AIR_7(エア・アンダーセブン)
第四話:キノコとうぐぅと国崎往人
前回のあらすじ。
遠野さんの言ってたことが全部解ってたら、Ogurinとタメ張れます。
「……あまり嬉しくないでしょうね……」
ごもっとも。
今日も暑かった。まだ午前十時だというのに、既に汗ばむ暑さである。それでも日陰、たとえば風通しの良い居間などで、扇風機にあたって麦茶でも飲んでいれば大したことではない。ちょうど今の国崎往人がそうだった。緩やかな風が一迅流れ、ちりんと風鈴が鳴る。夏休み前に、観鈴が技術家庭の授業で作った、プテラノドンの風鈴であった。
テレビはつけていない。もとよりあまりテレビを見る習慣と縁のない国崎往人である。目に映るものはただ、時折来る風と、それに揺られる風鈴だけで十分であった。
ことり。
ゆっくりと手にしていた麦茶のコップをちゃぶ台におく。そして、ふと思いついたかのようにズボンのポケットを探った。そこからは数枚の券のような紙片が出てくる。それを眺めながら、国崎往人は呟いた。
「にはは」
「ッおっどれが言うなぁ!!」
国崎往人から見て真横から、晴子の跳び蹴りが決まった。たまらず吹き飛ぶ国崎往人。
「な、な、なにをする!」
がばりと起き上がり、そう抗議する。
「TPOを弁えんかい!気色悪いわ!」
「ああ、確かに気色悪かったろうよ!悪かったな!」
「それが反省の言葉か!」
「やかましい!たまには俺だってにははって笑ってみても良いだろうが?」
「だから、気色悪いいうとるやろ!」
「にはは笑いって、気色悪い?」
廊下を掃除していた観鈴が居間に入ってきた。
「……どっかの猫もどきみたいな言い方は止せ、観鈴」
今日は補習がなかった観鈴は、家事の方で忙しかった。掃除機を両手で抱えている。本体の方は転がしておけばいいのに、廊下の木の板を傷付けたくないらしい。
「でも、往人さんがにははって笑うと気色悪いんでしょ」
「元々居候が笑うと気色悪いわ」
「そこまで言うか……」
確かに俺は笑うのが下手だが、そう思いながらもややプライドが傷ついた国崎往人。
「似合ってると思うけどな。往人さんのにはは笑い」
「そうか?」
「似合わへん」
本人まで否定すれば、観鈴の立つ瀬がない。
「が――にはは……」
がおと言うと、頭が痛くなるので、観鈴は笑って誤魔化した。
「で、どないしてにはは笑う事になったか、説明してみい」
その場にどっかりと腰を下ろす晴子。先ほどから姿が見えなかったが、どうも愛車のドゥカチを整備していたらしい。エンジンオイルに汚れた軍手を器用に外して作業用ズボンに突っ込んだ晴子は再び訊く。
「説明してみい」
「いや、説明も何も、これ見てると笑いがな」
そう言って国崎往人が見せたものは、例のお米券だった。観鈴のクラスメイト、遠野美凪からもらったものである。あれから何度も会っているのだが、そのたびに最高気温突破記念とか、国崎往人の人形劇、お客が今までの最高人数5人突破記念(補足しておくと、観鈴、佳乃、ポテト、美凪、みちるを含む。つまり、近所の子供がひとり偶然通りかかったという事)とかで、お米券が増え、もらった数では50を越えていた。
「これで、この町を出るのも早くなったかなと思うとな」
「……まあ、居候の米のおかげで、家計が楽になったのは確かやな」
手近にあった家計簿を開いてパラパラとめくる晴子。家計が楽、とは国崎往人がお米券の半数を神尾家に寄贈しているからである。これで稼ぎの足しに、というわけであった。
「だろ、だろ」
「これなら例の借金、秋にもつれ込むことあらへんな」
「だろ、だろ」
例の屋根の修理であるが、家が古いため難航していた。作業そのものだけでなく、金銭的にも嵩んできていたのである。そのため、秋の中頃まで稼がなければならないことになったのだ。
「せやけど夏の終わりまではあかんな」
家計簿をぱたんと閉じて、にやりと笑う晴子。
「くっ」
本当に悔しそうな国崎往人。隣では観鈴が複雑な表情をしていた。
「仕方ない、今まで通り地道に稼ぐか」
そう言った国崎往人を、珍しいものを見るように、晴子が目を見張る。
「諦め良くなったなあ、居候」
「またひとつ大人になったんだ」
「さよか」
「それが大事。往人さん、それが大事」
「そうか?……そうだな」
頷いて、再びポケットにお米券をしまう。
「じゃ、そろそろ診療所行くか」
「あ、往人さん。わたしも一緒に行く」
「そうか?そろそろ迎えが来る頃だが」
そう言って、時計を見上げる。もうすぐ十時半だが……。
「こんにちはぁ!」
「ほら来た」
思わず苦笑を漏らす国崎往人。時間ぴったりの佳乃の迎えは、寸分狂ったことがない。が、玄関に出てみると、いつもの佳乃とちょっと違った。片手で持てる程度の段ボール箱を両手で持っている。
「どうしたんだ、佳乃」
国崎往人の質問に笑いながらも答えず、佳乃はにこにこと宣言した。
「あのね。往人君」
「なんだ」
「キノコ売ろぉ」
そう言って、段ボールを掲げる。
「もちろん売ってくれた分だけ往人君の稼ぎだよぉ」
一瞬、おとがいに手をあてたが、国崎往人は一つ頷くと、
「売る!」
「往人さん、さっき決めたことと違う……」
「いいか、観鈴、チャンスは来るものじゃない。掴むものだ」
なにやら貌が活き活きしてきた国崎往人。
「覚えておくといい。冒険は罪じゃねえ」
「そうかな……」
釈然としない観鈴。そんな観鈴を置いておいて、国崎往人は佳乃に訊く。
「で、その段ボール箱の中身はなんなんだ?椎茸か?シメジか?それとも俺も食ったことがない伝説の松茸か?それならまず一本だけ食わせてくれ」
「……残念ながら、違います」
唐突に現れたかのように美凪が口を挟んだ。おそらく、玄関の影で見えなかったのだろう。
「来てたのか、遠野」
「……さきほど診療所の前でばったり会いました」
よくよく遠くを見てみると、少し離れた路地でポテトとみちるが遊んでいる。
「で、違うって事は俺の知らないキノコか。どんなやつだ?」
「うちの裏庭に生えていたんだよぉ!」
そう言って嬉しそうに段ボールを開ける佳乃。その中には、見たことがないキノコでぎっしりだった。形は椎茸に似ているが、それとは違った色で、大きさも微妙に違う。
「なんてキノコなんだ?」
「知らないよぉ」
「……食えるのか?これ」
「さっきポテトが食べたよぉ」
「毒キノコの概念を知らないみちるが食べてしまいました」
「待て」
びしっと両手を広げて突きつける国崎往人。
「名前も知らん正体不明のキノコを売りつけるのか?、そんなもん売れるわけないだろう」
「……おいしいって、みちるが……」
「生で十分イけるってポテトも言っていたよぉ――本当においしかったし。ねぇ?」
そう言って、美凪に同意を求める。彼女は親指をびしっと立ててそれに答えた。
「……お前らも、食ったのか」
頷く二人。
「……一応今のところはなんの変化もありません」
「あのな、それでもし毒があったらどうするんだ?」
「……みちると死ぬなら本望……」
「お姉ちゃんが治してくれるよぉ!」
「俺はイヤだ」
「……さきほど、『冒険は罪じゃねえ』とおっしゃっていました……」
「うんうん!言ってたぁ!」
「……無謀な冒険は重罪だ」
「……どちらにしろ、私も霧島さんも少しだけですから……みちるとポテトさんは結構食べていましたけど……」
「あいつらの胃は原子炉だからな。大丈夫だろう」
食べてしまったものは仕方がない。国崎往人は腕を組んでふうむと唸った。
「……本当に大丈夫か訊いてみるか」
「一応毒の成分は検出されなかったな」
「一応ってなんだ。一応って」
「精密レベルだと、設備が十分ではないからな」
「なるほど」
訊いてみるといっても、大丈夫かわかる知り合いと言ったら一人しかいなく、結局一同は霧島診療所で分析してもらうことにした。結果は以上の通りである。
「……異常ありませんね」
「なくても俺は食わん」
「……何かあったのですか?」
「――何もない」
相変わらず鋭い。そう思いながらも国崎往人はしらを切り続けた。そうすれば、それ以上追求されずにすむ。
「あ、おいしい」
「オイ観鈴コラ観鈴」
診療所のアルコールランプと金網で軽く焼いたキノコを、観鈴が食していた。
「ふむ。これはなかなか……」
当然というかなんというか、聖も食している。キノコ焼きセットを用意したもの聖だろう。
「おいしいよ。往人さん」
「後で毒が回ったらどうするつもりだ」
「大丈夫。わたし強い子」
「そういう問題じゃねえ!」
「じゃあ、持って帰るぅ?」
「うん」
「おいおいおいおい、待て!」
「それで持って帰ってきたんか」
「うん」
ざるに盛られたキノコを眺める晴子。
「おい、やめとけよ」
「なんや居候、こういうんは、一番最初に飛びつくん思っとったのに」
「何かあったみたい」
「何もない。何もないぞ。観鈴」
しかし神尾親子は信用していない視線を向ける。
「何があったか聞いて、それ次第で食うのやめとくわ。だからゆうてみ?」
う……。と国崎往人は言葉に詰まる。だが、観念したらしく話し出した。
「昔な、どうしても腹が減っていて、そこらにあったキノコ――ワライダケ食ったことあるんだ……」
「え……」
「笑い死にって、簡単に出来るんだなって思ったよ……」
限りなくブルーに近い国崎往人。
「だからな、やめとけ――」
「お、ほんまや。うまいでこれ」
「人の話を聞いているのか?晴子!」
「これ、ワライダケやないやん」
「だから毒キノコじゃないって訳じゃないぞ」
「診療所に持っていったんやろ?」
「毒の成分はないって」
すかさず観鈴のキノコフォロー。
「ほな問題なしや」
「キノコの種類はわからなかったんだぞ!」
「なら新種やな。高う売れるで」
「――それはそれで良いかもしれんが……」
「ならええやん」
「釈然としねー!」
結局、国崎往人は神尾親子がキノコパーティをしている間、この前観た『午後は○○思いっきりテレビ』でグッチ祐三が踊りながら作っていたびっくりおにぎり(ごま油をご飯を握るときに軽くまぶす。美味いらしい)をひとり寂しく食していた。どうしても正体不明のキノコは食べたくなかったのである。
「うまかったで〜。こう、網で焼いたやつをなあ、あちあち言いながら軽く割いて、しょうゆを垂らして戴くんや。たまらんでー」
「素揚げにして、大根おろしとポン酢で食べても美味しかったよ」
「う……」
思わず涎が出てしまった。
「往人さんも食べれば良かったのに……」
「椎茸とかだったらな。あのキノコで二人とも倒れたら、聖の診療所まで担いでいかなきゃならんだろ」
「んなわけないやん」
「後で痛い目見ても知らんぞ」
「せやからんなことないやろ」
「だからな……」
「あ、往人さん、お母さん、『うぐぅちゃん』始まるよ」
堂々巡りしそうなときに、タイミング良く観鈴が二人の気を引いた。
「おう、もうそんな時間か」
途端、仲良く自分で決めたポジションに座り直す国崎往人と晴子。
「どれどれ」
最近の神尾家のひとときに『うぐぅちゃん』を観るというのがある。
ただ歩いているだけでも、とりあえず何かにぶつからないと済まないうぐぅちゃんが、失敗と失敗と失敗を重ねて彼女の周りの人物の悩みを解決していくという話である。ちなみにCM等によると、「ハートフルタイヤキストーリー」らしい。
「やっぱ俺的には、いつも寝ている『うにゅちゃん』がいいよな」
「わたしは、うぐぅちゃん」
「甘いで、二人とも。ここは渋く『了承さん』や」
ちなみに、このほかのキャラクターに肉まん大好き『あうーちゃん』とアイス大好き『アイスちゃん』(まんまだ)、無口な『はちみつちゃん』にいつも笑顔の『あははーっさん』がいたりする。
「うっぐぅ!テレビを見るときは部屋を明るくして少し離れて観てねーっ!あ、クリームたい焼きだっ!」
底抜けに明るい調子で喋るうぐぅちゃんのナレーションに続いて、オープニングソングが始まった。
その晩、国崎往人は夢を見た。
どこまでも蒼い、雲一つ無い空。大気は無色透明なのに、その彼方は蒼く染まっている。
その夏の青空を、小さな影がぱたぱたと飛んでいた。それがなにか、国崎往人には解っている。だから、片手をかざし、もう片方を大きく振りながら、声をかける。
「お〜い」
「うぐぅ〜?」
「うぐぅちゃんはなんで飛ぶんだぁ〜?」
「本名は月宮あゆって言うんだよ〜」
「だからなんで飛んでるんだぁ〜?」
「うぐぅ〜」
背中のリュックの羽で、ぱたぱたと飛んでいくうぐぅちゃんを、国崎往人は手を振って見送った。その姿が米粒大になるまで、いつまでも。いつまでも。
「我ながら、なんつー夢見るんだ……」
ぼんやりとしながらも、徐々に覚醒していく。
「アレが目的だったらな……」
ひとり、苦笑する。
「ま、それはそれでアレか」
彼の旅の目的については、追々説明することになるだろう。
「ま、何はともあれ、今日は何もないと良いんだけどな。っていうか、何も起こらんだろうけど」
起こるのである。
それは、観鈴から始まった。
国崎往人がいつも通り、キッチン兼食堂に出てみると、制服の上にエプロンを着た観鈴が忙しく動き回っていた。朝御飯の準備らしい。
「うぐぅ、おはよう」
「……観鈴?」
「うぐぅ?」
「うぐぅって――なに言ってんだ?お前」
「いつも通りだよ」
いつも通りな訳がない。
「ごめんね往人クン、ボク今忙しいから、もうちょっと居間で待っててくれるかな?」
「あ、ああ」
そのまま国崎往人は居間をすり抜け、晴子の部屋に直行した。
「おい晴子!観鈴がなんか全面的にヘンなんだが、お前は大丈夫か?」
「了承」
「何がだ!」
「了承」
「晴子もか……」
「どうかしたんですか?往人さん」
「……なんでもない」
「うぐぅ〜、お母さん、往人クン、朝御飯出来たよ〜」
「おい、聖。食い意地張った母子が、ヘマしたんだが……お前のとこの佳乃とポテトはどうなってる!?」
いつもより1ランク落ちた朝食を速攻で平らげると、国崎往人はそのまま診療所に直行した。いつもより一時間ほど早かったがそんなこと言っていられない。
しかし、着いてみると誰も返事をしなかった。
「あれ?」
「ゆ、往人……?」
「……往人ぉ?」
恐ろしいものを見るように、国崎往人は彼に話しかけてきた人物を見た。佳乃なのであ
る。
「やっぱり、お前もか……」
「聖が……」
「聖までも?」
あの医者は症状が出る前に対処できたと思っていたのだが、無理だったらしい。
「あははーっ、往人さんですねーっ」
「お、お前誰だー!」
その時の国崎往人の表情は、一言で言い表すとしたら『ガビーン!』であった。
「どうしたらいいか……わからない」
「あははーっ」
「そ、そりゃそうだろうな」
「あはははははははは」
「ポテトさんも変だし」
「あん?」
「あうー」
「……なんか吠えてるぞ」
「それがポテトさん」
「あん?」
「あうーっ」
ポテトが、肉まんをかじりながら漫画を読んでいた。
「……あんまり変わらんな」
「あははっあはははははは……」
「すまん。今日は早退する」
「はちみつくまさん……」
「遠野〜!いるか!」
最後の砦と言わんばかりに、元駅前広場に飛び込む国崎往人。と、駅前のベンチにだれかが突っ立っている。
「? 遠野か?」
近づいてみると、みちるだった。どことなく眠そうである。
「あ、国崎往人だお〜」
「……だお〜ってなんだ、だお〜って!」
「……キノコのせいです……」
駅舎から美凪が現れた。片手に豪華な装丁の本を持っている。
「お前は平気なのか?」
「少ししか食べませんでしたから……」
「そうか……あのな」
「……あのキノコを食べた人が全員性格が変わっているんですね?」
「ああ」
「……実はキノコの種類がわかりました」
とりあえず、立ったままくーと寝はじめたみちるを退けといて、美凪の説明を聞く。読書用なのかどうかわからないが、途中でかけた小さな眼鏡が似合っていた。
「とりあえず、あのキノコですが……」
「ああ」
「セイカクエイキョウダケです……」
「あ?」
「セイカクエイキョウダケです……」
「…………」
「精神に作用を及ぼして、影響を受けたいものをトレースし、重度の場合は完全になりきってしまいます……」
「な……」
「でも、身体には害が無く、性格だけにしか影響はありません」
「本当か?」
「……だって性格影響だけ……ぷぷっ」
「おい……」
半眼になる国崎往人。が、とにかく先を促す。
「……私もそうなんですけど」
「?」
「……話を総合すると、昨日の晩、全員うぐぅちゃん、観ていたようですね」
「――あー、それでうぐぅだの、了承だのはちみつくまさんだの」
やっと合点がいった。
「みなさん、うぐぅちゃんのキャラクターになっています……」
そう言って、隣で(なお立ったまま)寝ているみちるを見やる。
「……みちるは、うにゅちゃんのようですね」
「みたいだな」
「わたしが、了承さんになればよかったですか……」
「……よくねえよ」
「うぐぅ」
「本当に、影響受けていないのか?遠野は」
だんだん怪しくなってきた。
「……大丈夫です。それで、対処法ですが……」
開いたままの本のページをめくる美凪。なんとなく国崎往人が表紙を覗いてみると、そこには『デンジャー!こいつはやばい毒キノコ!!――万一の対処法付き――』と書いてあった。
「……要するに、その人の性格――自我を強く呼び起こさせれば治ります……」
「つまり、コンプレックスとか刺激すりゃいいわけだ」
「……やや強引ですが……」
「よし、まずみちるだ」
みちるは、未だに立ったまま寝ている。
「……私がやります……」
ぱたんと本を閉じて、静かに立ち上がる遠野。そしてそっとみちるに囁く。
「……みちる」
「うにゅ」
「……明日は超特大、スペースコロニー級のハンバーグ、お昼にしようね……」
「うにゅ――は、はんばーっぐ!」
みちるは甦った。
「なんて単純な……」
「……みちるですから……」
「さりげなくキツイ事言うのな。遠野」
「……そこがいいんです」
「――そうか」
「……行きましょう」
「どこへ?」
「この要領でみなさんを治します」
「わかった」
神尾家に到着すると、既に観鈴は補習に出かけていた。にこにこと笑う晴子が普段では信じられない美味い昼食(観鈴よりも上手に!)を作ってくれたのでまずそれを頂いてから治療に取りかかる。
「なあ、晴子」
「はい?」
「もう年だろ。無理すんな」
「まあまあ、往人さん。年なんて……うちが年増いいたいんか、ああ?」
晴子復活。
「……お上手です」
「まあ、こんなもんだろ」
殴られた頬をさすりながら、国崎往人は呟いた。
「すまん、聖。あまりにも佳乃が可愛いんで襲った」
「あははーっ――あなたを殺します」
「なんか戻って無いぞ!っていうか別の性格になってるような……」
連続してあらゆる角度から迫ってくるメスを必死で避けながら、国崎往人は美凪に訊く。
「もう一押しです」
「も、もう一押しか……聖!」
「なんですか、国崎さん」
もはや、誰の性格だかさっぱりわからない聖が、メスを逆手に構えたままピタリと止まる。
「佳乃だが……うまかった」
「死ね!死ね死ね死ね死ね死んでしまえ!」
「う、うぎゃあああああああぁぁッッ!!」
無事に復活した聖。だが……、
「合掌……」
「殺すな……」
当然の事ながら、国崎往人はボロボロになった。二、三カ所にメスが刺さっている。
「大丈夫?往人」
どこにあったのか、うさ耳を付けた佳乃が、絆創膏を貼ってくれた。似合わなくもない。
「それより霧島さん……」
「?」
「国崎さんが、下僕星人一号になるそうです」
「それは……やったーっ!」
佳乃もあっさり復活した。
「それじゃあ、あたしは下僕隊長だよぉ!」
「……下僕の隊長って一体……」
「それより、勝手に下僕にするな……」
首を傾げる遠野に、国崎往人が即座に突っ込む。
「それに、もう一人……いや、一匹手強いのがいる」
「ポテトさんですか」
「もとより自我がよくわからんからな」
「……国崎さんの人形劇で大丈夫だと思うけど……」
「まあ、それしかないか」
「ぴこぴこ」
「そう、そう吠えれば元に戻って――る?」
「……る?……」
「ぴっこり」
「…………」
「…………」
「…………ぴこ?」
「何・で・前・触・れ・も・な・く・戻・って・る・ん・じゃ・あ・!」
「……生・命・の・神・秘・?」
「いや、真似しなくてもいいから」
「後は、神尾さん……」
観鈴のいる学校に向かって、足早に進む国崎往人と美凪。
「なあに、楽勝さ」
程なく、校門にたどり着く。
「……何か秘策でも?」
「秘策って言うか、定石だな」
「……なるほど」
夏休み中なので、校内校外とも生徒は少ない。いるのはグランドで汗を流している運動部の生徒と、何かしらの機材を持って歩いている文化系の生徒ぐらいである。
やがて、チャイムが鳴ると、なにやら上機嫌の観鈴が校舎から出てきた。
「よお、観鈴」
「あ、往人クンに、美凪さん?」
とてとてと駆け寄ってくる観鈴に、国崎往人はウインクを一つ美凪にすると、
「あのな観鈴、どろり濃厚、おごってやる」
「たい焼きがいい」
「ほらな、一発だろ」
ポンと手を観鈴の頭に置いて、勝ち誇る国崎往人。
「たい焼きがいい」
「…………」
「たい焼きがいい」
「どうした、遠野?」
「うぐぅ、たい焼きー!」
じたばたと手の下で暴れる観鈴。
「……治ってないようですが」
「……なぜ?」
「うぐぅ、なんの話?」
「いや、なんでも……観鈴、鯛焼きは後でな。遠野、ちょっとこっちに来てくれ……」
「何故だ?何故だ何故だ何故だ!?」
「……神尾さん、『どろり濃厚』より好きなものがあるのでしょうか……」
「いや、アレ以外で観鈴の好物なんて見たこと無いしな……」
「鯛焼きが意外と好きだったり……」
「まさか。それにそれだと戻らんことになるぞ」
他にも方法があるかもしれないが、今のところは思いつかない。
「まてよ……?」
うぐぅちゃんは鯛焼きが大好き、観鈴はどろり濃厚が大好き……、ということは。
「遠野、金、貸してくれ」
「……はい……いくらですか?」
「鯛焼き一匹分……」
「大変ですね……国崎さん」
「うん」
泣いている場合ではない。ちょっと離れたところで、不思議そうにこっちを見ている観鈴に、声を張り上げる。
「観鈴!鯛焼き買ってくるからちょっと待っててくれ!」
「え?本当?本当に鯛焼き買ってきてくれるの!」
「ああ、本当の本当だ」
「じゃあ、ボク待ってるね!」
「……行きましょうか」
「いや、遠野は観鈴を見ていてくれ」
「……はい……」
「頼んだぞ」
「……はい……」
そして三十分後。
「ああっ、たい焼きだーっ!」
どことなく疲れた様子の国崎往人。まあ、真夏に鯛焼きを探して三十分で戻ってきたのだから、かなり早いほうといえる。
「慌てるな。もう一つあるんだ」
と、国崎往人。
「でな、どっちかだけだ。どっちかはお前が選べ。選ばなかった方を俺がいただく」
そう言って置いたのは、『どろり濃厚』であった。しかも観鈴が最近のお気に入りだと言っていた、ストロベリー味である。
「さあ、お前はどっちが好きで、どっちを選ぶんだ?」
「う……」
観鈴は動かない。
「さあ」
「う、うがぐおぅ」
「……うがぐおぅ?」
観鈴の奇声に、さすがの美凪も思わず一歩だけ退いてしまった。
「いや、両方の口癖が、一緒に出たんだろ」
「ボ、ボク……わたしは……」
なにやら混乱の極みに達したような観鈴。そして、そのまま棒立ちになる。
「観鈴……?」
国崎往人が声をかけてもなお、観鈴は動かなかった。が、直後、
「どろり濃厚がいい……!」
「よっしゃあ!」
「……ぱちぱちぱちぽち」
やっとこさ、観鈴も復活した。
「ど、どうしたの?往人さん、遠野さん……」
再び混乱する羽目になった観鈴であった。
既に夕刻になっていた。観鈴を先に帰して、とりあえず元駅前まで、美凪を送っていく事にしたのである。
「まあ、なんにしろ助かった。遠野、ありがとな」
「……いえ……」
「結局遠野も食ったんだろ?あのキノコ」
「……ええ、少しだけ」
「本当に何もなかったのか?」
「……さあ……」
「まあ、遠野だからな。何食っても死にそうにないが」
「………………」
ちょっと言い過ぎたかなと彼女を見る。
「遠野?」
「……そんなこと言う人、嫌いです」
美凪を元に戻すのには、三日費やしたという。
――続く。
次回予告!
まったりでおじゃる〜
「誰だ!それは!」(ムキー!)
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