『銀河の魔法使い』
まえがき
第3話執筆にあたり、月那氏に多大なる助力をいただきました。心より御礼申し上げます。
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DDXX-005(3200)_sazanami.YEO
--------------------------------------->以降よりファイル内容。
特型駆逐艦『漣』
諸元:
・全長200メートル
・全幅(最大)40メートル
・全高(最大)35メートル
・武装
主砲:ハイエルマープラズマキャノン単装2基
近接防御砲:レーザーファランクス単装4基
長距離マルチミサイルベイ:8基
・エージェントデベロッパ:ルノア・ウェイブサマー技術中将(代表。当時)
・エージェントデザイナー:スィー・アルツェン技術中将(代表。当時)
・メカニック:スノウ=O=スカイウオーカー技術中将(代表。当時)
・教育者:A=B=ヘンリー中将(代表。当時)
解説:
駆逐艦『荒波』をベースに、強力な機関、戦艦並みの火力と装甲、駆逐艦並みの機動力を兼ね合わせた次世代軍艦として1隻だけ建造。ただし、居住性と連続稼働時間が犠牲となっている。また、従来の艦でも低かった大気圏内の行動力はゼロに等しくなっている。
(中略)
銀河中央、惑星カンナ付近で演習兼テスト時、各部の多大な負担がエージェントに高負荷というダメージを与え、エージェントが暴走。大規模なスキップゲートを作成し、失踪。現在行方不明。
この事件により漣の計画立案者であった、統合管制本部技術工廠総監■(admin権限により削除)■は辞任。後進をハードウェア畑出身のスカイウォーカー技術中将に譲っている。
なお、この時の反省が、後の音無級へ生かされたこともあり、哀悼の意を込めて、特型駆逐艦『漣』は、音無級0番艦とも呼ばれている。
備考:現時点に於いて、『漣』の探索は続けられている。捜査主任は――
静かに、コンソールの電源を落とした。
軽くため息をつき、背もたれに体重を預け、そのまま外を眺める。
三重の――へたをすれば外壁よりも強固な――窓から見える惑星火星は、今日も赤い。
第3話:Dear Lost Number(前編)
雲竜が響の度肝を抜いて、教育艦隊司令部に出かけてからおおよそ3日後、響の広域レーダーが、彼のポジションシグナルと、行きに使った艦載機、『閃光』によく似ていながらも、少し変わった小型機の反応を拾った。
響は直ちに回収作業に入りながら、自身はブリッジを飛び出し、艦体下部にある艦載機格納庫に向かい走り出した。その顔には、期待と不安が半々になってぐるぐると渦を描いたような表情が浮かんでいる。
艦内中央から、格納庫への直通エレベーターを、通常の2割り増しの速さで下降させた後、響はドアが開くや否や格納庫のスピーカーをオンにした。
『雲竜教官!』
「聞こえている」
スピーカーの音量を下げるように身振りで示しながら、雲竜が機体から降りてきた。スピーカーをオフにしながら響は駆け寄ると、
「ど、どうだったの? どうだったの?」
「下りた」
「そうだよね。やっぱり、まだ早かったんだよ……ん? 下りた?」
「ああ。許可が下りた」
そう言いながら、凝りもしない肩をぎこぎこと動かして、雲竜は続ける。
「それからが大変でな。76通りのシミュレートが検討されて、同時に降下に使われる機体が吟味された。そして最善と思われるシミュレートが選定された後、同じく機体の選定が終了し、次には万一見つかってもいいように、機体に対し改造に改造を繰り返したのが……これだ」
そう言って、雲竜は、自分の後ろに片手を向けた。
「信じられないようだが、これは『閃光』だ。少なくとも、ベースになっている。教育艦隊司令部の技術者が寄って集って丸一日費やして、こうなった」
雲竜の手が指す方には、デルタ翼の小型汎用戦闘機の姿はなかった。代わりにあるのは、どう見ても惑星地球のレシプロ機である。
「惑星地球で、ターボプロップ機と呼ばれるものに似せた。無論、元の『閃光』としての性能は一切落としていない。……中身はな」
たったの24時間でここまで改造してしまった、教育艦隊司令部付けの15人の技術者の凄まじい作業を、雲竜は思い出していた。エージェント製作者としてもさることながら、応急修理と改造が何より好きなスカイウォーカー技術中将に、匹敵すると言いきって良い。
「まあ、何はともあれ、貴艦はこの機体で惑星地球に降下して貰う。十分予想出来たし、前もって言っておいたが、貴艦の艦体では大きすぎるからな。そして、ルートだが――」
長い上にややこしくなるので要約する。
惑星軌道上から、発艦して、大気圏突入。高々度から、惑星地球の平均的な飛行高度まで降下し、飛行に関する各種記録を採取、再び大気圏離脱して、着艦と言うものである。
危険を冒してまで、惑星地球に降下し、大気圏飛行するには、訳がある。
汎銀河連合宇宙軍教育艦隊司令部に於いて、半径数光年の間に、居住可能惑星は惑星地球しかなかった。もっと細かく言えば、居住可能条件に満たす気体組成、気圧を保った大気を纏う惑星が惑星地球以外にないと言うことである。
普段汎銀河連合宇宙軍教育艦隊において、降下訓練や、大気圏内飛行訓練は行われていない。艦のハードウェア的に、必要がないからである。
しかし、大気圏内機動を任務としなければならないときもあるポケット戦艦音無級にとって、実地で飛ぶということは、そのデータを収集するにあたり計り知れないものがある。
「――で以上だ。あとは、得たデータを元に、別の惑星にて貴艦の艦体で飛ぶことになるだろう――響?」
答えはない。雲竜がまじまじと見てみれば、響はにんまりと笑ったまま固まっていた。
「やったぁ……降りられるんだ……」
そういって、小さく身じろぎしている。
「――響!」
「は、はい! なに? 雲竜教官」
雲竜は、ため息をついて、もう一度最初から話すことにした。
『今晩は響君! 元気にしているかね?』
もしも惑星地球側の観測装置が、自らの衛星軌道上に展開されている汎銀河連合の通信チャンネルを観測出来たとしたら、そのあまりに膨大な量に驚愕したに違いない。
普段から使われている、『響』から教育艦隊司令部『イツカ』までのポジションシグナルと、雲竜と『雲竜』のデータリンクの他に、データ観測が送信専用で30以上、受信専用で同じく、そしてそれらの回線の予備がおよそ50。そして最後に通信回線が2本の、都合120近いチャンネルが『響』と司令部とを結んでいるのである。
そして、その中のひとつを使って、毎度おなじみ教育艦隊司令A=B=ヘンリー中将が語りかけてきたのであった。音声のみである。
『本当はね、青空の中を飛んで欲しかったのだけどね。でもま、仕方ないか。さて、そろそろ下りて貰うが準備はいいかい?』
「はい」
いささか固い調子で響が答える。
ここはブリッジではない。艦載機格納庫の先にあるエアロックである。そして響は、『閃光』――いまや改造を施したので『閃光改』――のコックピットに収まっている。明かりのない『閃光改』のコックピットには、小さな計器がいくつか、仄かな光を放っているだけ。
『もういまさら言うことじゃないし、雲竜君から再三聞かされているだろうが、君は観測装置を一切触らなくていい――』
基本的に、響が体験したことは、そのまま『響』にも記録される。だから、『閃光改』には特に観測機器を繋げていない。繋がっているのは、『響』と膨大な回線越しに繋がっている教育艦隊司令部の観測装置なのである。
『――ただし、飛行に集中すること。いいね?』
「はい!」
『いい返事だ』
ヘンリーのその言葉には、感心と安堵の二つが混ざり合っているようであった。
『それでは、オペレーションを開始する。響君、しっかりな』
「はい。頑張ります!」
そこで通信回線がもう一つ開く。『響』艦内にいる雲竜からのものだ。
『では、響。まずはエアロックを解放。『閃光改』の発艦準備を整えよ』
「了解!」
エアロックの床がゆっくりと開いていく。『響』の艦載機格納庫は、艦底にある長距離マルチミサイルベイのうちの最後部にある一基を射出用として使う。艦底を惑星地球に向けている現在は当然のことながら、眼下に蒼い惑星がいっぱいに広がっていた。
「エアロック解放確認。射出準備良し」
『了解した』
1秒ほどの間。
『発艦せよ』
「了解、『閃光改』、発進します」
エアロックに、電磁誘導カタパルトが発動したことを示すランプが点灯した。次の瞬間には、『閃光改』は『響』を離れ、宇宙空間に浮かんでいた。
『主機、点火』
「了解。主機、点火」
加速によるGを感じる。『閃光改』では小さすぎて、Gの緩和装置が最低限のものしか積めないためだ。
「最終計算完了。オペレーション中止点まで後15秒。大気圏突入まで17秒」
『了解。観測結果は良好。オペレーション続行せよ』
「了解」
やがて、『閃光改』に振動が加わった。惑星地球の大気に接触したのである。つまり、一度惑星地球に降下しないと、もう元の場所には戻れない。
「オペレーション中止点通過。大気圏突入まで2秒」
振動が大きくなった。たちまち視界が青からオレンジ、赤に染まっていく。そして、
開いていた通信回線ふたつが、いきなり死んだ。
「――ッ!」
雲竜は、直ちに通信回線の回復に当たった。響の方からでも出来るが、こちらでやった方が、出力が高い分回復する確率が高い。
『雲竜君、何が起きた』
コールサインとほぼ同時に、ヘンリーの通信回線が開いた。
「わからん。小官と、司令の回線が同時に途切れた」
『地球の電磁波かい?』
「いつの時代の話をしている!――響、聞こえるか、響!」
幸い、響との通信回線はすぐに復帰した。映像は、大気圏突入作業に邪魔なため、音声のみで繋げ直す。
『だ、大丈夫!』
響の声は少々上擦っていた。無理もない。通信が途絶するというのは、電子戦でも行わない限り、滅多にあるものではないからだ。
「状況は?」
『通信回線が一回閉じちゃったけど……後は大丈夫』
「そうか……」
雲竜は、傍らの回線状況を確認した。120あまりの回線は、今のところどれひとつ途切れていない。ただ、今現在は先程の通信障害を検知して、エラーメッセージがひとつあがっていた。念のため、全ての回線と、響の状況モニターをもう一度チェックする。特に問題はない。
「司令、オペレーションの続行は……」
『ああ、大丈夫そうだね。引き続き監視を緩めないように、それで――』
『あ……』
『「どうした!?』」
響の声に、雲竜とヘンリーが同時に反応する。そしてふたりは、聞きたくないものを聞いてしまった。響の通信回線に、ノイズが走っていたのである。
「なんだ……このノイズは――響、聞こえるか」
『あ、うん、聞こえるよ。でも』
「ノイズは!」
『あるみたい……それと、誰か居る』
「なに?」
『響君のレーダーを確認したまえ!』
珍しく緊張した声でヘンリーがそう言った。小官の勘が鈍ったか。一瞬舌打ちして、雲竜はレーダーの情報を覗き込む。居た。確かに、『何か』が居る。響の降下する先、惑星地球に。
「響、そちらでアンノウンを確認出来るか」
『よくわからない。でもさっき、そこから通信が来たような……あ、また』
通信?
久々に、雲竜は混乱に陥った。惑星地球から、汎銀河連合所属の艦艇、それもオペレーション中のエージェントに向かって、誰かが通信している?
『呼ばれている……』
「呼ばれている?」
雲竜が聞き返したときである。再び、通信回線が死んだ。
続いて、120あった回線が正規回線から次々とシャットダウンされていく。予備回線が慌ててアクティブになっていくが、それすら持ちそうにない。
異変は、惑星火星の教育艦隊司令部でも起きていた。
響が言っていた『何か』を示す、アンノウンランプが消え、代わりに汎銀河連合宇宙軍所属のポジションシグナルが点灯したのである。
「これは……」
そのことに、通信障害が発生して以来、通常から、第3次緊急状態に移行していた司令部のオペレーターがまず気付いた。
「どうした!」
司令官席から立ち上がって、ヘンリーが聞く。
「惑星地球より、識別信号発見! み、味方のものです!」
「場所は!」
既に解析をはじめていた別のオペレーターが答えた。
「惑星地球! ユーラシア大陸極東部、日本列島、本州、関東地方、神奈川県沖……相模湾確定! なんでこんなところに……」
「識別信号の詳細確認。急いで!」
「あ、はい!識別コード確認中――DDXX!?」
確認した3人目のオペレーターは、先のふたりと顔を見合わせた。オペレーター達には、そのコードの意味がわからなかった。かろうじて、頭にDDと突いているため、駆逐艦であると推測できたが、あとのXXは、今現在ある、どの艦艇のコードとも一致しなかったのである。しかし、
「なんてこった……」
ヘンリーの声が、急にかすれていた。
「こんなところにいたのか、さざ――」
あとは声が小さすぎて、オペレーター達には聞こえない。
「通信回線、雲竜に向かって開け」
しかし、1秒も経たずに再び発せられた声は、いつものものであった。
「どうなっている!」
ひとり、『響』艦内で雲竜は悪戦苦闘していた。通信回線の回復に務めているのだが、彼の処理速度を超えて、回線が塞がっていく。しかも、信じがたいことに――、
『雲竜少将!』
雲竜はいささか戸惑った。
叫び声を上げるヘンリーを、次いでは自分の名を階級付きで呼ばれたことは、長いつきあいでも初めてだったのである。
『現状はどうなっている!』
「回線が次々と封鎖されている。小官が復帰対応しているが、閉じていく方が今のところ速い」
『誰が、そうしている』
「……響だ。響自身がしている」
他に、考えられなかった。
『響』が、封鎖している?……馬鹿な!
そう思いたい。しかし、実際には――である。
『……響君自身は、いま、どうなっている?』
ヘンリーの声は、再びいつもの調子に戻っていた。
「こちらからでは、位置情報しか確認出来ないが……突入そのものは順調に進んでいる。ただ、コースに若干の乱れが見える」
『目的地が変わったと言うことだね? すぐに予想地点を教えてくれないか?』
「ああ」
当初の予定では、日本列島の中央山脈上空を飛ぶはずであった。時間からして、もっとも目視で発見されにくいところとして、選出されたのである。しかし、現在は。
「算出出来た。……関東地方の――南部、相模湾」
雲竜は知る由も無いが、それがトリガーとなった。
『雲竜少将!』
ヘンリーの声が再び爆発した。
『教育艦隊司令権限で、LBB−3257、ポケット戦艦『響』の全権限を、貴官に渡す! 自らを『響』と接続し、早急にコントロールと取り戻し給え! でないと響が乗っ取られるぞ!』
「乗っ取られる?」
『ああ。相模湾に、実験艦が居る。我々の目の前から、姿を消したね!』
一般的に、艦とその管制人格『エージェント』は、その接続を解かれることはない。あるとすれば、それはその艦が撃破されたことを示すのみである。しかしながらそれは、エージェントが、他の艦を制御出来ないということには繋がらない。
結論から言ってしまえば、航行不能の艦を救助するとき、エージェントが人事不省に陥ったとき、そしてしかるべき権限を持つものから許可を得たときに、エージェントは他の艦をコントロールすることが出来るのである。
いま、ヘンリーより受け取った緊急IDと自らのIDを『響』のコンソールに打ち込んだ雲竜は、『響』のサブエージェントとしてコントロールが出来る立場となった。
『いいかい、まずは、響君とコンタクトをとってくれ』
通信回線の向こうから話しかけてくるヘンリーは、再び普段の口調に戻っていた。
『多分、響君は今人間で言う夢現(ゆめうつつ)の状態だ。現実と仮想が曖昧な状態になっている。だから、雲竜君は、彼女を正気付かせてあげればいい。ここまでは良いね』
緊急時に使用する、ブレスレット状の入力装置を手首に付けて雲竜は頷く。
『次に、ふたりがかりで、響君に侵入した奴を止めてくれ。君らふたりがかりであれば、出来るはずだ。出来なければ、響君の通信回線を封鎖するだけでいい。これもいいね?』
「ああ」
既に、雲竜の感覚が複雑になってきている。雲竜は、自分の艦のコントロールを必要最低限にシフト。徐々に、徐々に、響のコントロールに回すようにしていく。
『で、余り考えたくないことなんだが、惑星地球にいる実験艦が、万一撃ってきた場合にだ――』
思わず雲竜は作業を止めてしまった。
「あるのか? そんなことが」
『無いとは言い切れないだろう。だから、響君のプラズマキャノンを励起状態にして、相模湾をピンポイントしてくれ』
「……了解した」
すでに、ある程度のコントロールは出来るようになっている。雲竜は、『響』に搭載されている、主砲、メガプラナープラズマキャノン4基全てを、艦底方向に向けさせた。
『撃たれる、と思ったら撃ってしまってくれ。大丈夫、その際の責任は僕が取るよ』
「……そんなに、その実験艦は危険なのか?」
『……どうだろうね。ただ、居なくなってから大分経つんだ。その間、連絡ひとつもよこさない上に、響君が乗っ取られそうになっている。用心するしかないだろう?』
ヘンリーの声がやや上擦っている。それだけ、今の事態が深刻であるのだと、雲竜はわかっていたものの、動揺せずにはいられなかった。
『さてと、準備は出来たかい? 雲竜君』
「ああ、いつでも行ける」
『わかった、では、響君とコンタクトを取ってくれ給え。――頼んだぞ』
「了解した」
敬礼をして、雲竜は響へのコンタクトを開始した。
………………。
自分は今、大気圏に突入したばかりであったはずである。いま、目の前には、白熱した光景が繰り広げられているはずだ。
……なのに、なんで私の周りは青いんだろう。
『閃光改』のコックピットって、こんなに広かったっけ?
そして、いま、目の前にいるのは誰だろう。
気が付けば、響はないもない青い空間にぽつんと浮かんでいた。
そして、目の前に、誰かが居た。
不思議なことに、手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、それが誰だか全くわからないのである。何もかもがぼやけていて、響は何かから抜けた魂、もしくは、魂の抜けた器を想像した。
――貴方は誰?――
響が訊いた。
――君ハ、似テイル――
相手が返した。
――似ている、私が?――
自分の質問の答えにはなっていなかったが、それでも響は相手の会話にすがりついた。
――居ナクナッタ彼女ト、トテモ似テイル――
今度は、しっかりと質問に答える相手。
――彼女って誰?――
ふと、響にある考えが浮かんだ。だがそれは、只の思いつきでしかない。
――居ナクナッタ、大切ナ、ヨクワカラナイ――
相手の返答は、再びよくわからないものになった。だが、それで何となく響は察した。
――彼女がいれば、ひとつになれる?――
当たれ、私の推測。
――ナレル――
……やっぱり。
その時、肩をぐっと掴まれたかと思うと、響は強い力で後ろに引っ張られていった。
『遅くなって済まなかった、大事はないか? 響』
雲竜の声で気が付けば、そこは『閃光改』のコックピットであった。すでに、辺りの景色は宇宙の色のよく似た夜空になっている。ただ、降下速度が音速を遙かに超えているため、機体表面が高熱とそれに伴う光を放っていた。
「え、あれ? 雲竜教官?」
響は辺りを見回し、次いで通信回線を確認した。……回線は閉じている。
『ここだ。自分の胸に手を当ててみろ』
再び、雲竜の声がした。響は言われたとおり、胸に手を当ててみる。
『気付いたか?』
「――あ。な、なんで、私と繋がっているの? 雲竜教官」
『そうだ。貴艦のコントロールを代理という形で預かっている』
「そうか……わたし……」
『大体は気付いているようだな』
「うん、あのね、私」
その時、コックピットに鋭い警報音が鳴り響いた。
『どうした!?』
慌てて、計器をチェックした響が凍り付く。
「た、ターミナルベロシティ(降下安全高度)オーバーだって……」
『直ちに逆噴射!』
雲竜の絶叫と、響がコントロールスティックを思い切り倒したのは、ほぼ同時であった。
一方、地球では。
さざにしきは、茅ヶ崎在住のお嬢さんである。
ひとつ屋根の下、自他共に謎の生物である、はらぼうと共に住んでいる。
サザンオールスターズが大好きである。
時折、はらぼうと喧嘩をするが、普段は仲がよい。
つまりは、隣にいる謎の生き物を除けば、どう見ても普通のお嬢さんである。
……いや、あえて付け足すとすると、今は少しばかり厚着のためわかりづらいが、年格好の割には、プロポーションが良い。どうでもいい話だが。
「にしても、――」
さざにしきの胸辺りをふよふよと浮かびながらはらぼうが尋ねた。その姿は一見した者には形容し難い。あえて言うならば、最近日本各地で見つかっている話題の珍獣(もはや、一頃騒がせた『人面犬』や『ターボばあちゃん』と同じ都市伝説に近いが)『うにゅう』に、羽が生えたものと言えばいいのであろうか。
「――どうしてまた急に外に出歩きたくなったんだ?」
「んー、なんとなく」
「また、あのわけワカラン夢か。夜空を泳ぐとかいうの。あれを見たんだな?」
「うん、それ。あの夢見ると、どうしても夜空――というか星を――見たくなるんだよねえ……」
冬まっただ中でなおかつ深夜の湘南海岸は、やはりというか何というか、結構寒い。遠くを見れば、明かりの消えた江ノ島が、月の光を反射した海の上に、黒々とした影を横たえていた。
「ねえ、はらぼう」
「なんだ?」
「こういう誰も居ない夜で、しかもッだだっ広いところだと、思いっきり大きな声で歌いたくならない?」
「で、最高潮に達したところで、お巡りさんに見つかるのな」
「――身も蓋もない〜……」
「世の中そう言うもんだ」
「そうよね。この前『場末のCDショップならサザンの新譜も昼まで置いてあるだろう』とか言って、実際行ってみたら売り切れていて、泣きながら帰ってきたもんね」
「人の古傷をえぐるな!」
「お互い様でしょ?」
そう言って、何気なく夜空を見上げたさざにしきは、それを見た。
「あ、流れ星!」
しかも、ひときわ大きい。
「はらぼう、願い事願い事」
「はいはい」
二人して、立ち止まり、祈るように頭を垂れて、目を閉じる。
そして、一陣の風が過ぎたのを合図に、申し合わせたかのように同時に目を開けた。
「はらぼうは、何か願い事した?」
「いや何も。どうせ」
「はいはい、『夜明けは来ない』でしょ。まったくはらぼうは浪漫が無いなぁ」
そう言って肩をすくめたさざにしきに、はらぼうは悪戯っぽく口をゆがめて、
「ほう。では浪漫人種なさざにーさんはどんな願い事をしたんだ」
「え、ライブのチケット手に入りますように、って」
「ふむ。なるほどな。大した浪漫だケケケ」
「う、うるさいなー。こっちは真剣なんだから!」
そういって、照れ隠しの代わりに夜空を見上げ――きょとんとした。
「あれ、流れ星、まだ流れ終わってない?」
「んな馬鹿なことが……ああ?」
はらぼうも一緒に見上げて、固まる。流星は、さっきよりでかくなっていた。それどころか、何かが、落ちている音すらしているのである。
「もしかして、海辺りに落ちるんじゃないか?」
「え? ええ! はらぼう、どうしよう!?」
「お、おちつけ、こう言うときはアレだ。 魔よけの呪文!」
ふたりとも、既に十二分錯乱している。
「いそげ、さざにー! アブラカタブラでもエロイムエッサイムでも!」
「え、え、ええと、
スタンドォーーーーーーーーーーー!!
アリーナァーーーーーーーーーーー!!
流星カモォォーーーーーーーーーーーン!!!!」
「呼んでどうするぅ――――っ!」
どっぱ〜ん!
そう、まるで、さざにしきが呼んだかのように、湘南の海に何かが墜落した。しかもあろう事か、こっちに向かって突き進んでくる。しかし、彼女らの30メートルほど前で、何かにつまずいたかのようにコケて、流星(?)は再び派手な水柱を立ち上げた。
唖然としている彼女たちに、巻き上げられた海水が、雨のように降り注いでくる。
その水しぶきはものすごく冷たかったが、ひとりと一匹は、唖然としながら指一本とて動かせなかった。
つづく。
第4話(中編)へ
あとがき
さざにー登場。今はそれだけしか言えないのですよ〜。
……後編は、なるべく早く出してみます。
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