオンを持ってきたんでしょうねえ」
 部員のひとりが本体をいじくりながらそう呟く。それは多分――、
『最後になりますが、ゾリオン提供は古河秋生と商店街一同ズです!』
 やっぱりあっきーだった。
『イヤッホーウ! 古河パン最高ー!』
 即座に、その商店街の一同から声が割り込んでくる。CMみたいだが、どうも放送室に乱入した感じだ。
『エブリバディセイ!』
 ……あっきーまで乱入してる……。
『古河パン最高!』
『ラブ・アンド・ピース!』
『古河パン最高!』
『ええい! あんたら、いい歳して生放送中に割り込んでくるんじゃあない! 大人しく観戦してろっ!』
 ついに放送部員がキレて、いったんマイクがぶちっと切れる。
「――なんか、生放送中にVサインして突撃してくる子供みたいッスね」
 部員のひとりが笑いながらそう言った。
「間違っていないところが、問題ね」
 わたしは頭を押さえながら、そう答える。
『――ええ、放送中、お聞き苦しいことがありましたことをお詫びいたします。それでは、これより開会を宣言いたします。春のゾリオン大会、レディ――』
 ぐっと、誰かが息を飲んだ。
『ファイッ!』
『……風雲たけし城~』
 誰もが一斉にずっこける。
『ホントに博士か? この人……』
 同じくこけたであろう放送部員の声が、しっかりとマイクに拾われていた。

■ ■ ■

『さぁ、いよいよゲームスタートです! まずは各チームの攻守状況を見てみましょう』
 各人のセンサーには、そのチームに所属していること等を示す信号波が送られるよう、改造が施してあるらしい。これにより、どのチームの誰がどう動いているのか、被弾したのかしないのかが即座にわかるようになっているという。
 秋生さんも、すごい改造しましたね。
 観客席から、グラウンドの一角に設営された科学部謹製電子掲示板に表示されている勢力図を眺めながら、口には出さずに早苗はひとり感心していた。
「はっはっは。案の定追い出されちまったぜっ」
 そこへ、商店街店主一同と無謀な突撃を敢行してきた秋生が戻ってきた。
 その顔は笑っているが、その実早苗の表情を微妙に伺っていたりしている。しかし、彼女が何も言わなかったので、そのまま堂々と隣に座る。
 その瞬間、尻を抓られた。どうも、怒っていない訳ではないようである。
『新生演劇部はオフェンス3名、ディフェンス3名のオーソドックスな構成だっ。同様に、古河ベーカリーズも3名ずつの布陣! ことみちゃん、これはやはり親子だからでしょうか?』
『遺伝情報には個人の性格までは載らないと言われているけど、教育環境によって似てくるものはあると思うの。でも、朋也くんと汐ちゃんの場合は違うと思うの』
『というと?』
『ふたりとも、立てた戦略は別でその結果が同じ形になっただけ。そういうことなの』
『なるほど、ではその根拠は?』
『そんな気がするだけ』
『そ、そうですか……』
「あの解説、なかなかにわかっているじゃねえか」
 と、秋生。彼にはふたつの布陣がどのような意味で成り立っているのか、大体想像できている。
「そうですね。さすが解説さんですっ」
 こちらは何処まで理解しているののわからないが、早苗がそう賛同した。
 と、
「コーヒーいかがですかー」
 観客席の通路を、ポットと紙コップをのせたワゴンを押して、ひとりの女性が通りかかった。所謂売り歩きである。
「おう、こっちに五つ頼むわ、有紀寧ちゃん!」
 秋生が声をかけ、女性はワゴンを一時停止し、ポットから紙コップへコーヒーを注ぎ始めた。
 宮沢有紀寧。商店街の一角でカフェ『ゆきね』を経営している。その商店街は事実上秋生のネットワークそのものであったため、ふたりは顔見知り以上の仲であった。
「精が出るねえ」
 通路まで出た後小銭を払って、器用に紙コップを受け取る秋生。
「いえいえ、昔学校からひと部屋借りていたので、それの恩返しです」
 にこやかに、有紀寧は答える。
「それに、古河さん達も頑張ってらっしゃいますし」
 そう微笑んで有紀寧は視線を落とす。視線の先のワゴンには、古河パン製の菓子パンやドーナツが整然と並べられていた。
「まーな」
 ニヤリと笑う秋生。実は、観客席入り口近くに設営された料理研究部の屋台にも委託販売させていたりする。
「それでは、他にコーヒーをご所望の方がいらっしゃるといけないので、この辺で」
「ああ、がんばんな」
 折角のコーヒーが冷めちゃいけないしよ、そう言って、秋生は観客席に戻った。
「ほらよ、お嬢さん方、俺からおごりだ」
「え――!?」
「あ、ありがとうございます……」
 そう言って受け取ったのは、藤林椋、春原芽衣である。曰く、姉(兄)が心配で観に来たとのこと。
「それに美佐枝ちゃんも」
「ちゃん付けで呼ばないっ」
 ぶすっとしながらも丁寧に紙コップを受け取ったのは、女子寮の寮監である相良美佐枝だった。
「まぁまぁ。見てろ、いきなり面白くなるぞ」
 そう言って、電子掲示板を指さす秋生。
 見れば各オフェンスの光点が、一カ所に集中しつつあった。
「なんで、みんな引き寄せられるように――」
 と、芽衣が呟く。
「新校舎のげた箱前は結構広い上、見通しが良い。あそこに一番最初に布陣出来た奴らは、後続に対して有利に戦えるって寸法だ」
 と、秋生が解説する。
『――つまり、スピード勝負なの』
 放送席では、全く同じ説明をことみが行っていた。
「でも――」
 今度は椋が声を上げる。
「もしそれがほぼ同時に到達したら……どうなるんでしょうか」
「良い質問だ」
『良い質問なの』
 同じ質門を放送部員から受けて、ことみも答える。
「恐らく、同時に会敵した場合――」
『――大乱戦になるの』
 直後、新校舎げた箱前の広場は、その通りになった。

■ ■ ■

 計算が甘かった。
 正直、古河ベーカリーズ以外のチームを見くびっていた。でも彼らも一級の戦力を引き連れている。それ故、すでにこの場にはかなりの数のオフェンスが終結していた。
「退避っ」
 ゾリオンを撃ちまくりながらわたしは叫ぶ。
「交戦しないで廊下の角まで逃げてっ!」
 ここで戦って徒に戦力を消費させたくない。わたしは左右の演劇部員と一緒に廊下の角に飛び込むようにして、乱戦の場から撤退した。

■ ■ ■

 夏草や
 兵どもが
 夢の後

 乱戦が終わり、各チームが撤退した玄関前広場は、被弾して脱落者となった生徒達が死屍累々となっていた。
 その角でひとり寂しく、
「ふ、ふふ……」
 春原陽平が転がっていた。
「ふふふふふ……ある程度は予想していたよこういう展開……」
 撃たれただけでなく、どさくさに紛れて踏まれまくった陽平はぶつぶつと続ける。
「でもあんまりじゃないですかねぇ!」
 しかし、誰も聞いていなかった。

■ ■ ■

「フフフフフ……」
 一方そのころ、ひとりの男が、新校舎の廊下を笑いながら行軍していた。
 古河ベーカリーズのオフェンスのひとりである。
「ウッフッフッフッフ……やっと出番がきたよっ!」
 その男、柊勝平は笑い続ける。
 一緒にいたオフェンスの陽平と風子とは先程の乱戦ではぐれてしまった。
 だが、そんなことはどうでもいい。
「見ててね椋さん。僕は……」
 何かがちょっと揺れただけでも、そこに容赦なくゾリオンを撃ち込む勝平。もっともあまり意味はないのだが……。
「! 散ってっ」
 廊下の曲がり角からそんな声がして、即座に勝平はゾリオンを叩き込んだ。
 対象はみっつ。そのうちふたつは廊下の角に戻りロスト。最後のひとつは手前に前転しこちらの攻撃を回避。つまりは――追撃可能。
 一緒に後ろに下がったら撃破していたのに、なかなか判断力のある子だね。そう思いながら勝平は、すぐさま体を沈め、最後のターゲットが体勢を立て直すと思しき場所まで一気に跳躍した。これでも元スプリンターである。相手が迎撃体勢をとるまでにこちらが着地し、相手にゾリオンを突き付けることは十分に可能で、事実ぴったりと突き付けてやることができた。
「チェックメイト……」
 にっと笑って勝平はそう宣言する。対するターゲットは――。
「あ、柊のおじさま……」
「やぁ、汐ちゃん」
 勝平の良く知る人物だった。彼女が幼少のころ、病院で幾度となく会っている。
 会っているが、『今は関係ない』。
「フフフ……君には悪いけど――殲滅!」
 叫んでゾリオンの立て続けに引き金を引く。
 しかし、それを起きかけの姿勢から無理やり跳び、銃撃を悉く避けた汐は勝平の眼前に立ち、
「ご結婚、おめでとうございますっ」
 と叫んだ。
「え――!?」
 思わず、ゾリオンを取り落としそうになる勝平。
「な、なんでそれを知っているの――!?」
「その、風の噂で聞きまして」
「そっか……それじゃしょうがないなあ」
 先程の容赦なさから一転して、デレデレと勝平。
「まだ、先の話なんだ。6月予定」
「あ、やっぱり先の話なんですね」
「やっぱりって……まぁ準備とかいろいろあるしね、うん」
「なるほどなるほど。ところで、どうして今まで結婚されなかったんですか?」
「それはね、男を磨きたかったからさ」
 でへへ……と頭を掻きながら勝平は言う。
「それで磨ききったと」
「いや、まだまだ先だよ。でもね、これ以上椋さんを待たせるのも、男が廃るって気付いてねっ」
「きゃー、柊のおじさま格好いい!」
 顔の前に両拳を並べて、汐は黄色い声援を送る。
「いやあ、あははははは……」
 勝平が照れ笑いを浮かべ、右手を後頭部にやった。そのときである。
 情け容赦なく、勝平の胸のセンサーが被弾したことを表すブザー音を響かせた。
「え、あれ?」
 正面を見る。既に汐の姿はない。
「え? 嘘!? あれ?」
 柊勝平、敗退……。

■ ■ ■

「部長、大丈夫でしたか?」
 あらかじめ決めておいたポイントで落ち合ったところで、わたしは部員にそう声をかけられた。
「うん、おかげさまで」
 ひとりの欠員もなかったことに、ほっと安堵する。
「ちょっと悪いことしちゃったかな……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
 でも6月か……出まかせで言っておいてなんだけど、めでたいことだった。
「さぁ、もう一頑張りしましょ」

■ ■ ■

「そろそろかな……」
 オフェンスに回した、春原、柊、風子からの定期報告が来ないことを確認して、俺はそう呟いた。
「うん、そうだな」
 事情をある程度読んでいた智代がそう呟き、軽く運動して身体を暖め始める。
「え? なによ?」
 ひとり首を傾げる杏に、俺は口を開いた。
「ここは俺ひとりで護るから、ふたりともオフェンスに回ってくれ。対戦相手はそれなりに減っているはずだ。お前達の実力なら、ひとりで1チームくらい潰せるだろ?」
「当然だ」
 20年前から全く変わらない不敵な笑みを浮かべて智代。
「そう言う訳だったのね……」
 こちらも相変わらず、兇悪な笑みを浮かべて、杏。
「ちょっと、いまあたしを兇悪とか思わなかった?」
「思ってない、思ってないからな」
 どっちかというと、春原達を捨て石代わりにした俺の方が兇悪だろう。そう思ったが、口には出さなかった。

■ ■ ■

『こ、これは何事だー! ディフェンスを1名残して攻撃に転じた古河ベーカリーズ、個人行動ながらも次々とスコアを上げて行くっ!』
『亀の甲より年の功なの』
『そ、そういう問題かー!? ああっと、2チームが早くも陥落っ! これは……強い、強すぎる!』

■ ■ ■

「暇ですねー」
「暇ですなー」
 新校舎屋上手前。そこに設置されたニュー新聞部のフラッグを背に、都合6人の部員たちがたむろっていた。
 オフェンスとディフェンスがたまたま合流した訳ではない。彼ら全員、ディフェンスなのである。
「新部長――いつまで全員でフラッグを守っていればいいんですか?」
「演劇部が攻めてくるまでだっ」
 腕組みをして、フラッグの一番近くに陣取っていた新聞部の新部長はそう答える。
「ヤツらは必ずここに向かって全力で攻めてくる。だからこそ鉄壁の守りを敷かなければいかん」
「はぁ……しかしなんでまた」
「今までの記事で相当恨まれているからな……!」
「自覚してたんですかい」
 呆れたように、新聞部部員が肩をすくめた。
「あの……うちって、記事構成は全部部長任せなんですか?」
 と、女生徒が問う。
「いんや、一面だけ。後は大体合議制。前に言わなかったっけ?」
 肩をすくめた部員がそう答えた。
「ごめんなさい、すっかり忘れてました、私」
「ま、気持ちはわかるけどね」
 そこで、その部員は声を一段階落とし、
「正直言って、俺は今のゴシップ記事満載の報道方針にゃ、反対なんだ。少数派だけどさ」
「私も、そう思いますよ」
 口の端を上げて新聞部員は笑い、女生徒は微笑んでそれを返す。
 それから、彼女は新部長の方に向いて、
「演劇部とは、仲良くしようとは思わないのですか? 正確には岡崎先輩とですけど」
「はっはっはっはっは。これっぽっちもないな!」
 あくまで堂々と新部長。
「そ、そうですか」
「大体岡崎のヤツがひょいひょい見せるから悪いのだ。我々はただ写真を撮っているだけなのだからな」
「じゃあ……ひょいひょい見せるな! ズボンでも穿いてろっ! って言ってみるのはどうでしょう?」
「わはははは! それは良い! だが、そんなことになったら発行数は大分落ち込むだろうけどなっ」
「女子の読者が戻ってきて変わらないかもしれませんけどねっ」
「かもしれんなあ……」
 そうやって、『7』人は笑い……、
「ところで、キミは誰?」
 と、女生徒と会話していた新聞部員が訊いた。
 途端、新部長を含む残りの新聞部員5人と女生徒がぴたりと笑いを止める。
「というかうちって女子部員いたっけか?」
「いやまさかそんな」
「だよなぁ」
「ええと……」
 その女生徒――髪をサイドで編み込んでいた一年生――は、ちょっと困った顔で、
「後はお任せしていいですよね? 岡崎部長」
 とフラッグに向かって言った。
「へ?」
 先ほどの新聞部員が同じ方向に顔を向ける。
「え?」
 他の部員も同じ方向へ振り返った。
「え゛?」
 最後に、新部長が振り返る。
 はたしてそこには、
 仁王立ちの、
 話題の人物である、
 岡崎汐が――、
 超然と、そこにいた。
「げぇ――!」
 いっせいに悲鳴を上げる新聞部員たち。
「はーい、どうもー」
 ぱたぱたと片手を振る汐。もう片方の手ではゾリオンの銃口がしっかりと狙いを付けている。
「げ、迎撃――」
「遅い」
 あっという間に3人が脱落する。
「各自迎撃、吶喊!」
 既に撃たれた新部長に代わって、誰かが叫んだ。
「く――!」
 そんな中、女生徒――彼女は演劇部員だった訳だ――と話していた新聞部員は反射的に彼女を捕まえようとして、手を伸ばす。
 女生徒は全く動かなかったが、捕まえる瞬間、
「今日は容赦しませんけど――皆さんが、そっち系の編集方針じゃないって事がわかって、よかったです」
「あ……」
「あなたが、部長になったら――その方針に戻してくださいね」
「ああ……」
 手が、離れた。
 そして汐のゾリオンが唸る。
 かくして、ニュー新聞部は、守りに守りを固めていたはずなのに、あっさりと陥落した。
 
 そして、この一件が元となり、後に演劇部と写真部に友好の橋が架けられるのだが、それはまた別の話。

□ □ □

 その噂は、何処からともなくやってきた。
「三年生が、参加してるらしい――?」
 大会委員会のひとりが怪訝な表情でそう聞き返したのを、お手洗いの帰りに通りかかった秋生は小耳に挟み、
「別におかしくねぇじゃねぇか。なんか問題あるのか?」
 と、何気なく口を挟んだ。
「あ、いや……エントリー時にリストには三年生はいなかったんですよ。ほら、今回はある意味部活対抗戦だからって、引退した彼らは参加していないんです」
 と、もうひとりの大会委員がそう言う。
「なるほどな。んじゃ、なんでそいつが三年ってわかったんだ?」
 再び秋生が訊くと、
「その、どうもその三年生、旧制服を着ているんですよ」
 と、答えた。
「なるほどな」
「でも一体何処の部活に所属しているんだか――」
「――へ部ン」
「は!?」
「ただのおやじギャグだ。聞き流せ」
 そう言って、秋生は観客席に戻った。
「……ただの希望だしな。俺の」

□ □ □

「わーーーーーーっ!」
「何で伊吹先生、目ぇ瞑ったまま撃って当たるんだよっ!」
「知るかっ!」
 未だ健在ながらも、本人が混乱しているため戦力には全くなっていない風子が廊下を駆ける。しかし、うっかり攻撃を行うと、的はずれなはずなのに当たってしまう反撃が返ってくるので、スコアそのものは、それなりの数字を叩き出していた。
 しかもちょこまかと走り回るので、狙いが付けられないこと夥しい。
「はぁ……」
 その様子を、杏はロッカーの陰に隠れながら様子を見ていた。
「……あれこれ考えながら闘うのが馬鹿らしくなるわね」
 ため息混じりに、そう呟いたときだった。
「後ろですっ」
「――!」
 間一髪だった。杏は言われた方角からの伏兵を即時に迎撃せしめる。
「ふぅ、ありがとう。助かったわ」
 返事は無かった。
 杏ははそれを訝しみ、次いで先程の声の主は誰だろうと思案し――、
「――え゛」
『このままだと、演劇部は部活として認定されないんです』
 その声の主は、思い出から聞こえたあの声と、瓜二つだった。

■ ■ ■

「申し訳ない。電車が遅れてしまって……」
 大会も佳境に入ってきたところで、そう言って秋生に頭を下げた者が居た。
 旅装のまま駆けつけたという風体の、岡崎直幸である。
「俺に頭を下げないでください。それに悪いのは電車の方でしょう」
 めったに使わないよそいきの言葉を使って、秋生が答える。
 そんな彼に余り交流のない椋はただキョトンとしていたが、芽衣と美佐枝はその顔に驚愕の表情を浮かべて固まっていた。そんな中、早苗は静かに秋生と直幸を見守っている。
「朋也と、汐さんはどうです?」
「まだ頑張っていますよ。二人とも骨があります」
 電子掲示板を指さして、秋生。
「ああ、良かった。急いでここまで来たかいがあったものです」
 安堵する直幸に、秋生は始めて口の端を吊り上げて笑ってみせた。
「お楽しみは、これからですよ」

■ ■ ■

「なんなんだ、これは……」
 廊下の隅で、智代は一人呟いた。
 ワイヤートラップ。そして乱雑にばらまかれた手鏡。
 ゾリオン系の光線銃ならではの仕掛けである。
 そこら中にある手鏡は、ただばらまかれたものではない。いや、大半はそうかもしれないがその中に必ず、何かしらの計算の上に設置されているものがあるはずだ。
「籠城用トラップか。なかなかに、やるな……」
 ここは放棄して、別のフラッグを狙うか。そう智代が思ったとき――、
 視界の隅を何かが掠めた。
 智代はほぼ条件反射でそれに狙いを付け、
 もう見ることがないと思っていた後ろ姿に、硬直した。
「ま、まてっ」
 慌てて追いかける。そんなことはない、と思いながらも。

■ ■ ■

『ああっと、古河ベーカリーズの坂上智代、ノイエ科学部のトラップを見事にかい潜っていきます。まるで読んでいたように突破していきます!』
『読んでいるというより、先導されているように見えるの。あ……チェックメイト』
 結果、ノイエ科学部は智代一人によって壊滅。フラッグは奪われた。

■ ■ ■

「あいててて……」
 脱落者救護室で、陽平はベッドの上に出横になり、頭に氷枕を乗せていた。
「大丈夫ですか?」
 ベッド毎に仕切られているカーテン越しに、声がかかる。
「ああ、うん。心配しないで」
 振り向かず、手をヒラヒラと振って陽平。
「あーあ、僕も年取ったもんだよ。ホント」
「でも、それは素敵なことだと思います」
「そう?」
「はい。心が豊かになっていくってことですから」
「なるほどねぇ、いいこと言うじゃん。君」
 今度から年食ってく毎にそう言おうかな、と陽平。
「これからも、頑張ってください。春原さん」
「ああ、うん……」
 そう言って再び手をヒラヒラさせいた陽平は――途中でピタリと動きを止めた。
「ちょっと待って。なんで僕の名前……」
 慌ててカーテンをはねのける。しかし、その場には誰もいなかった。
「え? あれ?」

■ ■ ■

「こっちが持ってるフラッグは、現時点で何本?」
 呼吸を整えながら、わたしは訊いた。
「3本です。私達のフラッグを入れて4本」
 新聞部攻略の時に囮になってくれた部員がそう答えてくれた。正確に言うと、わたしの側には彼女しかいない。我が演劇部も無傷とはいかず、オフェンスとディフェンスを1名ずつ失っていた。
「ということは、後1本でタイ、確実に優勝するためにはさらに1本必要ってことね……」
「はい……」
 ゾリオンを胸に抱き、彼女はそう答える。
「OK、休憩終わったら行きましょ――どうせだったら、優勝したいし」
 大きく息を付いて、わたしがそう言い、部員が返事を返そうとしたとき――、
『全チーム! 戦闘を中断してください! 繰り返します、全チーム、戦闘を中断してください!』
 突如、校内放送が入った。
 わたしは顔を上げ、スピーカーを睨む。
『現時点で他チームに奪われていないフラッグが1本のみとなりました! よって試合終了となります!』
「ディフェンス、負けちゃったんでしょうか……」
 不安そうに訊かれたが、わたしは即答することが出来なかった。わたし達演劇部が落ちるとも思えないし、古河ベーカリーズも落とされるとは思っていなかったからだ。
 でも、現時点ではどちらかが陥落しているはずである。
『現時点で最大のフラグ保有数は――4本』
 ――!? わたし達は、弾かれたように顔を見合わせた。
『今大会の勝者は……新生演劇部です!』
『汐ちゃん、おめでとうなの』
 ~~~~~~~~~~!
「ぃやった――!」
 わたしは思わず、部員に思い切り抱きついてしまった。
「岡崎部長っ、むね、胸が顔に当たって、くるっ、苦しいです!」

■ ■ ■

 ……よくやったな、汐。
 観客席の電子掲示板を見上げながら、俺は口の中で呟いた。
「吸うか?」
 いつの間にか俺の側にいた芳野さんがそう言って、煙草のパッケージを差し出してくれる。
「いや、結構ですよ」
「そうか……吸いたそうな貌をしていたもんでな」
「禁煙、まだ守ってるもんで」
「そいつは済まなかった」
 そう言って芳野さんは笑い、煙草を引っ込めた。
 と、校舎から杏が出てくる。俺が手を振ると、杏も手を振って、
「いやー、良いところまで行ったんだけど、負けちゃった」
「杏もか」
「あたしもって……他に誰が負けたのよ?」
「春原、柊、俺、それに智代だ。風子がひとり頑張っていたようだが」
「そう――って智代も!? 嘘でしょ?」
「残念ながら本当だ……」
 当の本人が現れて言う。
「腕のいい狙撃手が居た。この私が気配を全く読めなかったんだからな……」
 汐以外に負けるつもりは全くなかったんだがな、と智代。すると、杏は大きなため息をついて、
「あたしら、もう主役じゃないのね……」
「そんなもんだろ。いつまでも俺達が表に出られる訳じゃない」
「むしろお前達の時代が長すぎだったんだ」
 と、芳野さん。
「確かに」
 と、頷く智代――と俺。
「そうね……あの人だって、退いたものね」
 父さんと楽しそうに会話をしているオッサンを眺めながら、杏。
「あれ、みんな負けちゃったの?」
 そこへ、頭に氷嚢を乗せた春原がふらりと来た。
「――アンタ、今まで何処行っていたのよ」
「保健室だよ。乱戦中に踏んづけられちゃってさ」
「実に期待を裏切らないヤツだな」
「ほっといてくれっ! ――それよりさ、岡崎」
「なんだ?」
「渚ちゃんの声、今でも覚えているか?」
「当たり前だ」
 誰に向かっていってやがると言おうかと思ったが、春原の表情がいつになく真剣だったので、俺はそう答えた。
「僕さ――保健室で渚ちゃんの声を聞いたんだ」
「あんたは――!」
「もう少し気を使えっ!」
「なにっ、杏も智代もいきなりなにっ!?」
 ……なるほど、そういうことか。
「あぁ、なんとなくそんな気がしていた」
「へ?」
「え――!?」
「気付いていたのか?」
 ぎょっとしたように春原、杏、智代。傍らの芳野さんは意味がわからないためか、煙たそうな貌をしている。
「当たり前だ。俺の嫁だぞ?」
「そりゃあ、そうだけど……」
「何の話ですか?」
 そこへ汐が戻って来た。少し離れたところで、一緒にチームを組んでいた演劇部員達が観客席の部員達と合流している。
「いや、渚ちゃんがここに来たって話――」
「だからあんたは――!!」
「汐の情操教育をもうちょっと考えろ、春原っ!」
「なに!? また僕が悪いの?」
 しまった、出遅れた。そう思いながら春原に向かって口を開こうとしたとき、
「ああ、来ていたみたいですね」
「ええ――!?」
「汐も気付いていたのか!?」
 再び仰天する杏達。
「そりゃ、わたしのお母さんですから。その場全体の雰囲気でわかります」
 そう言って汐は俺を見ると、ねー、首を横に傾ける。
「でもなんで、岡崎や汐ちゃんじゃなくて僕達に――」
「ああ、きっとそれは……」
 汐が途中で言葉を切る。そして俺にこっちに視線を送ってきたので、俺は少し勿体振るように胸を張ると、
「なぁみんな、渚の夢って知っているか?」
「……? 演劇じゃないの?」
 杏がそう答える。
「それは夢をかなえるための手段だよ。あいつの夢は……みんなで、何かをすること」
「……朋也」
「……岡崎」
「だから、夢を叶えに来たんだよ、渚は。まったく……最初に汐、次に俺、最後に自分。まったく、相変わらずなんだよ。我慢する性格」
 早くも夕陽が迫って来ていた。俺はオレンジ色に染まった空を見上げる。
「――楽しめたよね? お母さん」
 汐が訊く。
「……ああ。間違いないな」
 俺は、はっきりと頷いて答えた。

「あの、岡崎さん。ふぅちゃん見ませんでしたか?」
「え?」

□ □ □

「わーーーーーーっ!」
 暴走に暴走を続けていた風子の終着駅は、とある教室だった。この教室に入る直前彼女は前につんのめり、そのまま滑り込むように教室の中へ雪崩れ込んできたのである。
 そのままの姿勢で約1分後――、
「はっ!?」
 風子はがばりと起きあがった。そしてきょろきょろと辺りを見回す。
 そこは、まるで人気のない教室だった。
 当たり前の話である。一般の生徒は、今回の大会の性格上下手に校舎にいると危険なので立ち入り禁止となっているし、もし此処に他のチームのメンバーがいたら……風子は無事には済んでいまい。
 なのに、そこには当たり前のように、窓から外を見ている女生徒がいた。
 彼女は風子が目を覚ましたのに気付いたらしく、視線をそちらに向けると、
「気付かれましたか?」
「はい、おかげさまで」
 特に女生徒に何かされた憶えはないのだが、様子を見てくれたのは確かなので、風子はそう礼を言う。
「失礼ですが、あなたはどこかのチームに所属しているんですか?」
 転んでも離さなかったゾリオンを後ろ手に、風子はそう尋ねる。
「いえ、わたしは大会には直接参加してませんでした。それより――」
 そう言って手招きする女生徒に、風子は疑問符を浮かべながらもゆっくりと近寄り、彼女が指さす先――グランドの様子を眺めた。
「もしかして、閉会式ですかっ!?」
「もしかしなくても、閉会式だと思います」
「いつの間にか大会終わってしまいましたかっ! 風子、気付きませんでしたっ」
 ひとり驚愕する風子に、女生徒は苦笑しながらも、
「今なら、間に合うと思います」
「そのようです。だから風子は行きます」
「はい。気を付けてください」
 そう言って微笑む女生徒に、風子は踵を返して――さらにもう一度、踵を返した。
「あなたは、行かないんですか?」
「はい。残念ですけど」
 その返事を予想していたかのように、淡々と女生徒は言う。
「楽しいことは、まだまだこれからかも知れません。それでも行かないんですか?」
「わたしはもう、十分楽しみましたから」
「そうですか……では、風子は行きます」
 そう言って、風子は今度こそ教室を去ろうとして――再び素早く踵を返すと彼女の胸に飛び込んだ。
「あ、あの――!?」
「……お互い、こうした方が良いと思っただけです。迷惑でしたか?」
「……いいえ、いいえ。そんなことないです」
 そう言って、女生徒はそっと風子の髪を撫でた。
「ありがとう御座います」
「それでは、失礼します」
 本来、風子はこの学校の美術講師なのだが、生徒のように一礼すると教室を去っていった。
 その様子を女生徒は見守るように見つめ――、
 完全に足音が消えた後、再び窓の外を眺めた。
 そして、自分が無意識に髪を撫でる仕草をしていたことに気付き、苦笑する。
「今日は本当に楽しかったです。朋也くん、しおちゃん……」

□ □ □

「もう3回目です。いい加減風子だって気付きます」
 廊下を走りながら、風子は呟く。
「でも、風子だって大人です。だから、風子からは訊けませんでした」
 さらに速度を上げて、風子は駆ける。
「だから、また会いましょう。――汐ちゃんの、お母さん」

Fin.

あとがき

 ○十七歳ゾリオン大会編でした。
 自分で言うのもなんですが、今回、長かったです。思った以上に書きたいことが増えてしまい、次いでどうせだからオールキャストやるぜいと意気込んだ結果……三月末に書き上げる予定が五月の中頃になってしまいました;(しかもオールキャストではなく、二名ほど足りないです;)
 オールキャストといえば、今回登場人物が多いためと言うかなんというか、場面切り替えも多かったですね。ちょっと読みにくかったら申し訳ないです。

 さて、次回は……○十七歳編、最終回です。

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