『あなたの髪に、似合う花を。』

〜第14話〜



 泣いてはいなかったと思う。
 泣くタマでもないと思う。
 だから、esは権藤を追おうとも思わなかった。
「どう思われますか? es様」
 少し困った顔をして、キナーが訊いてくる。esは、頬杖をつきなおして答えた。
「どうも何も、権藤は部屋に閉じ籠もってぐずぐず泣くタイプじゃないわ」
 耳を澄ませば、権藤の部屋の方から微かにがちゃどちゃと騒音が聞こえる。
「きっとフル装備で、貴方に戦いを挑んでくるものと思うんだけど、どう?」
「慧眼です。素晴らしい」
 小さく拍手するキナー。
「……貴方、わざとやっているでしょう」
 図星だったらしい。キナーは何も答えなかった。
「――ひとつ訊いていいかしら?」
「私(わたくし)の答えられる範囲でしたら」
 権藤の部屋からは、未だに何かを引っかき回している音が聞こえている。
「ジェミナ=エイトって、なに?」
「彼女の名前です」
 間髪入れずに、キナーは答えた。
「その名で呼ぶなと権藤は言ったわ」
「私が付けた名前だからかも知れませんな」
「そんなタイプでもないわよ」
 なお頬杖を付きながら、esはキナーを見やった。
「話して、くれる?」
 口調は今まで通りだが、目つきが違う。嘘は言わせない、そんな眼だ。
「……畏まりました」
 観念したように、目を瞑ってキナーは語り出した。

「ジェミナ=エイトは、私が紛争処理の現場で見つけた赤子です」



 戦乱が、絶えて久しいわけではない。
 中央はここ100年戦火にさらされたことがないが、国境付近では、小競り合いを含めれば絶えず戦いが絶えたことなど無い。
 それは、騎士叙勲に伴う訓練時に習った講義で良く知っていたつもりだった。
「ウイング侯反乱の時でございます。あの時、追いつめられた反乱軍が、ヤケクソになりましてな。領内の町や村々を焼き討ちにしたのでございます。その焼け跡の中に、ひとりの赤子がおりました。少し焦げた産着にくるまれておりまして、泣きもしないで私を見たとき、正直驚きました」
 キナーは淡々と続ける。
「産着の焦げた部分に名前が書いてありましてな。今だに本名はわかりません。ですが、名字の権藤だけははっきり読めました」
「……なるほど、ね」
「ですが、私に、異国の名前の付け方はわかりませんもので。やむなく、ジェミナ=エイトと名付けたのです」
「ジェミナは何となくわかるんだけど、エイトってなに?」
「丁度その頃、国王リーグでハン=シンが8連覇しましてな」
「はい!?」
「いえ、冗談ですよ」
「本当のことでしょう?」
 esではない。esはここまで凄みを効かせて喋ることが出来ない。
 ふたりが振り返ってみれば、そこには針鼠のように武装した権藤が、仁王立ちでキナーを睨んでいた。



〜続く〜


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あとがき

 く、クレーム付かないかな……。

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